plastic planet

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梗 概

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「孤独な惑星にフランチャイズ・チェーンをオープンした店が、予期せぬ災害で撤退を余儀なくされる例は後を絶たない。それでも衛星ハーピー以上に狂った例は稀だろう」

ー地政学者ヒロ・マーフィー・ツチダの報告より。

 恒星ネメシスの公転軌道上を回る「ハーピー」は直径約2300キロの小さな惑星。海に浮かぶ小さな陸地「コカトリス大陸」にはかつて地球のポリネシアにも似た豊かな生態系が息づいており人類も暮らしていたが、長らく存在を忘れられていた。それがつい数年前、ある実業家が試みた音楽フェス「SUPREME NOVA」の中止に始まる遭難事件をきっかけに注目を集めるようになった。

 遭難事件の数年後に調査に訪れたツチダの報告によると、ハーピーに最初の人間が居住を試みたのは約500年前。間惑星連合の調査員たちが「居住可能」と判定し、調査研究用の発電と水道設備が整ったばかりの星に、新進企業が商業施設建設を目論むのは当時よくあることだった。出資会社の役員が「住人は一人もいないんだ」と言っても「マーケティングのアルゴリズムが儲かると判定した」結果さえあれば、すぐに工事は始まる。一番近いスペース・コロニーからそこまで2年もかかるのに、最初の企業の参入が決まってから5年で11の企業が「ハーピー」で出資を決めた。

 大陸に共有の宇宙船発着施設「宙港」が建設されると、次々とモール建設に関わる会社で働く従業員、その家族らが移住を始め、人口はすぐに10万人を超えた。当時の商業施設は販売委託を受けた店舗がメーカーから、即席で商品を作り出せる「専用キット」を購入し、入植先の惑星で商品を自弁するのが通例だった。それから百数年の間に、大陸に点在する競合他社同士は統廃合を繰り返し、商品のブランドイメージを使って「ハーピー」の住民として自意識や連帯感を確立していった。島の人口は一番多い時で300万人に達した。

 最初の移住から400年後、大陸は「ヤタガラス」という企業の独占状態になる。しかし、十年後に「ヤタガラス」の親会社が倒産。「ハーピー」の「ヤタガラス」は経営を独立して存続するが、同時に「ハーピー」の天然資源枯渇の危機も迫っていた。惑星外のスペースコロニーから出資はなくなり、観光客も次第に減り、他の星のコミュニティとの接触は徐々に薄くなった。一部には星からの脱出を試みるものもいたが、専用の輸送船なしでは遭難するという噂もあり、依然として星に留まり続ける者も多かった。こうして残された者は50年前には完全に孤立した。

 「SUPREME NOVA」主催の実業家フェンと、KPOPアーティスト、ティーゲルが銀河のスーパーモデルたちを連れてプロモーション撮影のためにこの島を訪れた時、彼らは廃墟となったショッピングモール、作りかけで放置された大量の広告を見つけ、そのエキゾチックなムードを大いに喜びした。しかし、そこには深刻な食糧不足とカニバリズムの後で、ガリガリにやせ細った僅かな「原住民」たちの姿があった。

 フェンたちは、「ハーピー」の過酷な自然環境とその天然資源の貧しさによって設営工事が間に合わず、訪れた観客を救助が来るまで丸1年にわたって遭難させ、フェス自体を失敗に終わらせた。しかし、その後の調査でフェンたちの企画は観客の命を危険に晒しただけでなく、彼らが持ち込んだ伝染病ー数十年前にすでに治療法が確立された病気だが、もちろん原住民たちにとっては対処できなかった病ーによって最後の「原住民」を全滅させたことが分かった。報告書の最後でツチダは、「この教訓から学ばなければ、私たちはもう一度大切なものを失うことになる。かつて、私たちが地球という惑星を二度と住めない場所にしてしまったときのようにー」と締めくくる。

文字数:1543

内容に関するアピール

課題に応じて地球よりも「小さな」架空の惑星の年代記を想定しました。

参考にしたのは『文明崩壊ーー滅亡と存続の命運をわけるもの』(ジャレド・ダイヤモンド、2005)にあるイースター島の挿話です。

廃墟の遺跡となったどこかの惑星のショッピングモールを調査する模擬論文にできたらと思っています。

文字数:142

課題提出者一覧