スノードーム

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梗 概

スノードーム

 雪山深くに一家族だけの村があった。その家族は父・母・少女の三人家族で、丸太小屋を少しだけ豪華にした程度の家で毎日静かに何をするでもなく暮らしていた。父は鹿討の名人で家にはいつ鹿討に行ってもいいように整備された猟銃があった。母はきわめて泳ぐのが速い人で、住んでいる場所がこんな雪山じゃなくて川や海のある場所だったらどんなによいかと考えながら暮らしていた。少女は歌が抜群に上手かった。人のこころを揺さぶるということを生まれたときからずっと理解しているような歌を歌えた。

 少女のこころの内にはいつも違和感があった。
 父が鹿を討って帰ってきたことは一度もなかったし、母が泳ぐのが上手いという話も聞いたことがなかった。自分自身のことも、歌が上手いということも理解できなかった。試しにメロディを呟いてみても大したものではない、言ってしまえばただの平凡な音の連なりだった。だから少女は不思議がって、結局父の狩りの腕も母の泳ぎの上手さも自分の歌も、すべて自分自身が考えた空想なのだと結論づけた。その決断は少女にとってとてもショックなことだった。雪山という隔絶された世界で暮らしている少女は「わたしたち家族にはこんなことができるのだ」と常にアピールをすることで生きていたから。そのアピール対象はとうぜん少女自身だった。だから自分たちはなんでもないんだということを自分ら自身に下すことで酷く傷ついた。

 吹雪が舞った。
 家が軋んで一歩も出られない状況だった。家族は一階のリビングルームにいた。座っている父の膝には猟銃がのっていた。
 ドアを叩く音が聞こえて、少女は肩を震わせた。吹雪のせいだよと母が頭を撫でたがその音は長くつづいて、家族三人は、人か獣か知らないが何者かがドアを叩いているのだということを受け入れるしかなくなった。わたしが行くと猟銃を握って父がドアを開けた。
 人が立っていた。
 気が動転した父は猟銃を構えて引き金を絞った。弾は盛大に目標を外し、少女はやはり父は狩りの達人なんかじゃないと改めてがっかりさせられた。だが一方で、そんながっかりとは比べものにならないほどの喜びを感じていた。家に、人が、やってきた。
 これは初めての出来事だった。男は父に向かって寒くて死にそうだから泊めてくれと言った。しぶしぶ父は頷いた。男は怪しかったが、それでも吹雪のなかを放り出すことは気が引けた。
 男は少女が歌うのが上手いと聞いたと言った。少女は混乱してしまった。自分の空想と同じことを目の前の男が言ったから。よければ歌って聴かせてくれと男が言い、少女は本当は上手くないことを告白した。それでもいいからと男が言うので娘は歌った。
 美しい歌だった。

 わたしの眼の前で幼いわたしの娘がじっと手のひらを睨んでいた。手のひらにはわたしが今日クリスマスのプレゼントに渡したスノードームが収まっていた。雪のなか、三人家族が小屋みたいな家で暮らしている。
 男の人が来たの、と娘が突然言った。
 わたしは、また始まったぞ、と思う。娘の癖だった。絵や彫刻を見て、物語を生み出す。わたしはそれを聞くのがとても楽しみだった。娘がなにを考えているのだろうというのを考えながら聞くのは、この上なく豊かなことだった。

文字数:1330

内容に関するアピール

 課題文を読んで、まず浮かんだのがスノードームだった。家にはないし、どころかわたしの記憶のなかに実物を見たというものがないので、スノードームというものがどんなものかわかっていない。なので勝手に考えることにした。
 たぶんスノードームは物語的なものだとわたしは思っていて、あれを見て好き勝手物語を喋りだすことが可能で、そんな人がいるんじゃないのかと考えている。

文字数:178

課題提出者一覧