ボトルシック(豆筆とシニヨン)

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梗 概

ボトルシック(豆筆とシニヨン)

 記した事物は具現する。
 文字や絵でなく、端末上での様式フォームの必須項目記入によるものだ。

 この中であれば好きな世界が構築できる――
 そんな触れ込みで小さな瓶を携えた〈儀師〉のもとを、傷心の〈造花〉が途切れず訪れる。

 造花が瓶の口ボトルネックをくぐると、初期配置イグザンプルとして解体圧縮される。そのなかで与えられるのは、横倒しになった半円筒状の部屋、それから様式フォームと記入例とがディスプレイされた巻物端末スクロールだけだ。

 亜ヤはすべてをミニマムにデザインすることにした。
 ミニマムなベッド、バス。トイレ。クローゼットやデスクも置いたら部屋はいっぱいになってしまったが、そもそもそれらが自分に要るかはついぞ気づかなかった。

 伊ヨは食事もトイレも睡眠も不要と覚えていた。部屋いっぱいのベッドと雄犬を具現した後は端末を引き裂いて、停止するまで獣姦に耽るばかりであった。

 雨リは端末を手離さず、空間を徐々に削っていった。はじめは半分、さらに半分。立位で身動きがとれなくなっても端末を指で繰り、自身の輪郭だけを残すまで余白を削りきってから目を閉じた。

 絵ナは空間いっぱいの風呂をつくった。天井ぎりぎりまでの湯船に全裸で仰向けに浮かんでいるうち、輪郭がふやけ中身が溶け出てしまった。

 そして、御ンは部屋をキャンバスにしていった。具現したのは筆と絵具のみで、壁と天井にいっぱいの絵を幾枚も描いた都度、消去した。

 それでも御ンは充たされなかった。3日間の瞑想の末、豆筆と米粒を具現した。
 様式の記入にはよらず、伸びた爪や歯、舌を用いて具現した米粒を彫刻し、細筆を用いナノミリ単位で顔や模様を書き込んだ。主役をつくり、米粒を組み上げたものに色を加えて家具を備えた部屋をつくった。居間や浴室をつくり家ができ、庭と犬小屋ができたら家族をつくった。同様にして隣家を、隣家の隣家を、隣家の隣家を生み出して、我に返ったときにはちょっとした町ができていた。様式フォームによらない事物は偽物の偽物で、あくまでも模様の描かれた米粒だった。御ンは満ち足りることはなく、果てのない時間があることに昂った。

 なかでも御ンが何度も書き直したのは主役の髪形だった。試行錯誤の末にシニヨンとすることだけは決まっていたが、米粒に描く模様がどうしても気に入らないらしく、執拗な書き込みを続けた。

 こうして、一輪の造花に占有された瓶の口ボトルネックは今も塞がったままでいる。儀師のもとには造花が長蛇の列をなし、「充ち足りたときに死ねる」世界はソレらの救済としては機能していない。御ンの症例は〈ボトルシック〉と称されるに至り、充ち足りぬまま描き続ける御ンは他の救済を阻む病巣として忌み嫌われる。

文字数:1141

内容に関するアピール

 作品は皆、作者のつくりだした世界である。その「大小」は区分の一形態であり、課題となった「小さな世界」とは「物理的に小さい」「閉じている」の意を指すと解した。とりわけ後者(閉鎖環境)の規模がどこまで「小さい」とされるかは主観を含むため、大胆であるか慎重であるか分かれるところと思われる。

 そこで、本作は二重の「小ささ」を目指すため、ボトルシップをモチーフに採った。このサイズだから/ならば自在な世界を構築できる――そんなガジェットに救いを求める被造物たちのパッチワークに仕立てる意図である。「充ち足りたら死ぬ」ことを知らずに描き続ける個体が他の救済を阻むという点で、オチをボトルネックとかけている。

 むろん、「思うまま世界を築く」とは創作を、「飽かず求める疾患」は創作者のことを、「自分の世界を作り/作れず死んでいくさま」は創作活動そのものを暗喩する。

文字数:376

課題提出者一覧