小さな家

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梗 概

小さな家

陽光のふりそそぐ大平原、小さな家にベスはひとり住んで、家の裏の墓場の守をしている。
 体を銀色のつなぎ目のない材料でまとい、ヘルメットをかぶった男がくる。レオと名乗り、むこうの入り口からきたと語る。その入口では、その服を着ていなければこの世界に病原体をふりまくことになるので、脱いではいけないといわれたという。
 ベスは家以外も自分の過去も知らず、墓場を守り、その復活をまつことが自分のしごとと語る。レオは「外」の話をする。この世界はドームの中で、居住改変を目的とした植民惑星につくられ、宇宙嵐で本国と接触を断たれて長い時間がたつのだと。
 この惑星にはドームが3つあったが、レオの訪れたドームのはじめの1つはすっかり荒廃していた。ここは2つ目で、だれもいない中に平原が再現されベスが墓守をしていたのだった。ベスには理解できない、ただ、楽しく語らう彼が、自分と一緒にいてほしいと願う。
 レオの目の前からベスが消え、平原が消える。

このドームの入り口で、接続した回路を使って入り込んだ映像入力から、レオは解放された。ドームのなかには、なにもない。レオは、惑星上空に人間本体のいる、人型のプローブである。ふだんは本人と同期しているが、ドーム近辺でアクセスが切れて、自走式の模擬人格で動いていた。
 本国から切り離されたドームの人々は、自分の人格を記録に残して死んでいった。ベスは、このドームを管理する最後のひとりが自分を記録して、システムの中に活性化させた模擬人格であり、のこされたわずかなエネルギーで維持され、ドームのデータを管理していた。模擬人格には、自分が模擬人格であるという情報はない。基本システムの共通点から、ベスとレオは相互アクセスが容易だった。
 本国のコードをもちいてドームに接触したレオに対し、ドームの統合システムは、レオに直結してベスが平原の中で墓を守るイメージを与え、ドーム世界のデータベースシステムをレオにダウンロードしようとしていたが、レオに対応すべく活動度を上げた結果、エネルギーが切れてしまったのだった。レオと、衛星軌道上のレオ本体の同期は復活した。

 3つめのドームには、人がおり、後退しながらも社会も保たれていたが、レオから、隣のドームのエネルギーが切れた話を聞いて、人々は略奪に向かう。ずっと昔に、ベスのドームの住人たちは近隣のドームを略奪した挙句に、本国からの信号がなければ入り込めないようシールドしてしまったのだった。エネルギーが切れた今、ベスのドームは完全に略奪しかえされ、各種の記録は破壊されてしまう。
 このドームの人々は、本国の状況をレオからきき、あらためてこのドームで生きていくことを決定する。レオは、レオ本体のいる衛星軌道に帰還する。
 その途中で、レオの中に、ベスのシステムが途中までダウンロードされていることが判明する。
 植民惑星のデータベースはなるべく保存される決まりになっているが、隔離されて変異が大きく安全が確実でなければ、その管理プログラムを、暴走させないよう代替環境の中で適切な形で終了させなければならない。
 レオ本体は、レオの中でベスの世界を終了させるコマンドを出し、その終了までレオとの同期を中止する。自走状態になったレオは、みずから、極限までクロック周波数を落とす。

ベスのまわりにあらためて陽光が満ちる。銀色の服もヘルメットも脱いだレオがいる。ふたりは、墓場を掘って、あらわれたからっぽの棺を、夜にはストーブにくべる。
 小さな家に暮らして二人は歳をとっていく。最後の棺を火にくべたあと、老いたベスは、レオの手を握り目を閉じる。そして世界が終わる。

文字数:1498

内容に関するアピール

孤立した世界のなかでひとりその場を守る女性と、やってきた男の恋を描きたかったのです。模擬人格のやることなので、恋のような形でルーチンが進行するということなのですが。
 スタートレックオリジナルシリーズ(いわゆる宇宙大作戦)的な展開を考えていたので、登場人物の名前も、近いイメージの宇宙大作戦のエピからとっています。
 模擬人格を供養する話です。
 映像、せめてコミックの方が、不自然なくつくりやすい話と思いますが、違和感ないように文章化したいと思います。

文字数:224

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小さな家

ぬけるような青い空の下に、黄色い平原が広がっている。陽は高い。
 平原のこちらにある、ちょっとした丘を、そのふもとの小さな家から出てきたベスは、見上げた。
 丘の斜面には、奥行きのおおきい階段が刻まれ、その両側にも、丈のひくい草がそよいでいる。階段から平原へ一抱えくらいの幅で踏み分け道が続き、すぐのところに、彼女の家が、側面を丘に向けて建っていた。
 その階段を、ゆっくり、銀色の服を着た男が下りてくる。頭部は反射性のヘルメットで覆われていた。斜め上の太陽からの光をうけて、ちらちら服が光る。
 戸口から男をじっとみていたベスは、階段の一番下まで男が下りてきたので、近づいていくと、
「こんにちは」
 頭部から声がする。やわらかい低い声である。
 見上げるベスは、すこしほっとした表情になった。
「自分は、レオというものです」
 このひとは敵ではない。彼女には、はじめからその確信があった。
「わたしはベスよ」
 家の前でベスに向き合う男には、白い質素な木綿のシャツに、赤い格子縞のスカートをはいた、ちょっと体格のいい、青い若さを通り越して成熟した女性の姿が見える。愛嬌のある顔は健康そうに赤らみ、目は興味ぶかげに見開かれていた。
「すごい恰好ね」
「ああ、これは、、、怖がらせたならすみません」
「怖くないわ」
 ベスは微笑んで見せた。
「動きにくくないの」
「入り口で、感染症を広げては困るからそのまま脱ぐなと言われましてね」
「入口?」
 ベスは、すこしぼんやりしてから、
「この上にあるのね」
「この丘をあがって頂上の向こう側ですね」
「ごめんなさい、そちらにはいかないことになってるのよ。こちらにおいでになる?」
 ベスは、レオを家に誘った。木の家に、段差のない戸口、入ると、すぐ、赤い格子のテーブルクロスのかかったテーブルがある。
 ベスは椅子をすすめる。
「ひょっとしてはじめてじゃないかしら、お客様なんて」
 レオは、腰を下ろしながら、
「あなたは、ずっと一人なのですか」
「そうね、むかしはおばあちゃんと暮らしてたんだけど、亡くなっちゃって、、」
 戸口を背にし、レオは室内を観察した。質素な木造家屋の室内である。テーブルのむこうに、つぎの部屋につながるらしい扉があった。丘の反対側にむけては大きな窓がある。陽の光が差し込んできていた。
 レオの向かい側に座ったベスは、両手をあわせて肘をつき、組んだ指の背に顎をのせて、レオを眺めた。
「その格好じゃ、お茶も飲めないわね」
「どうも失礼」
「いいのよ」
「しかし、よく再現されてる」
「何が?」
「このドームです、とても居心地がいい」
「それは、ほめてくれているのね」
「そうですね」
「ありがとう」
 ベスは立ち上がって、陽の差し込む窓に立った。
「この家でね、私は待つのが仕事なの」
「待つのですか」
「そう、あれ」
 窓の外を示すので、レオも、立ち上がって窓の外を見た。
 平原が広がっているが、よくみれば背の低い黄色い薄のような草のあいまに、ひとかかえほどの土塁が、間隔をおいて見渡す限りにつくられていた。それぞれの土塁に、両手ほどの黒っぽいパネルがおかれ、表面には文字がきざまれていた。
「ここには、むかし、いっぱい人がいたけど、みんな亡くなっちゃったのよ。でも、またよみがえるから、その日まで眠るひとたちを、こうやって見守るのよ」
 レオは、黙って見下ろしていた。
「おばあちゃんが生きてたらもっといろんな話ができたんだろうけど、わたしにはもう、それ以外のことはよくわからないのよ、おばあちゃんからきいた話ぐらいね、できるのは」
「なかなか大変な仕事だ」
「そんなことはないわ」
 ベスはまた微笑んだ。
「いるだけなのよ、ここに。で、あなたはどこからどうやって、ここにきたの?」
 窓からレオはベスに振り返った。そのときレオの視界に、鏡がうつった。
 鏡のむこうに、レオのヘルメットがうつっていた。そして、レオの顔が、ヘルメットの中にあった。
 レオは、鏡に向かって眉を寄せて見せた。鏡の中の中年男性の顔も、眉を寄せた。鏡から目を離さないまま、レオは、
「それは、すこし長い話になるかな」
 ベスは黙っている。
「外に出ましょう、このあたりを見たい」
「何もないわよ」
 二人は小さな家を出た。
「じゃあ、あっちにいきましょう、おばあちゃんが好きだった場所よ」
 家を背に、踏み分け道をこえて、そのまま丘のむこう側にまわっていく。
 トネリコの小さな木立があった。トネリコらしくもない大き目の切り株が座るのに都合よく並び、丘の斜面から水が湧いて、足元まで流れては、地面に消えていた。
「よく出来てる」
 ふたたびレオはつぶやいた。
「それはほめてくれているのね」
「そうです」
「ありがとう」
 ふたりは切り株に座る。枝の先がわずかな風にそよぎ、あいまから差し込む陽の光がふたりにまだら模様を作った。
「それであなたはどこから来たの」
「本国ですよ、記録にあると思うのですが」
「わからないのよ」
「あの丘の上にはこのドームへの入り口がある」
「その、ドームってなに」
「ここは、居住ドームの中で、ここは植民惑星です」
 ベスは黙って、ヘルメットの中を見つめている。
「もう何世代も前にこの惑星に植民した記録があって、きたのですよ、宇宙嵐のせいで通信も通行も途絶えたものでね」
「わたしにはよくわからないけど、あなたは、遠いところからきたのね」
「まあ、そうかな」
 ベスはじっとレオのヘルメットを覗き込んでいる。レオは、ベスに顔を向けたまま動かない。
「それで、あなたはここに何をしにきたの」
「確認です」
「なにを確認するの」
「まず、この星の居住可能性ですね、本国も宇宙嵐のせいでかなりひどいことになっていて、移住先があればいいということなので」
「じゃあここにくればいいじゃないの」
「このドームの外の状態をみたことは?」
「私はここを離れたことがないの」
「外の話をしよう。ドームを10くらいつくれる人口がいた記録はある。きてみたところ、3つしかない。ここの外の話ですよ。耕作できなくもなさそうな土壌に、植物は生えている。しかし気候がかなり厳しそうだ。風も強いし、温度も下がる。軌道から考えるとたぶんずっと寒くなるでしょう。ドームはすでにひとつ見てきたんだが、天井も抜けて、いろんなものがもちだされて誰もいない。こちらのドームはエネルギー反応があって、シールドもかかっていたから、居住者がどうなっているか見に来たのだけれどね」
「シールドって」
「入れなくなっていたんですよ、認証システムは本国と同一のままだったので、私の登録データを開示することで解除したんですがね」
「それが丘のむこうなの?」
「そう、シールドが解除されたので、ハッチから入ったのだが、入ったところで、無菌化プロトコールを自動提示され、そのままここにやってきたのです。こんなに誰もいないとは思わなかった」
「わからないわ、でも、あなたのきたところには、人がたくさんいるの」
 レオは、ベスの視線からヘルメットを引きはがした。
「ここよりはね」
 レオは、鳥のさえずりを聞いたように思った。ベスは切り株から立ち上がって、足元のちいさな清流に歩き、木靴でそこに踏み込んだ。そして振り返った。
「ここは、ドームとやらの中なのね。そんなことはどうでもいいし、わたしにとって、ここがわたしの居場所なのよ。もしわたしがいなくなったら、おばあちゃんも誰も、生きていたことだってわからない」
 しゃがみこんで手を清流にひたす。そのままレオに顔を向けて、笑いかけた。
「冷たくていい気持ちよ、そんな服着て、窮屈でしょ、でも、事情があるみたいだから脱いでは駄目よ」
 鈴の音のようにベスは笑い声をあげて、レオは苦笑した。
 斜め上にあった太陽は、ずいぶん下りてきている。レオも切り株から立ち上がり、木立のはずれまで歩いた。目の前に平原が広がる。土塁がある間隔でつくられている。
「あなたはそこから入っては駄目」
 耳元でベスがささやいた。
「ここから先に、みんないるんだから」
 そして、レオの先に足を進めて、レオに向き直った。
「みんなを、あなたと一緒に連れて行ってほしいの、私も行きたいから」
 陽を背景に、ベスの影が言って、そのままベスの姿が消えた。
 次いで、レオの目の前から、平原も、陽も、消えた。

暗視モードに切り替わったレオの視界にあるのは、薄暗いドームの中である。
 こどもがかたまって遊べるほどのちいさな空き地が目の前にある。そのむこうに、居住施設が並び、右手には壁面がある。レオから見てベスがいたような位置取りに、レオより大きい、ロボットが、じっと沈黙していた。
 低いベンチも並んでいる。休憩所のようである。
 そこで、レオと、この惑星の衛星軌道上の、レオ本体との通信が復活した。
「通信復活、同期はまだできないので、なにがあったかそちらから出力してくれ、感覚共有は再開する」
 頭の中にレオ本体の声が響き、了解、とレオは短く、音声情報を送った。
 レオは、上空の航宙小艇からおろされてきた、探索子(プローブ)ロボットである。通常の成人男子よりやや小さめ、頭頚部のしたの胴体に四肢が生えて、ほぼ人間とおなじ形態につくられている。頭部には360度の視覚をもつようぐるっと帯状全周に視覚入力素子部分がある。からだは銀色のカバーで覆われ、頭部にヘルメットがかぶされているが、生命維持の目的では当然なく、汚れたときにいちいち洗浄する手間を省くためなのである。
 人間本体を着陸艇にのせて探索に使用するのは、生命維持も含めてコストがかかりすぎるので、人間本体は動かず、遠距離同期した探索子ロボットが実際の作業をすることになっていた。
 レオには、上空のレオ本体の模擬人格が搭載されている。
 通常は、レオと、レオ本体は、思考も記憶も完全同期している。その状態では、レオは、レオ本体にとっての拡張現実用外部センサーである。
 上空で艇をモニターしながら、同時に、レオ本体はレオの中も入りこんでいて、この惑星におりてきて、探索していたのだった。
 ひとつめの荒廃したドームからでたあと、このドームの入り口で認証を求められた。本国の認証システムと同一だったので解除できたが、なかに入り込んだところで、同期が切断された。その場合に備えての模擬人格である。自走状態になった。
 そこで、感覚入力を乗っ取られたらしい。
「俺に何があったか説明してくれ」
 レオ本体が、上空から要求する。
 ある期間同期が切れてしまった場合、そのあいだのイベントの確認が終わるまでは、再同期しない。同期が切れているあいだのもうひとつの自分に問題があった場合に、それを本体が引きかぶらないようにするためである。
 同期してしまえばふたたび記憶まで共有される。しかしいまは、同期していないあいだの出来事に基づいて動かねばならないので、レオは、このドームに入るまで、自分自身だったレオ本体に、自分のみたものをある程度説明しなければならない。
 どちらも自分であるから、同期していないときは相手のことも俺という習慣があった。
「ハッチから入って、切断後、明るくなった。大平原が再現されていて、丘をおりると家があって、女性がいた、ベスと名乗ったよ。陽気そうな女性だった。視覚効果にかぶせて、わからなかったが、この、停止しているロボットが、そいつなんだと思う」
 感覚共有しているので、レオ本体もそれを見ている。
「ああ、その形状だと、こっちのデータでは」
 通信相手であるレオ本体は、上空の航宙小艇手持ちのデータベースを照合した。現場のレオの邪魔にならないよう、レオ本体の側の感覚がレオにいくのは、抑えられている。
「こういう植民星によく輸出された、おもに介護など、身動きのできないものを助けるタイプだ。バリアフリー平面が前提で垂直移動は苦手、脚が短いから移動は遅いが、安全度が高い。ユーザーの模擬人格をいれて拡張現実的に同期するタイプだから、われわれと同様なら、どこかにユーザーがいるはずなんだが、そのベスという女性の本体が」
「探してみよう」
 動かないロボットをそのままに、壁ぞいにあるくと、階段あった。
「これがあの丘の階段か、ということは、そこにある家が、あの家ということになるな、平原をみわたす丘をおりたら家がある、という視覚効果で誘導されたんだが」
「この空間が、広い平原相当か」
「あとで同期したら、記憶も含めて確認できる。しかし、視覚だけでごまかせるものを、いちおう家にしても丘にしても人にしても、対応するものをある程度そろえて、体の移動と一致させたり、ロボットなんかを外界のでこぼこにあわせてうごかすというのは、もともとそういうプロトコールでユーザーが使ってたんだろうな、いっしょに動けるように」
 レオは階段を少し上がって、見渡した。
 薄暗い居住区が、ドームの中に詰め込まれていた。なにがいる様子もなかった。
 階段のすぐ下に、居住単位への扉が開いている。レオはそこに入っていった。
なかは、ベスに導かれた家の中の現実のすがたと思われた。こじんまりした部屋で、壁に絵が描かれていたが、暗視状態で色はよくわからない。テーブルには、レオ自身が座ったように、椅子がついている。平原を見渡す窓のあったはずのところにはカーテンが下がっていた。その端をあげてみたが、そのむこうはただの壁だった。横に戸棚があり、鏡がさがっていて、ヘルメットがうつった。ヘルメットの中には、メタリックなレオの頭部があった。
「ここで、俺の顔が、人間の顔に見えて、感覚が乗っ取られているのがわかった。自分から接続を切れないので様子を見ていたのだ」
 鏡から顔を離し、部屋の奥のドアに向かう。
 次の部屋には、ベッドがあった。なにかが、こちらを足をむけた態勢で胸までシーツをかぶり、手はシーツの上に組み、枕に頭をのせて、天井を向いていた。
「死んでるな、歳のいった、女性だなそれは」
 視覚を共有するレオ本体が、つぶやいた。ここで自分とやり取りする意味はないので、レオは反応しない。そのままベッドサイドに移動した。
「俺の見たベスってのはこの人か」
「わからない、俺が見たのはミイラではなかったからな」
「、、、それで、そのタイプのドームだが」
 レオ本体は、そちらのデータを見つけたらしい。
「外からはいってすぐのところに、コントロールセクションがあるはずだから、移動してくれ」
 レオは、部屋を出た。むこうのうすぐらがりには、ロボットがあいかわらず、動く様子もなく、沈み込んでいた。
 階段をあがった。数階分の屋上相当は広く、ドームの中をみわたせるように、手すりもついていた。その空間もむこうがまた壁で区切られ、階段とつながる通路が、壁の下方に入り込んでいた。歩いていく。ほどなく、いきどまりになっているのが見えた。
 そこにハッチ扉がついているのだが、その手前の左側にも、何列か、ハッチ扉があった。
 レオ本体に指示されるまま、手前のハッチに立つ。本来自動で開くはずだが、反応はない。レオが、手をかけると、重いが、ゆっくり戸が横滑りに開いた。
 暗い中で、向こうの壁まで、腰ほどのブロックユニットが並んでいた。壁の右側には、いくつも、円柱状のエネルギーストッカーが差し込まれている。
「パッシブで読めるログメモリーがあるはず」
 レオのロボット機体の制御は、レオ本体の操作で行われている。同期の開始や解除もロボット躯体であるレオの側ではできない。レオ側でできることもすこしはあって、内蔵端子の使用はそのひとつである。
 エネルギー管理ユニットのよこに、メモリー管理ユニットがある。操作パネルの端のカバーをとると、端子差し込み口があった。レオは、腰から端子を引っ張り出してユニットに接続した。
「あー、エネルギー切れだな、これは」
 レオ本体が面白そうに声を上げた。レオは、端子をそうそうに外して体内にしまいこむ。
「ずっと最低使用エネルギーでなんとか維持してたのが、いきなり活動性を上げた挙句、動くはずのエネルギーストッカーが一本劣化していたもので、回路においついていけなくなって全体がシャットダウンしてしまったようだ。俺が入り込んだもので、感覚空間再構成までして全力を挙げて対応してくれたんだろうが、年寄りがいきなり運動するようなもんだな」
 自分相手にいうにしても、どうでもいい例えであった。
「つまり全部止まってるんだから、俺はそのままふつうに出られるんじゃないか」
 レオは、ふたたび通路に出た。
「ロックは、停電時は内側からは手動で解除できるようになってる」
 難なく、外への扉を開ける。暗視モードから明視モードに切り替わったが、色情報がはいって解像力があがっても、景色が華やかになることはなかった。
 あおく短く草の生えたゆるやかな斜面に、ドームはたっている。斜面の上側に出てきたレオは、周りをみわたす。右にずっとあがったところに、はじめにはいった、荒廃したドームがある。
 更に斜面の上の方に、今回レオが着陸艇でおりたった広い発着場がある。長く使われた形跡がなく、舗装の上にもあちこち土砂がかたまって草が生えていたのだが、ここからは着陸艇の一部しか見えない。
 逆のほうをみると、草の斜面をおりたむこうに3つ目のドームがある。その手前に、こちらからの視界をさえぎるように、軽い土手が盛り上げられている。
 レオはゆっくり歩き始めた。空は曇っている。レオには数値でしかわからないが、服を着てもかなり肌寒いだろう、風も強い。3つのドームのつくられた斜面のずっと下に、平地が広がっている。上空からみたところでは、その先に海もあるはずだった。
 足元は、ところどころ草がはげ、小石のまじる固い地面になる。雨が降るとぬかるみそうである。
 レオは、土手の下側を過ぎて、3つ目のドームに向かう。
 背後の土手の向こう側から、手に棒のようなものをもった人影が、おきあがった。全周視野なので、レオには背後の土手は見えている。レオは立ち止まる。
 厚いショールのようなものを肩から羽織った人影は、甲高い笛を吹きながら、レオに向かって走り始めた。
 対応能力を上げるために、レオは、自分のクロックをあげた。認知や思考にかかわるクロックをいじくって加速や減速するのは、レオ自身にできる機体制御のひとつである。数分程度であれば、加速してもエネルギー消費はそれほどではない。
 レオの視界で、男の動きの時間解像力があがった。若い男、長めの髪はバンダナでかためられ、粗く編まれた腰までの袷とズボン、あいまからみえる下のシャツは合成素材、いろいろな意味で自活できる生存圏にいるようだ、とレオは判断した。男の笛に反応したか、レオの前方、3つ目のドームの、開け放してあるハッチにも人の姿がちらっと見えた。男は、近づいてきて、背後から棒をかまえあげて、レオの頭に振り下ろした。
 認知や思考が加速されれば、動きも、躯体の能力の許す範囲で加速される。人間型ながら各関節も全周可動であるから、レオは、あっさり横に移動して、男の体に近づいて腕をつかみ、手のひらから電極スパイクをだして、パルス通電した。
 男は地面にくずれた。
 レオは自分のクロックを戻す。男はうめいている。
「聞こえるか、私は敵ではない、聞こえるか」
 意識レベルの低下した男にこれを繰り返す。
「話ができるなら話がしたい、暴れるならまたショックを与える、わかるか」
 うめき声がやみ、粗い息をしながら、男はつぶやいた。
「わかった、話をしよう」
 そしてゆっくり目をあけた。レオのヘルメットを覗きこむ。
 レオは、
「見ればわかるが、私はロボットだ、しかし人間が入ってると考えてくれ、本体は上空の、離れたところにいる、このロボットが破壊されたら攻撃することになる」
 こういっておいたほうが、動きがとりやすい。
「とうとうドームからでてきたのか」
「あなたを感知できなかった。見ていたのか」
「いや見てない、寝てたんだ」
 体を起こそうとする男の腕をレオは抑え込む。男は、
「とうとうあそこから来たんだろう」
「私は本国から、調査にきたんだ」
 若い男は黙り込んだ。下のドームから、5人ほどの、この男同様の格好の男たちが、銃らしいものを持ってこちらに向かってくる。
「そうか、あなたはドームを見張ってたんだな、笛を吹いて知らせる役か」
「前にひどい目にあったからな、出てきたら、さっさと知らせて、みんなでぶっつぶすことになってる」
 5人のうしろには、さらに人々が出てきていた。
 ここで、視覚を共有しているレオ本体が、上空からレオに声をかける。
「そちらのいまのエネルギー状態なら、なにかあったときにこっちに人格や記憶ごとサルベージできる」
 もちろんレオにしか聞こえない。相手が大人数ではどうしようもないので、レオが破壊されることになった時のためのやりとりである。
「動きがとまってはこまるから、まだその対応は不要だが、この躯体が破壊される状況と俺が判断したらそうしてくれ」
 レオは通信しながら、銃を持つ5人に向かって、若い男を盾にしてみせた。
「敵じゃないと言ってやってくれないか」
「おうい」
 若い男は、もう顔のはっきりみえる5人に、声をかけた。すでに銃をかまえている。
「こいつは本国からきたそうだ、あのドームの奴じゃない」
 5人は、銃の頬付けをやめて、相互に目線をあわせた。そして、一人が
「おい、フェイ、でたらめを言わされてるんじゃないか」
「上空にはこいつの仲間がいるんだと」
 すぐ近くまでやってきた。レオは、ふたたび自分の内部クロックを上げ、若い男の腕から手を離して素早く両耳を手で覆ってやった。
そのまま、最大音量で、ヘルメット全体を振動させて爆発音を再生した。
 5人は銃から手を離して、座り込んだ。レオは若い男から離れて銃を素早く回収してまわり、銃のボルトを抜いて片手に握ってしまってから、クロックをもどした。
 フェイと呼ばれた若い男は、呆然と、座り込んだ男たちをみている。
「しばらくこいつらは耳が聞こえない」
 レオは説明した。そのまま、5人のうちのひとりの腕をつかむ。男は腕を振り払おうとするが、軽い電撃でおとなしくなった。
「フェイ、というんだな、あっちにいって、もうちょっとわかる奴に、私は敵ではないと説明して、つれてきてくれないか、こいつだけあずかる、ほかの4人は連れて行け」
 4人は、耳が聞こえないので、自分の声を聴こうとして自分に向かって大声で叫んでいる。フェイはかれらの肩を順番に叩いて、ドームからぞろぞろやってくる人々の方に戻っていった。
 レオがこちらの男の腕を締め上げて見せると、人々は接近をやめて、そのままレオを眺めた。
 やがて、人々をかき分けて、すこし背の高い、太った中年男が出てきた。
「本国から来たのか、ものすごく久しぶりなんだが、認証できるのか」
「認証してくれ」
 その男がドームに戻って携帯認証器をもってくるまでにも、狙撃されることはないかと、レオは、人質の陰から、視覚情報をチェックし続けねばならなかった。レオそのものは生体ではないにしても、一部でも破壊されて機能が低下するのは避けたほうがいい。
「本物だ」
 背の高い男は大声で宣言し、ひとだかりから、ほう、というため息が上がった。
「ここからは私がやるからみんな帰れ」
 レオは男の腕から手を離し、その手に銃のボルトを押し付けて、背中を叩いた。男はあいまいな笑顔をうかべて立ち上がり、人々のほうにもどっていった。誰かと抱き合っているのが見えた。
 背の高い男は、
「ええと、上空に誰かいるということだが、このロボットプローブと同期しているということでいいのだな」
 ヘルメットのなかをあいまいに覗き込む。
「そうだ。中身は人間が入っていると考えてほしい」
 共有のみだとか、余計なことをいう必要はない。
「なら人間として扱わないとな、私はデックという。どう呼べばいい」
「私はレオだ」
 人々はちらちらこちらを見ながらドームに戻る。上空のレオ本体は、それらの画像も解析して、ささやく。
「男ばかりだな、骨格からはそう出てる」
 ドームに人々が吸い込まれたあとの、開け放しらしいハッチ扉からは、黒い、腕ほどの太さのケーブルラインが、そのまま斜面の下にずっと伸びていた。これではハッチは閉まるまい。
 フェイよりやや年嵩ながら若い2人の男が、中に入らず、ハッチの前に並び立って、並んで歩いてくるレオとデックをみている。デックが近づくと居住まいをただしたから、手下であろう。
 中から手下のあいだをぬけてフェイがでてきた。レオとデックをみてすこしためらった。
「フェイ、どうした」
「まだ時間があるから見張りに戻れと言われて」
「そうか、今度は寝るなよ」
 フェイは顔を笑うようにゆがめて、走っていった。レオは、
「防疫はあるのか、私のカバーは付着有機物を分解するようにできているが」
「だったらあとは中身の問題だが、ロボット体だからな」
 ドームに入る。通路は薄暗い。目にする構造は、さきほどのドームとかわらない。コントロールセクションをすぎて、3つ目の扉を、節約してるんだといいながら、手でこじあけてデックはレオを招き入れた。中はさらに暗い。
「ちょっと待て」
 手持ち式の発光装置が20畳ほどの部屋を照らした。細長いデスクがあり、数脚の椅子があった。紙の書類が積まれている。背後の壁に大きな影を作って、デックは、奥側にレオを通した。壁のモニターも暗いままである。
「椅子はいらんと思うが、こっちの気分の問題がある、座ってくれ」
 そして、レオをじっと見た。
「ここじゃそんなものを動かすのに割けるエネルギーはないんだ、ロボットは久しぶりだよ、めったに動かさない」
「中身は人間だからな」
「わかってるよ、とにかく何世代もまえから本国とやりとりがないから、実際にだれかきたときの手順も何も、滅多にみないマニュアルを思い出してやるしかなかった、君の手持ちの技術データをあとでもらえないか」
 宇宙嵐からこちら、本国近辺でも、大量輸送はできなくなった。恒星間通信も不確かになったので、こういう切り離された植民惑星がたくさんできているのである。
「それで、君の目的はなにかね」
「本国もかなりな状況で、いざというときに移動できそうな植民星をリストアップしたいのだが、どこもここも連絡がとれない」
 デックは首を振る。
「いつできるかわからない通信を常時オープンするエネルギーはないよ」
 上空からだれも応答しなかった理由がわかった。
「地熱棒の効率が悪くなったんだが、打ち直す力もない。エネルギーストッカーも足りない、どんどん駄目になって、数少ないストッカーを順番に使うんだ、だめになったら分解して再利用してな。」
「入口のケーブルは」
「あれが電線だよ、風力発電を下の方に作って、あれでもってきてコントロールセクションで蓄電するんだ、こんなことになったのも、隣のドームの連中のせいで」
「誰もいないよ、あそこには」
 デックは顔をあげた。
「入ったのか」
「認証は動いていたが誰もいなかった。私の認識では、このドームが、人間の住んでる唯一のドームだ。ほかに人はいないのか」
「外に住む連中がいるが、外がひどいときはすぐに潜り込んでくる。ふだんいろいろ持ってきて、中のものと交換するから持ちつ持たれつなんだが、それで、隣のドームはどうなってたんだ」
「無人で、しかも私に対応するのにエネルギーが足りなくなって、止まってしまった。そのままこちらに来たのだ」
 じっとレオを見ながら立ち上がり、部屋の戸口から、デックは外に声をかけた。レオはその音声を聞き取れるし、レオ本体もモニターしている。デックは小声で、中には誰もいなくて開けっ放しになっているそうだ、ふたりで確認にいけと指示を出している。
「ドーム自体はこっちのシステムとそう変わらないはずだから、状況をみてくるんだ、ログも読んで来い」
 レオは声をかけた。
「パッシブログでは、私の相手でエネルギーがもたなくなったことくらいしかわからなかった」
 デックは振り返って、わずかに間をおいて、そうかといった。それから普通の声で、携行ストッカーをもっていってつないで、システムを少し動かしてもいい、ちょっと奥までみてきてくれ、と命令して、レオの方に戻ってきた。レオは、
「それで、隣のドームとのあいだに何があった。見張りをおいてみたり、そっちからきた私を襲ったり。隣のドームのそのまた上のドームは荒れていたし」
「すまなかったな」
 デックは苦笑いする。
「5世代くらい前だ、特に当時の技術部の連中が何人かで示し合わせて、ロボットを多数うごかして、エネルギーストッカーだの貯蔵食糧だのいろんなもんをかっさらった挙句、女性もたくさん拉致して、あのドームに引きこもってしまったんだ、死人もでた。だから技術部はいまだに肩身が狭い。
「ドームへの、地熱棒からのエネルギー供給は外で切ったし、光子パネルも劣化するから、体力切れを待ってたんだが、いまだにシールドが有効で、ずっと見張りをおいていたのだ。何か変わったことがあったら、すぐに駆け戻って知らせろということでな」
 何世代にもわたってなにもなければ、見張りが居眠りするのも無理ない。フェイは、手落ちに気づいて、追いかけて必死でなんとかしようとしたわけである。
「宇宙嵐のまえは外でみんな暮らせたのだけどな、ドームを増やす必要もなかった。こういうドームは、複数なら3つおくのが基本だ。なぜかわかるか、多数決ができるからだよ。2つじゃむしろ争いの種だし、そのときは、また攻めてこられたら困るというんで、斜面の下側で平地に近いこちらにみんなかたまった。残ったストッカーも少ないし、物質変換機をちょっとづつ動かしては、むかしのデータで役に立ちそうな技術的なやつを、こうやって紙に書き写している。こういう状況で必要なのは紙とペンなんだ、消えないからな」
 それが、この部屋に散らかる紙の理由だった。
「決定機関である協議会は、手持ちの技術でなんとかこのドームを存続させるという方針なのだよ。一番上のドームは、補修部品をとるのに使っている。私は、エネルギーの管理とデータの再生、いろんなものの修理しながら、外で暮らす連中とのやりとりに役に立つものを作って、はんぶん門番してるんだ」
 あたらしい技術情報はあまり役に立ちそうもないなと、レオは思った。
「このドームやこの星の実際の運営状況を知りたいんだが」
「それはちょっと待ってくれ、協議会の了解がいる。ドームの外を動くのは止めないが、なかをうろつくのはちょっと待ってくれ」
 これ以上は自分の一存では何ともと、デックは部屋を出て行った。戸口は半開きのままで、これは君はいらないだろうと、明かりも消していってしまった。
 しばらく待ったが何もない。レオは、クロックを下げた。ここで追加のエネルギーをもらうのは期待できそうもない。
 上空のレオ本体が2食過ぎたころ、部屋の外でばたばたと音がして、デックと、もうひとりの男が入ってきた。デックは、壁をさわり、部屋全体がいきなり明るくなった。
 クロックを戻したレオは、じっとしている。銀色の躯体にヘルメットをかぶった形を外から見ているだけでは、誰にもレオが作動中とはわからない。
 デックは、
「動いているのか」
「なにかね」
 デックはもうひとりの男と顔を合わせた。そして、
「こちらが協議会統領のデインだ。話をきいてくれ」
「私がいまの統領だ」
 黒い、長い服に、白い襟をつけ、口ひげを生やした、がっしりした白髪の男である。
 二人は、座りもせずに、レオに話しかける。
「あちらのドームに、見張りと、技術室のものをやったら、ハッチが閉まってシールドが復活してしまったのだ、入れなくて困っている」
 レオと、上空のレオ本体は、しばらく考えた。そして、
「あちらの動作が、元に戻ったということか、あれは電池切れだからな、あそこにもっぺんエネルギーを供給したんじゃないのか、いや、そう言ってたな、だったらそうなってもおかしくない」
 デックは口をあけた。レオは続ける。
「携行ならそんなに容量ないだろう、放っておいたら、またエネルギーが切れるよ」
「中に人が入ったままだ」
 デインは苦しそうな顔をした。
「君がほんとうにあちらのドームの意向を組んでいないか確信がなかったから、統領としてはいままで君に接触しなかったのだ。助けてくれないか」
 この惑星で確認された唯一の統治機構の、正式な依頼ということになる。
「早く中に入りたいということだな」
 すこしレオは考えた。そして気づいた。
「私はもう認証が済んでる。入れない理由はないな」
 そのあとはその場で音声に出さない。レオ本体と通信するだけである。
「入ってまた入力を乗っ取られても困る。これはこちらで設定できない」
「俺と通信が切れたら、そのまま自分自身のセンサー以外からの入力を遮断するよう設定しておく。通信が復活したらもとにもどるようにしよう」
と、レオ本体は、返事した。
「信号の確度をあげるのですこしタイムラグがあるが、そのあいだはなんとかしてくれ、ブロックのレベルも上げておく」
 デインとその取り巻き10人ほどは、レオのあとをぞろぞろついて、土手をこえて一つ上のドームへとやってきた。デックの手下のうちのひとりが、閉まったハッチ扉のまえで手持無沙汰にしていた
 空は相変わらず曇っている。この惑星の昼はまだまだ続く。
 レオは、扉の前に立った。扉が白く光った。
「認証されました」すっと、扉が開いた。
「認証されてないものが入るのは待ったほうがいいだろう」
 言い捨てて中に入る。
 レオの視界がわずかにぶれた。
「さっきと同じか」
 すでに、レオ本体との通信はない。
 明度のひくいこちらから、あちらに通路があり、レオは、はじめにやったように、またその通路を歩いていく。洞窟から出たように視界が広がる。丘の上である。平原を見下ろすと、ベスが、階段を途中まであがってきていて、こちらを見て構える銃をおろした。
 そこで、ドームシステムによる乗っ取りが、設定どおりに遮断され、ベスも平原も、すっと消えた。
 階段の下にあるのは、居住区。階段を上がってこようとしているのは、まえに動かないままだった、足の短いロボットである。ロボットは、ビーム銃型保安装置を胸から突き出し、ゆっくり階段を上がりつつあった。
 レオは、引き返した。コントロールセクションの扉はセンサーで空いた。
 悲鳴がした。
「殺さないでくれ」
「殺さないよ」
 あかるい部屋の中、もうひとりのデックの手下が、手前のコントロールユニットにもたれて座り込んでいた。レオは、そのまま奥のコンソールに向かい、ちらちら光っている携行電源のロックを外して、引き抜いた。
 すっと、あたりが暗くなり、持ち込んだらしい手持ちの発光装置だけが光っていた。
 レオは、部屋から出て、ふたたび、外とのハッチを開け放し、
「ここの住民はもういないんだが、そもそもなんでいなくなったのか死んだのかわからないのに、入るのは危ないんじゃないか」
 覗き込もうとしていた一行は、一斉に身を引いた。レオの後ろで、若い手下がコントロールセクションから走り出てきた。
「止まれ」
 デックの声に、戸口で立ち止まる。
「バスティアン、お前、しばらく隔離しなくちゃいけない」
 レオは、それでもうひとりはどこだと、バスティアンと呼ばれた男にきいた。
「私はコントロールセクションにすぐ入ったんでわからないんです。電源つないでオンにしたら、モニター画面がついて、そこにフェイが現れたと思ったらいきなり光ってそれっきりで」
 ふたたびレオは奥に向かう。バスティアンは、お前も行け、と外からいわれて、離れてついてくる。
 ロボットは階段をあがりきる手前で静止していた。階段の下には、撃たれた痕のあるフェイの死体があった。
 戻ると、入り口には、デックと手下だけ残っていた。遠回しにして、近づかない。
 フェイの死体は、輸送用密封袋に入れられたが、これもバスティアンがやらされたのである。そのうえ、おまえはもういくら入ってもいっしょだから、とりあえずエネルギーストッカーをもてるだけかっさらってきて、ほかに持てるものがあったらもってこいと、命じられた。
 下のドームにもどり、レオは念のため表面防疫処置を受けた。
 その後、コントロールセクションの隣室に、レオとバスティアンだけが放り込まれた。
 バスティアンも、安全が確認されるまで、外部隣接区域で隔離されるのである。壁のモニターに、デックの顔がうかびあがった。
「エネルギー消費はしたくないが、直接顔を合わせるリスクは避けたいので、これでやりとりしていいかね」
「私も、いつまでもいられないからその方がいい」
 バスティアンは持ち帰ったエネルギーストッカーの、使えそうなものから充電していくよういわれていた。風力が大したものではないので時間がかかるが、今あるものを、もうすこし気楽に使えるようにはなるだろうから、モニターも使う余裕ができた、というのである。
 デックが言うには、この植民星では、ドームをまったく離れてやっていける状況ではない。外にいる住民も、ドームの技術をあてにしているし、厳しい天候の時はドームが頼りになる。
 外の環境をもっと利用する機運は、協議会としてはもっていなかった。ドームの維持で手がいっぱいなのである。
 協議会はベスのドームの使用について、デックに相談したらしい。
 デックはレオに、
「あちらで、ほかにロボットはみなかったのか、君と似たような機体がたくさんあるはずなんだがな、こちらにはほとんど残っていなくて」
 みていない、というレオの答えに、デックはさらに、
「あのドームをへたに活性化して、ロボットが出てきても認証できなきゃまたその場で殺されるかもしれない。そもそも、なんで誰もいなくなったのかもわからないところに、乗り込めはしない。君が言ったとおりだ。
 病気で全滅したのか飢えてもでてこなかったのか単に子孫を残せなかったのか、それに理由があるのか、しばらく調査がいる。協議会にもそう言ってある」
 残念そうでもない。当面、自分の思い通りにできるということだからだろう。レオ本体は、この男はあちらのドームをひとつ好きなようにできるつもりでいるのかもしれないなと、つぶやいた。
自分のいうことに同感のときは、お互い相槌はうたない。
モニターが消え、しばらくして、またモニターが点灯した。
「私だ」
デインがこちらに向いていた。
「君の調査に協力する合意ができた。むかし本国に登録した統治ルールはかわっていない。細則がいろいろついたが、それはいいだろう。住民情報については、ある程度の統計はあるがあまり役に立つかな。このドームのキャパはそんなにないし、こちらからそちらに公式に転出させる人口の余裕もないと考えてくれ。ドーム外環境の現状のデータまではなかなか手が回らないのだが、気候が変わる前のデータならある程度ある。安全のため、居住区まで来てもらうわけにいかないのは理解してほしい」
 非常に素気ない。最低限のデータを渡して引き取らせようという姿勢である。
 モニターが消え、やがて、バスティアンが山のような紙の書類をキャリアに積んで、部屋に現れた。
 一枚一枚めくって画像情報として取り込むのに、さらにレオ本体の、3食分の時間が経過した。
 背後では、バスティアンが、ちらちらレオをみながら、あちらのドームからもってきたとおぼしいエネルギーストッカーやメモリーパックをいじくっていた。見張っているつもりのようである。
 紙をめくりながら走査データをとって転送する一連の作業を自動化し、レオは姿勢を変えないまま、声をかけた。
「それは全部再利用するのかい」
バスティアンは、その相手が自分であることに一瞬とまどった。
「、、ああ、そうですね、個人データなら適当に消去して使います。ストッカーもチェックして再利用ですよ、たくさんあってありがたいです」
 銀色の、どこを向いているのかわからない躯体でも、手持無沙汰の話し相手にはいいようだ。
「人口統計みてるんだが、女性はいるんだな、このあいだ奥から出てきたのはみな男だったが、外にはあまり出てこないのかい」
「なるべく出されないようになってますよ」
 デインのいう細則であろう。
「中では自由に歩き回ってるのかな、運動不足はよくない」
「食い物がすごく足りてるわけでもないですしね」
 すこし苦笑いして、
「あっちのドームの連中が、女性をたくさんひっさらっていったもので、いまだに、なるべく出さないようになってるんです。あちらのドームも利用して、いろいろ変えられるかもしれないとデックが言ってますよ」
 口の軽い男である。長くはここにいないと、思っているからだろう。
「この統計じゃ女性がそんなに少なくもなさそうなんだがな、、出会いはどうするんだ、君みたいな若い男は、パートナーはいるのかね」
「ポイントためるんですよ、立場に応じてね、俺は技術部にいるからそれで役に立つことをしたらポイントがたまる、そしたらその分機会をくれるんです」
 すこし声を落とす。
「フェイは、あっちのドームに入るのは自分がはじめてなのだから、たくさんポイントがもらえると期待してたんです。出来がよくなくて見張りにやられてたんです、かわいそうに」
 思いついたようにバスティアンは、
「あなたが来たということは、本国と行き来できるようになるということですか」
「商業的な大量輸送はまだまだわからないから、人間もまだわからないな、当分は無理じゃないか」
「本国じゃ、もっと自由に女の子に会えるんですか」
 レオは内心苦笑いするが、もちろんそれはバスティアンにはわからない。
「もうちょっと自由に会えるようだ」
 レオはふと思い至る。
「その、むこうの連中が女の人をたくさん連れて行ったという話だがね」
「ひどいでしょう」
「いや、むしろ、そうやって囲い込まれるのが嫌で、女性がみんなで逃げ出したんじゃないのか」
 バスティアンはあっけにとられた。
「そんなバカな」
「勝手な想像だ。植民星の制度にまで介入するのは避けるようになっているから」
「介入ですか、これが」
「本気で介入するつもりなら、外で生きていける技術をとりまとめて、若いものだけで出ていくよう煽るだろうな、外でやっていけたら、そのうちこのドームの執行部と対等にやりあえるかもしれない。どうみても先細りだからな」
「こわいことを言わないでください」
「冗談だ」
 バスティアンは首を振った。
 レオが作業を終えたときには、見張りに飽きたらしいバスティアンはコントロールセクションのモニターで、メモリーパックをひとつひとつ確認していた。
「終わりましたか」
「住民データかね」
 モニターに、記録された人格のデータの外観記録サムネイル部分がつぎつぎ映し出されていく。
 赤ん坊が、少年や少女になり、青年期を過ぎ、老年になっては、つぎの個人データに移る。すべてライフログがはり付いている。
「けっこうな容量ですよ、うちではとっくにとってない。人口が少ないからなんとかなったんでしょうかね、実際、誰もいなくなったわけで」
「これはどの時期の」
「最後のほうから抜いてきましたからね、こちらの一本は後半に空白部分もありますから、消去する手間も省けます」
「それを見せてくれ」
 バスティアンはパックを入れ替えた。再生される画面には長短がある。
「すぐ終わるデータもあるな」
「すぐ死んだんですかね、その辺調べたらなんでいなくなったかわかりますね。消していいといわれてるんですけどね。じっくり見たいならあなたに直接つなぎますか、データがそのまま入るから早いですよ」
「データがほしいわけじゃない」
 おなじような肌、髪の色のデータが続き始めた。
「そろそろ終わりですよ」
 生まれたときからわかった。それはベスだった。可憐な少女がぐんぐん育ち、陽気そうな中年女がこちらに笑いかけ、どんどん老いて、目を閉じた。
 このデータはそれまでのものと異なり、そのあとも画像は続いた。
 モニターの中のベスはさらにひからび、ミイラ化していった。そのミイラは、ドームでみたミイラとおなじに見えたし、うごかない背景のベッド細工も同じだった。やがて、データは終了した。
 レオは黙って画面の前から身を離した。耳元にレオ本体が、
「ベスか?」
「若いころのはそうだから、あのミイラもそうだったんだろう」
 ベスは、若いころの自分の模擬人格を入れ込んだロボットに自分のケアをさせていたことになる。平原や家は、現実のドームの上に、ベスがはりつけた、好みの、仮想世界だったのだろう。そうできる環境設定だったということだ。
 模擬人格はじぶんの本体を「おばあちゃん」と呼んでいた。同期していたら、動けなくなった、もしかしたら眠り続ける自分の面倒をみている若い自分の方が、本体と思ってしまってもおかしくない。死んだ後も、模擬人格は自走状態で、死んだ自分をベッドに寝かせて外観記録だけは続けていたのだ。それを、止めるものはもういなかった。
 外から遮断された環境で、人々は減っていき、自分の人格を記録に残して死んでいった。ベスは、このドームを管理する最後のひとりの模擬人格としてロボットの中にのこされ、その使命は、わずかなエネルギーで休眠状態で維持されるドームの保守管理システムの一部として、データを守りつないでいくことだったのだろう。
「私の仕事はおわったようだ」
 バスティアンはモニターにデックを呼び出そうとする。それは不要だと、レオは言った。
「適当に帰るとあちらも思っているだろう」
 そのままドームを出た。遅れてついてきたバスティアンは、去っていくレオに、
「よく考えます」
「何をだね」
 ハッチのそばに立ったままのバスティアンが、後方視野の中で小さくなっていく。
 ベスのドームの外に、見張りがふたり、銃を持って、ぼんやり見ている。レオは、斜面をゆっくり、発着場に戻っていった。
 着陸機に入る。人間ではないのでそんなに空間もいらない。断熱だけはされた収納部分に自分を押し込んで、各部の接続を行う。
 機を上昇させ、外部画像にみえる3つのドームは、大きな大陸の端の緑に、小さく埋もれていく。
 航宙機に収納され、レオは、システムチェックを待った。さっさと同期しないと、そろそろ同一人物ではなくなってしまいそうだ。
「なにか入り込んでる」
 レオ本体の声がした。
「記憶領域になにかある、あのドームではじめに乗っ取られている間に、勝手にダウンロードされたようだ、これをするのにエネルギーが、どかんと、かかったんじゃないのかな」
「勘弁してくれ」
 レオはうんざりした。レオ本体は黙って解析結果を待ち、
「これは、管理システムを大々的に持ち込んでいる」
「ベスのドームのか」
「システムそのものがほとんど移されてきてる。インターフェースに環境設定もそのままだからあそこで見たままのものを、そのまま続きでみられそうだよ。ただ、そのつぎの、住民のデータを移すところで、フォルダーだけつくって、続かなかったようだ」
 レオは、自分の本体が説明をつづけるのを、黙ってきいている。
「けっこう手を入れていじくったプログラムで、読み切れないところもある。データもないことだし、丁寧に終了させた方がよさそうだ、そちらの中で、一部勝手に走っている」
 植民惑星のデータベースは内容がどうであれなるべく保存される決まりになっているが、安全に保存しきれないときは、その管理プログラムごと適切な形で終了させなければならないことにもなっている。
「俺の中か、つまり、俺がするのだな」
「そう、俺がするのだ、でないと、同期できない」
 すべては、レオの内部で処理される。航宙艇に収納された着陸艇から、レオのロボット躯体がうごくことはない。
「こちらからも補助プログラムを送っておく。扱いやすくなるだろう。この先、接続を切るから、入り込んだシステムを終了させたらリブート、立ち上げるときに、食い込んだその領域を全部外して、同期する。ここまでの記憶にもマークしておくから、万が一変な影響があるならここから先は切ってしまえるさ。さっさとおわりたいから、エネルギー供給が確認出来たら内部クロックはあげてくれないか」
 レオは、本体との感覚共有から切り離された。耳鳴りすらない無感覚の中で、レオは思う。
 なかったことになってしまうかもしれないというなら、終わるまですこしばかり待ってもらおうか。俺ならわかるだろう、俺はちょっと、ゆっくりしたいんだ。
 そして、クロックをスローダウンした。

 レオの目の前に、陽光でみたされた平原が広がった。
 目の前に、影絵のように、ベスがうかびあがった。
「私、どうしたのかしら」
「みんなと一緒にいきたい、というところまで言ったんだよ」
 ベスはレオに歩み寄る。
「いつのまにヘルメットとっちゃって、上の服も脱いだのね」
「あれはカバーなんだ」
「そうなの、その、下の服、似あってるわ」
 レオの着るものとして再現されているのは、自分ではじめて買った上着だった。
「ありがとう、似あうと評判でね」
「ヘルメット脱いだ中身も素敵よ、それに、直接触ることができるのね」
 ベスは、レオの頬に手をやった。レオは、両手でその手を包んだ。触覚の再現もいうことはない。
「あら」
 ベスは平原に踏み込んでいく。そして、泣きそうな声で
「これ、どうしたのかしら」
 どの土塁にも、半身ほどの孔が開いていた。棺が露出し、蓋も破られ、中にはなにもない。
「たぶん、復活することをあきらめたんじゃないかな」
 涙ぐみながら、隣の土塁へ移って、また覗きこむ。
「ずっと待っていたのよ」
「それぞれの人を思い出すことは、我々にはできない」
 実際の削除システム上、ここはどういう進行になっているのだろうと思いながら、レオは仮想世界にとり残された模擬人格に向き合った。両手をベスの肩を置いて、
「それでも、弔うことはできる。君といっしょに行くために、この人たちを、心から、ひとりひとり、弔わなければいけない」
「そうなの」
 ベスはそのまま顔をレオの胸にうずめ、レオは、展開の容易さにすこし鼻白んだ。。
 小さな家に戻る。ベスは先に立って家に入り、テーブルの向こうの部屋の扉をあけた。
 だれもいないベッドがそこにあった。
 次の日から、ふたりの作業が始まった。夜明けとともにふたりは、平原に出る。ふたりで、土塁の孔をひろげ、棺をひきずりだしては、斧で叩き割って、持ち帰る。
 朝と夕には、空は赤くなる。ふたりでそれを見上げては、仕事にかかり、仕事を切り上げるのである。平原を歩き回る足元に、たまに、再現漏れのように単色で塗りつぶされた部分や、モザイクのように粗く見えるところをみても、レオは見ないふりをしていた。
 持ち帰った棺の木材は、夜、ストーブにくべた。とりとめなく話すときに口にする飲み物の味をはじめ、特に狭い身の回りのいろいろな感覚はみごとに再現されていた。
 果てがないような平原を歩いては、ふたりで棺を集め、歳をとっていく。
「体が重いわ、歳なのね」
 ベスはレオに微笑む。
「そう、ずいぶん時間がたったということだ」
 体が重いのは、レジストリにいらない修飾がかかるほど、時間がたったということなのかもしれない。もとの世界の経過時間はわからないので、判断のしようもなかった。
 やがて、どこにいっても、土塁はみつからなくなった。
「終わったわね」
 ベスは、レオを見上げた。
 小屋の外に、積み上げてある木材もそれほどない。ちょっとづつ火にくべていく。
 最後の棺を火にくべたあと、老いたベスは、レオの手を握り目を閉じた。
 そして世界が終わった。

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