五反田の壁

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梗 概

五反田の壁

主人公の山田孝雄は西五反田に住んでいて、西五反田にあるIT系のベンチャー企業に勤めている。
都心型のミニマルな暮らしを山田は気に入っていて、これぞ現代の暮らしだよな、と思っている。
職場までの通勤は徒歩。
夜は上司に誘われて会社の近所の飲み屋に行くこともあるが、大抵は家でネットを見ながら過ごす。
休日もネット上でチャットをしたり、オンラインゲームで時間をつぶしている。

コールセンター業務で、顧客からの問い合わせにチャットで答えるのが山田の仕事。
あるとき、顧客の1人からとても不快なクレームが入る。
なんとかして場をおさめた山田だが、イライラは残る。
顧客の住所が東五反田であることに気づき、どんなヤツがクレーマーなのか見に行ってみることにする。

ところが、西五反田から東五反田まで行こうとすると、山の手線の向こう側に行くことができない。
そればかりか、山の手線の改札に入ることもできない。高架下はすべて壁で埋められているのだ。
SNSでそのことを呟いてみたが、「いいね」が1件つくだけである。

翌日、会社で同僚から、西五反田地域にテロリストが潜伏しているという話を聞かされる。
東京都内で去年発生したテロをきっかけに、テロリストの潜伏先として指定された西五反田地域は壁で囲まれてしまったのだ。

山田ははじめてその事実を知って驚く。
テレビも新聞も見ない、ニュースもSNSでフォローしている人からまわってくるものしか見ないせいか、
西五反田が壁で囲まれてしまったことに気づかなかったようだ…。

壁の存在に気づいてから、山田はその壁を越えたいと思うようになる。
実際に壁の外に行くことができるのは、一点だけもうけられた検問所。
物流もそこを経過している。
西五反田外の人が中に入ることはたやすいが、西五反田の人が外に出るのは難しい。
正当な許可証がなければ出ることはできない。娯楽目的で出ることは禁止されている。
外にいる人から確実な身元保証が求められるが、山田には頼れる身内がいない。
ネット上で知り合っている人々に助けを求めても誰からも反応はない。

ある日の夜、山田は最も警備が薄く、壁が低くなっている目黒川沿いの壁を乗り越えて、外の世界を知る。
西五反田と変わらない景色が広がっている。Googleストリートビューで見た景色。

山田が壁を乗り越えてきたことに気づいた東五反田の住民に、山田はすぐに取り囲まれてしまう。
山田は、西五反田が不当に壁に囲まれていることを主張し助けを求めるが、聞き入れられず、ボコボコに殴打される。
気を失った山田を、住民たちは目黒川に捨てていく。

翌日、目黒川で遺体が発見されたことがネットの速報記事としてアップされた。
その記事に呼応して、SNSで1つだけ呟きがアップされた。
「こんな暴行が許されるのか?」という呟きである。
しかしそれに呼応する人はおらず、数時間後、その人は呟きを削除してしまう。

文字数:1187

内容に関するアピール

行政区分上の「五反田」という地域はなく、東五反田と西五反田しかないことから、ベルリン…、それから「壁」を思いつきました。ちょうどうまい具合に、山の手線も壁のようにそびえたっています。
西五反田をブリュッセルにおけるモレンベーク地区と重ね合わせて、テロの要素を入れています。

テロ対策として壁を建設するというのはかなりアホくさく、建設しているあいだにテロリストはどこかへ逃げることが当然予想されるのですが、それでも壁を建設することで、政府としては「対策をうった」という事実が残ります。

ネット上の情報を見ていても、現実世界の変化には気づきにくいのではないか?というあたりも作品中に盛り込めれば良いなと思っています。
ネットにアップされる情報は現実世界のごく一部でしかなく、しかもフォローできない情報はどんどん抜け落ちて行く。

主人公の山田も、ネットでは壁建設について知ることができません。

文字数:388

課題提出者一覧