言葉には花

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梗 概

言葉には花

五反田生まれ五反田育ちのヨウコは25歳。大学を卒業後、某出版社の雑誌記者として働いている。

ある日、ヨウコの耳に五反田で謎の不審火が多発しているというニュースが飛び込んでくる。いっこうに捕まらない犯人に住民は不安を覚えているようだった。正義感の強いヨウコは憤りを感じて、調査に乗り出す。

ヨウコは休日になると五反田の街を練り歩き、何か手がかりがないか目を光らせた。そして、偶然にも犯行が行われている現場に出くわす。ヨウコの目の前であがる炎。その中から一人の少女が姿を現す。少女はヨウコに助けを求めるように手を伸ばし気絶する。少女を背負ってヨウコはその場から自宅まで逃げ帰る。

目を覚ました少女はヨウコに最近の不審火の犯人は自分であると告白する。そして、それらの犯行を己の持つ特殊な能力によって行った、とも。疑いの目を向けるヨウコに対して、少女は二言三言つぶやいて小さな花のつぼみを何もない空間に出現させるところ見せる。それを見たヨウコはさすがに信じざるをえなくなった。

少女の能力とは、言葉からエネルギーを取り出し、それをなんらかのかたちで顕現させるものだった。この力は古代日本では珍しいものではなかったが、時代が進むにつれ忘れ去られていったものだという。戦中の日本軍はこの忘れられた能力に着目し兵器として利用しようとした。能力者は研究施設に集められ『真官』と名づけられた。少女はその末裔だった。

少女の話によると日本軍が完成させようとした兵器を現代によみがえらせ、世界の覇権を握ろうとする過激派組織がこの五反田に巣くっているらしい。その組織は言葉の力を何よりも信じていて、人間のコミュニケーションに干渉しエネルギーを生み出す技術――『言爆』を研究していた。特定の現代語の中に『真官』がある一定の法則に従い古語を混ぜ込むことにより、『真官』を中心として莫大なエネルギーが拡散されるという。そして、それは世界を脅かす威力を持っている、自分はもうそんな研究に協力したくないと少女は切実な思いを吐露する。

組織の計画を阻止するために、ヨウコと少女は組織のアジトへと侵入する。とある雑居ビルの6階にそれはあった。重い鉄の扉を開けると、組織のリーダーが壇上で演説しているのを構成員が呼応しながら聞いている。裏切り者の少女に浴びせられる罵声。そして、二人に向けられる銃口。少女はヨウコを抱き寄せ、ある言葉を口にするように求める。困惑するヨウコだったが、それに従う。

「好きよ」

ほぼ同時に少女がつぶやいた言葉をヨウコは認識できなかった。次の瞬間、室内に強い風が吹き荒れ、その場にいた全員が吹き飛ばされる。突然の衝撃に皆なにが起こったのかとぽかんとしているが、それだけではない。どうやら、全員が今まで何をしていたのか、忘れてしまったらしい。少女によると構成員たちの記憶をすべて吹き飛ばしたのだという。曰く「結局、この人たちわたしのこと、何も知らなかったのよ」

こんな力があるなら、なぜ今まで使わなかったのかというヨウコの問いかけに対して、少女ははにかみながら言う。

「ここにはわたしのこと、好きだって言ってくれる人は一人もいなかったから」

ヨウコは照れながら「なるほど」と思う。

 

文字数:1321

内容に関するアピール

本作のテーマは「言葉・愛・戦後」です。

自分にとっての五反田とはゲンロンカフェの街であり、ボードゲームカフェの街であり、宗教の街です。その3つをつなぎ合わせるものは何かと考えたときに、「コミュニケーション」しかないと思い、そこからコミュニケーションに欠かせない「言葉」をモチーフにした物語を作りました。

実作では、主人公と少女のコミュニケーションの描写に枚数を割き、少女の持つ特殊な能力をいろいろなかたちで描きたいと考えています。また戦後の部分に関しては、GHQの言論統制がなぜ行われたのかという理由付けを言語兵器という観点からあまり「政治的」になりすぎないように書きます。

最後に悪役についてですが、もっと悪辣に描写して全員殺害してもよかったのですが、あまり重い読後感にならないようにしたいと思った結果、このような結末になりました。

 

文字数:364

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