すべて、あるべきところに

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梗 概

すべて、あるべきところに

「ねえ、清泉の子いないの」

中年の男性がピンサロ嬢に耳もとでささやきかける。五反田のあちこちの風俗店で清泉女子大学の学生を求める「清泉おじさん」が目撃されるようになって久しい。自分の学校の間近で風俗やるやつなんかいねぇよ、と女たちは心のうちで毒づくのだった。

五反田が日本最後の風俗街となってしばらく経つ。

エンドルフィン・マシーンを搭載したタバコ様デバイスの普及で、性的快感はいつでもどこでも、身体を汚さずに手軽に味わえるものになった。ナノマシンで官能強度を加減することで、人々は様々な快感を自在に楽しんだ。

性風俗産業は大打撃を受けた。色街はひとつ、またひとつと消えてゆき、肉体による性サービスは時代遅れのものとしてより嫌悪され、非難されるようになった。(ついでにタバコ業界も凋落の一途をたどった)

いまや性のガラパゴスと化した五反田には、女を買う客のほか、シュプレヒコールをあげるアンチ・セックス産業の活動家たち、物珍しさから押し寄せる観光客たち、それを取材するメディアなどでごった返して一種の活況を呈していた。

早坂マリは外国通信社の契約記者として、忌み嫌う五反田に戻ってきた。島津山で育った彼女は強圧的な父から逃れるようにアメリカに渡ったが、何の因果か、上司に五反田の取材を命ぜられてしまう。国際的にも希少となったフィジカル・セックスのメッカは外国人の関心の的でもあるのだった。

取材に気乗りしないマリはシュウジという貧しい少年と出会う。風俗案内人と観光ガイドを兼ねるシュウジは死んだ目をもち、あまり感情を表さない。自身も五反田育ちだというシュウジを好きになれないマリだったが、観光客をよそおい議論を挑んできた活動家を滔々とさとす姿に少年の評価を改める。

仲良くなったマリにシュウジは「清泉おじさん」の異様さを説明する。一人の人間にしては目撃情報が多すぎる、と興奮気味に語るシュウジに対し、マリは都市伝説の一種だろうと取り合わない。

最大のシェアを握る官能タバコメーカーの製品に致命的不具合が発覚する。ナノマシン同士をメッシュネットワークでつなぎ機能する官能タバコはノード数が閾値を超えると深刻な健康被害を及ぼすという。タバコを吸うことを恐れた人々は五反田に殺到するようになる。

空前の好景気に沸く五反田風俗街だが、それにともない活動家たちの過激さも度を深める。狂騒状態の街でマリは「おじさん」の後ろ姿を垣間見た刹那、暴徒と化したデモ隊に襲われる。マリをかばったシュウジは下半身に怪我を負う。

「おじさん」は官能タバコを吸わない者が空中に浮遊するナノマシンを直接吸引したときにみる幻覚である可能性が報じられる。五反田ぐらいしか「おじさん」の出現条件を満たさない。土地神みたいだね、と病室でシュウジはマリに笑う。

マリはシュウジを散歩に連れ出す。騒擾が収まり瓦礫まみれの街を抜け、目黒川沿いを歩きながら、マリは久しぶりに官能タバコをためす。快感の頂点よりも波が引いたあと、全てがあるべきところに戻っていく感覚が好きだ、とマリはいい、シュウジにもタバコを促す。

結局は官能タバコは潰えないだろうし、五反田の色街もいつか廃れるだろう。そのことに対する感情の整理をつけたくない、とだけマリは考えながら、シュウジの手を引きぷらぷらと歩くのであった。

文字数:1361

内容に関するアピール

「エッチな気持ちになるタバコが発明されたら五反田が世界から取り残された話」です。

五反田を歩いてみたら、清泉女子大学がある島津山から風俗店が集まる東五反田の一角までの距離がずいぶん近いように感じました。そこから主人公二人と物語の着想を得ました。

この作品の五反田は世界からイルカ漁の太地町のような位置づけでみられている、という想定のもと梗概を書きました。

官能タバコの存在が「ひとつだけ現実とは異なる設定」となりますが、このガジェットが実在した場合の世界の変化、倫理観の揺らぎなども実作では盛り込むと面白いと考えています。

売春婦の賃金は暴騰するでしょう。セックスへの羞恥心はだいぶ薄らいでいるでしょうし、路上での性交(タバコ吸引)は当たり前になります。女性が射精感を味わえるようになり、男性も女性の絶頂を体験出来るようになります。幼児がタバコでセックスを楽しむ、という描写も考えられます。

文字数:391

課題提出者一覧