人になれなかった人間

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梗 概

人になれなかった人間

「人間」
他の生き物でピストルを正確に人間に向けることのできる生き物はいない。

「人生」
一生を私たちの意思によって生きていくのではなく、長い一生をかけていびり殺されてゆくものだ。

アイドルと臆病者の国、日本で俺は生まれた。
父は屠殺場で働き、母は物心ついた時にはいなかった。
幼少時代は、父と解体された豚だけがあり、包丁で裂いた肉の粘り気とあたたかさが母親代わりであった。
思春期になっても、俺には豚だけしかなかった。
それからやることもなく、友達もなく、成り行きで一緒になった女と子供を作ったが、
その女は、子供を残して消えてしまった。
俺は考えた。
母親はともかく、娘は愛していた。
考えた末に、精肉店を開くことに決めた。
時間を要したが、軌道に乗り始めと、評判も上々で、それなりにやってけた。
しかし、不況になり客がとおのくと、残ったのは豚と娘だけだった。
それでも、解体が好きだったので、特に問題はなかった。
そんな時に、娘がいなくなってしまった。
どこに行ったんだ。
娘はしゃべれないんだ。
必死に探した。
やっと見つけたのだが、
何で、警官に捕まっているのだ。
訳がわからなかった。
怒りの為だったのか、警官があまりに肥えていた為だったのか、
俺には、警官が豚に見えた為に、
持っていた包丁で解体しようとしてしまった。
裁判所でも、その通りの理由を供述したら、裁判官も苦笑して頷いていた。
刑務所では、娘のことが心配だった。
娘はしゃべれないんだ。
出所してから、店があった五反田に戻った。
娘だ。
娘を取り戻して、新しくやり直すんだ。

少しテクノロジーが発達したパラレルワールド。
そこでは、人間は、感情、欲望を刺激され行動するだけの動物ということがわかり、
その原因である感情を排除するために、感情をあらわにすることを禁止にした。
だが、実際には、感情を出すことと、感情を出している振りを区別することは難しく、
そこで困った政府は、わかりやすい怒り、悲しみを禁止にした。
ここでは、怒り(暴力)、悲しみ(涙)が無くなった世界。


世界に怒りを持った肉屋。
涙を流したために、娼婦を強制させられた娘。

文字数:868

内容に関するアピール

精肉店からの発想で、豚を解体しながらブッタを語る男というのが面白いのではないかと感じて、そこから発想を進めた。生い立ちを除いて、大半を宮殿(刑務所)で過ごし、俗世(五反田)に出て行く、そこで、娘と再開し、彼岸(川)を渡る。本来なら、ここで、いかだ(真理)もその先に進むためなら捨てて行けと言ったが、ここでは、むしろ捨てられなかったブッタの話にしたい。真理を捨てていくより、手枷、足枷、十字架を背負わされていくキリストのように、大切なものを捨てない背負込む強さを、五反田を舞台に父と娘で表現していきたいです。

文字数:253

課題提出者一覧