月の炭酸水

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梗 概

月の炭酸水

今から500年後の未来、月。

何者かの声が主人公の衛(マモル)を呼んでいる。

月での神事および観光業の一端を担う伝統芸能集団『兎(うさぎ)』に地球出身の衛(マモル現在13歳)が
入団してから1年ほどたった。

その日のキャプチャモーションと舞台稽古の詳細を、専用の端末で練習データを地球との共有サーバに転送するのが衛の日課だ。サーバへの転送を確認するまで、舞台裏の噴水からおちる水の玉を衛は、飽きずに毎日のように、眺める。
端末は噴水のそばにあった。さいきん舞台で幽霊が見えるという噂を思い出す。

掘割には3ヶ月ほど前に本物の水が入った。衛はそこに何かが動くのにきづく。噂の幽霊か。
衣装を着て溺れている人が水面に浮かんだ。衛が助け、事故とわかる。当事者(論兎)は礼を言いすぐに帰った。

週末に『静かの海』に出かけた衛は地球の幼馴染ソーダに定期報告をする。
沈んでいた人物と詳細(細かな三角形が幾何学模様の衣装)を聞き出したソーダが目を輝かせる。
古代演目から翻案した『清姫』の衣装だと熱く語る。
「人を思う執念が炎をも発生して相手を焼き尽くすの。」

その夜。衛はソーダに告白される夢を見る。

週明け、衛が最後に舞台を出てデータ送信の手続きをしていると、聞こえるはずのない声がする。行ってみると。また衣装が溺れている。
またか、と助けに入ろうとすると、なんと人型をした水が衣装を着て衛をおいかけてきた。
衛はかわしつつ逃げるが、水は徐々にソーダの形になる。衛は驚きながらつかまって溺れる。

衛が目覚めると団長の杯兎が覗き込んでいた。衛は橋の外側に倒れていた。

舞台警備ドローンの記録を確認した杯兎は水を”静かの海”にいる業者を尋ねて分析してもらう。
すると水に納品時と違うパターンがあらわれる。生命のパターンだった。
月にもともと生息していた微小生命体が3ヶ月かけて水の中に溶け出して、どうにかして意識をもったのだ。
結合や解体もできることが観察された。最近きいていた幽霊の噂とも合致する。

「観測されたから、存在が発生した。」

ソーダが仮説の立案をする。
噴水を前にその様子を確認していた衛のまなざしに生命体たちは創造主を見出していた。
彼らにとってしてみれば、「衛のまなざしがあったからこそ」自分たちが屹立したのだ。

執着を基底とした清姫の演目が思念集合の為の回路を擬似定義したので、思念の元となった意思の染みつく
役者や衣装を通して生命体が自らを集合し擬人化を試みたのだと。
彼らはひとの意思を再現し、うまれて初めて出会った人間であるマモルに意思(気持ち・すき)を伝えたかったのだ。

ソーダ説の認識を証明するように、
噴水の水玉たちが驚く兎たちの前でどんどん人の形をとっていく。

ソーダの形をして告白の夢を見せたのも、極小生命の集合体だったとわかる。
水に溶け出した生命体群を基質とした。集合。
衛に執着した微小生命の集合体が清姫の回路で衛の志向思念をトレースしたからソーダの形になったのだ。

人間になりたい。人間になった。嬉々として発生する水人間。

だいすきだいすきだいすき!マモル、だいすき!

意外に可愛げがあり、元祖のように炎でもなく毒性もなかったことから団員みんなほのぼのとする。
溺れる危険はあるが、衛以外には普通の水に対するのと同じ警戒で済んだ。

説明のキャプションをつけられた噴水は、舞台裏から橋のたもとに移動された。
噴水の微小生命体群は、意思のある水玉となってたわむれ、
新たな観光スポットとして人気が出ている。

マモルはたまに、ソーダの形をした微小生命体群に追いかけられて辟易し、定期報告でそれをきく本物のソーダに面白がられている。

文字数:1488

内容に関するアピール

1/6の重力でできる大きめの水玉がぷよぷよと、変則的に写し込んだり面白い形になったり
人型になって思いを伝えようとして衛の命を危うくしてしまうところなどを楽しく描きたいです。

月の舞台で演じられている元歌舞伎の『清姫』の根底にある「執着」が微小生命集合体の鍵となる設定です。
物語が「演じられる」中で発生する役者の気持ちや、衣装にこめられた執念の象徴としての意匠などもまた、
モノなのに記号として”気持ち”を表しているという面で、とても面白いのでそのあたりも重ねた
「気持ちとものの関係」としてお話の中に点在させていきます。

文字数:257

課題提出者一覧