モノガタリ

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梗 概

モノガタリ

その村では古い陶器の花入れが喋るのだった。

「この季節に我に飾るなら桔梗などが良いであろう。」

 

村人たちは喋る花入れをとても大事に扱った。その姿は信仰と言ってもよいほどだ。花入れは古い風習に詳しいらしく、忘れられていた季節ごとの行事やしきたりを村人に伝え、村人は花入れの言うままに祭事や葬儀を行っている。全てが失われた日は人類の記憶から遠い彼方へと過ぎ去ってしまっていた。

オリベとエンシュは花入れの言葉を村人に伝える御子の家系に属する兄弟。二人共、村の宝である花入れとの会話を楽しんだが、特にオリベの花入れへの愛着は凄まじいものだった。オリベにとって花入れはただの物ではなくなってしまった。倒錯した喋る花入れへの愛情からその全てを自分だけのものにしたい、とオリベは思う。

 

武野の骨董品収集の趣味が高じて生み出された、物に擬人格を与えるAI。どんなものでも喋り、成長するという触れ込みでポストシンギュラリティの社会には受けた。人格を与えられたものたちは自分たちの物性を学び、成長するという触れ込みで、本当に物が心を持ったのではないかと思わせるようなものだった。家族が減って二度と使うことのない大きな鍋、祖父からの形見の時計。いくら科学が進歩しようとも、人が物に込める想いは変わらない。人は変わってしまい、時は移ろうからこそ、変わらずそこにある物自体を愛でた。

武野にとって擬人化AIは骨董品の愛玩欲を満たすツールだった。日々趣味事の会話を自分の所有する骨董品と楽しむというマニアックな遊び。対象が人類の長い遺産であるのだから、その擬人格も長期的に残るべきだというこだわりを見せた武野は、堅牢強固で自律駆動する石英ベースのデバイスを開発。物が残る限りは不死の擬人格を生み出す。彼の死を看取ったのはAIの販売で得た莫大な資産を投じて手に入れた大量の骨董品たちだった。数ヶ月後にようやく発見された際にもまだ、骨董品たちは武野の死を悼み続けていた。

 

花入れを自分だけのものにしたい。そう考えたオリベはある祭事の夜、エンシュが居ない隙を見計らい、花入れを粉々に壊してしまう。データが消える間際、花入れがオリベに語る。

「今まで長く人の間で過ごしてきたが、これでやっと役目を終える。贋作として生を受けた我が、ここまで人に愛されたこともまこと奇なことなり。造形されれば道具として意味を持ち、このように壊れてしまえばただの土なり。とらわれることなく、自由に生きるべし。物も人も流転する。その運動こそ、生なり。」武野の手元で人の死を、村人たちの間で人の生を知った花入れは、最後に何を思ったのだろうか?

エンシュは激怒し、オリベが二度と自由に歩けないよう腱を切る。エンシュら村人たちは新たな神を求めて、慣れ親しんだ村を捨て、流浪の旅へ出る。

オリベは村に残り、土を捏ね、器を作って残りの人生を過ごした。

文字数:1182

内容に関するアピール

人以外の気持ちになるということで、フェティシズムみたいなものをテーマにした作品にしたいと考えました。モノに擬人格を与えるAIで誇張された物神崇拝という感じで、物への倒錯した愛情からひたすら収集し続けるひとりの主人公(最後は物に囲まれて孤独に死ぬ)と、愛ゆえに破壊してしまうもう一人の主人公(壊すことで執着から自由になる)という対比を描けたらと思いました。最後に3人目の主人公である花入れ目線でそんな人間のフェティシズムを全部ぶち壊すみたいなことにしたかったのですが、花入れのキャラ設定がまだよくわかっていないです…。せっかく骨董品を主人公にしたので少しタイムスパンが長い話にしたかったのと、趣味で作ったものが数千年の時を経て歴史的遺物になって恥ずかしい…みたいな感覚も面白いかなぁと思って、AI社会→ロストテクノロジー後の小さな村という設定にしました。

文字数:376

課題提出者一覧