なんでもいる、ズー

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梗 概

なんでもいる、ズー

5歳の息子を地球に残して星間配送業務するパイロットがいる。航行の途中から請負った実験用AIゴリラの機体が思いがけず動き出してしまった。その影響で船内が破損してしまう。ゴリラ機体の停止作業を試みるが仲良くなった機体の停止に悩む主人公。最終的には問題だったAIゴリラ機そのものと協力関係を築き、事態収集にいたる。配達は無事達成される。


AI手続きが発達して遠距離宇宙への旅も比較的容易になった。

人類は、これまで観測できていなかった近くの星のいくつかに、移植の可能性をみた。人類がそこで開拓を行うことで地産地消で継続的な連鎖が可能な生態系を組める星をつくれる可能性を。

物語の主人公は星間配送船のパイロットで、地球に5歳の息子をおいてきている。
彼はある日、新奇探索星予備調査機構から、AI機体を一体といくつかの荷を預かった。
配達もいくつか終わったある日、何者かが船室に入ってきた。AIゴリラの機体だった。

最初は赤ん坊のようで、動きはおとなしく、問題がなさそうに見えた。念のため、請負先に連絡をつける手続きをした。赤ん坊のようなゴリラ機体に、地球に残してきた5歳の一人息子がうたっていた歌を、パイロットは口ずさむ。


なんでもいる、ずー、ずー、ずー

一人運転は正直寂しいと感じていたのでゴリラ機体が出てきてくれた時は嬉しかったが、いたずらをするようになって困った。機器を勝手に触ってはダメだ。と教えるのにはどうすればいいだろう。

新奇探索星予備調査機構の研究担当者はゴリラの生態やAI、人間の幼児の発達過程にも詳しい女性だった。話し相手としてだけでなく、ゴリラの生態について調べていろいろ教えてくれる。通信は5日に一度に制限されているが、話をするのが楽しい。

人間とは、動物とは何か…。請負先の研究女性との対話で目の前のゴリラ機体について考える。AIゴリラであるとはどういうことか。エミュレーションとは何か、機械とは、意識とは何か。

パイロットはゴリラ機体を息子のように感じ始めている。関連して船に乗る前にとった朝食のテーブルで、息子とハグしたことを思い出したりもする。

しかし、ゴリラ機体を止めなければいけない日が来た。
その力が強くなり、とうとうハッチの第一扉を壊してしまったのだ。
このままではパイロットの命が危ない状況がうまれる。

「君と友達になるには、意思疎通でき¥るようになるには、どうしたらいいんだろうな。」

ゴリラの生体で、自分の知っていることでヒントはないか、パイロットは思い巡らせる。動物園に行った時のゴリラの仕草にヒントを得て、試行錯誤を試みる。

担当女性からの通信の日がきた。
「停止しなくても眠らせる方法があったの!」
飛び込んできた女性の画像は、息子と歌った歌を介してゴリラ機体を眠らせていたパイロットをみて安心する。

「もう対処できていたのね」

この船が該当星にゴリラ機体を無事、送り届けた後、パイロットは宇宙を飛ぶ以外にも地球上で様々な動物や動物学者とコンタクトをとった。生体反応を組み込んだロボットを宇宙空間で扱う際の細則に新たな項目をもうけ、この時の船内での経験を伝えている。

文字数:1286

内容に関するアピール

この場所の役割は、AIゴリラと主人公を出会わせることです。宇宙船の中は密室であり、連絡手段が少なく、主人公は自分ひとりで対処しなくてはいけません。
いわば、宇宙空間で男性ひとり、未知の生物と対面しなければならない、擬似的な子育て空間でもあります。

効果としては、主人公がいきてきたこれまでの経験が事件に対して生かされる、そしてこの場での成長も試行錯誤も、このひと一人と、機械でありAIでもあるゴリラ一匹の経験として見えやすくなると意図しています。

また、主人公は、研究という直接的な方法ではなく、何かを生み出す、という方法でもないけれど、まごうことなき人類の第一歩のために必要な存在です。実験の成果で直接的に脚光を浴びない場所で働く人のあり方なども描けたらと思いました。
人間と動物やAI、機械、組織と個人、地球と未開の地、など主人公の思考を通して多角的にこの世界を照らしていきたいです。

文字数:390

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なんでもある、ズー

解体されようとする時は、ゴリラも歌を歌う。

♪なんでもいるズー、ズー、ズー、

俺が教えた歌だ。俺の息子が歌っていた歌。それを俺はこいつに教えた。俺はそれをききながら切ない気持ちになる。切ない気持ちになるが、そんな自分の気持ちをどう処理していいかわからない。ただ忘れることにしている。忘れてしまうことにすれば、なんでもない。
なんでもないが、今回は、そうもいかない。

ゴリラは器用にボタンをはめる。袖口と裾に白いボアがついている大きめの上着は、ミルの子供たちと俺の息子に船から連絡する特別な時間に着るために積んできたものだ。火星をバックにこの服をきて連絡する予定だった。前回火星でとった写真でもその服をきていて、それは操舵室のよく見えるところに飾ってある。

俺はJPED0005機体に乗っている。ご承知のように少し古い機体の宇宙間配送船の運転士だ。貨物を扱う。純正の人間だ。名前はズー。

俺の船は、主に火星にいく。火星との往復をしている。たまに軌道により近くを通る衛星へ荷物を落とすのを頼まれることがある。そういった場合は指定区域で預かった荷物を外に出す。衛星では基点をもつ宛先が拾ってくれるので、余計なことはしなくていい。実入りがいい。できるかぎりは引き受けることにしている。やり取りはこういった船の場合、オペレーターを介すのだが、俺は専属ではオペレーターをつけていない。船の位置確認とマッピングを自分で行い、自分で日時をリマインダーにおとす。本当に必要な時だけ、人間に頼む。

俺は宇宙間配送規定を守る男だ。電子秘書などに頼らなくてもだ。
だいたいミルからの連絡がない。
連絡してきた奴らは人間のはずだが、この「事態の本当」をわかっているのか。
宇宙間規定は守っている。俺は、きっちりと宇宙間規定を守る男だ。

だいたいゴリラを解体するなんて、こんな突拍子もない大それた問題が俺たちのところに降ってくる時にはすでに身動きが取れない抜き差しならぬ状態に物事が積みあがっているにちがいない。あっちこっちでどうしようもなくなって、どこであれ報告が錯綜している。俺が運ぶのは基本的に荷物だけだったはずだ。これまでゴリラはいなかった。特に、生きたゴリラは。

俺にはわかっている。この問題を、俺のほかは、誰もどうも捉えない。誰も、誰もだ。
誰が、捉える?錯綜しているオペレーター?電子秘書?ミル?
ミルからしばらく連絡がこない。向こうでも、何かが起こっているんだろう。
誰も捉えられない。ここには俺がいる。俺しか捉えられやしない。

だってそうだろう。たとえ捉えることのできるやつがいたって、その問題に対処する力がないと自分で信じ込んでいるか、それとも自分はやるべきではないとだいたい自分で決めつけてしまっている。それに、さっきの連絡は特別、いかにも伝えることだけを伝えている、という調子だった。この船の意見である俺に耳をかたむける様子は一ミリたりともなかった。きっと俺の話に耳をかたむける必要のあるやつほど俺の目にすることのないどこか遠い場所で、きっとご機嫌によろしくやっているんだろう。

俺はゴリラと見つめ合う。ゴリラは、じっと俺をみつめる。
側で見ていればかなり怪しい光景だが、俺はミルから聞いている。
ゴリラは仲間と問題解決をするとき、目を見合わせて、お互いの意思を同期させるのだ。

ゴリラが上手に俺の洋服を着るものだから、俺はその洋服を取り返すことからはじめなくちゃならない。手を伸ばすと大きな黒いけむくじゃらの手を慎重にふって俺の手を払う。この力の。とてもできるもんじゃない。解体など。ほんの少しで俺の手などねじ切れる力を持っていやがるくせに、ゴリラ、こいつは「払う」という行為の、力の加減を知っている。

あらためて、そいつを見る。
うつくしい、生き物だ。
こちらを見ている。

そもそもなぜ、類人猿の延長である彼らを半分機械として創造したか。
火星の隣人として彼らをエデンのうえに繁栄させたか。
そして、どうして彼らを人類型宇宙遺産種として保護したのか。

そういった話じゃなかったのか?
解体?おかしな話だ。
できやしない。解体など。

ミルはこう言っていた。

それはまず、彼らが地球上で私たち人類にもっとも近縁な隣人だからなのよ。

類人猿であるゴリラと人類とは、人類とサルとのあいだよりも遺伝的に近い。
類人猿はサルよりも、人類に似ているのよ。と。
私たちは外見だけをみて彼らがサルに似ているって思いがちだけど、生理、形態、行動、社会、心理。あらゆる分野で、類人猿が人類に近い特徴をもっていることがわかっているの。

俺はゴリラの後頭部を眺めた。立派に隆起している頭部とそれにつながる力強い背中への(いまは白いボアの襟に途中からさえぎられてそのすべてを拝むことはできないが)大きな筋肉を感心して眺める。こいつは俺など、一発でけしとばせる。それなのに、それだけの力を今、発揮しないことに対して特に何も志向してはいない。

細かいこもごもはつながっている。この船だって電子秘書が船内処理を行っていそうなものだけれど、どころがどっこいあいつら地味に値が張るから。ああ値が張るからって理由でそう、俺はオフラインにしている。それに電子秘書がいると何かとさわがしい。酒を飲むなとか。リキュール置き場に気をつけろとかゴリラのためのエネルギー充填ボンベやその解体後の後始末や必要物の仕分けと配置、それに設計仕様の伝達だとか処置に気を配れとすぐ警告をする。

電子秘書の奴らを使ったからといって、それが必ずしも実用に耐えるというわけではなくて、先日など電子秘書をつけた機体で火星まで自動遊泳するつもりだった旅行者がアンドロメダ星雲まで行っちまった。ってニュースがそこここの船内ディスプレーで散々流れてた。

すぐ横に来た真っ黒な両腕が船の下部をおさえながらいるので上に視線をずらすと、真っ黒な瞳と真っ黒な顔で俺をみつめる。俺が右手に掴んでいるものを指差してはその指を慎重にたてて口元に持って行き、左右に振る。俺の目はしばらく中をさまよう。大きくて器用な黒い指が、俺の手から小瓶をとり、ゆっくりと動作して棚の中に並んだ隙間においた。いやいやこの生き物に電子秘書は搭載されていないはず。おれは棚に寄りかかる。

ええと、なんだ…。そう、電子秘書が必要に耐えないって例の旅行者の話の続きだ。それだ。なんでも宇宙間飛行していたその船の少年が気まぐれに窓を開けた時、目の前に野球のボールを見たとか見なかったとかしたらしい。で、その後どうしても見たと確信したそのボールが気になった彼がメモを渡して父親がそれを読み上げたところ、それを電子秘書が指令と認識、安全運行のストッパーが外され船がボールの追跡行動を始めたという。
おかしくて愉快、笑える話じゃないか。

いつか事故にあって死ぬってミルにも言われているが、そんなこんなをよく聞くものであるし、とにかく俺はもし間違って死んでしまったとしても、あっているか間違っているかは別として自分で自分の行く末を計算する機会を選択肢として欲しいし窓代わりの映像なんて貼り付けない。どんなに退屈な星間飛行でも、いつだって本物の外を見て航行したいんだ。窓があればあるほど、危険にはさらされるものだけれど。

きっと旅行中の少年も、そういった類の人間だったんだろうと思う。そういう人間がもっと増えると、宇宙がもっと楽しくなる。免状は外につけておかなくてはいけないし、宇宙ポリスが来た時は交通規制の違反をしがちだって一番狙われるんだが、まぁ、でも、そんなことは小さい問題だ。

 

それで、…何か大事な事を、思い出さなくてはいけない。
…ゴリラだ。いや、そうではない。たしか。
そうだ…。エデンが爆発した。らしい。俺がこの荷物(ゴリラ)を外に出す予定だった星だ。
今でも火星に連絡がつかないところを見ると、どうもそうらしい。
通信用のクラウド衛星がどうにかなっている。ミルまでが連絡をしてこない。

5時間ばかし前の話だ。…俺は何をしていた。
反射的にゴリラを見ると、ゴリラはじっとこちらを見た後、ふんっと鼻を鳴らして身体を揺らし始めた。また、歌い出す。息子が歌っていて、俺が教えた歌。
なんでもある、ズー。

ズーは俺の名前だから、ミルから教わってきたこの歌を、息子は喜んで歌ったものだ。
今はミルと同じ家で暮らしていて、俺の帰りを待っている。そのはずだ。

奴らが言うことは要領を得ず、でもなんとかその意味を推し量ると、火星もエデン爆発の影響をうけて、いまはミルの無事も確認できない状況でいるらしい。

彼らの言う事をそのまま実行するとなると俺は、ゴリラのエネルギー源である専用擬似餌の充填ボンベの中身がカラになる前に、ゴリラを解体して地球へ戻ると、そういうことらしい。
指令を受けたのだ。ご丁寧にも、地球連から。
連中は半分機械のゴリラがエデンという行き先を失ったいま、戻ってくる最中に俺を殺すか何かして、船自体が問題を起こす事を恐れているらしい。

エデンがどうなったかを、まともにきく事すらできなかった。いや、正確には、エデンが地殻変動を起こして、どうやら生態系が全滅してしまったという話だった。
エデンは火星のそばにある衛星で、火星に移住した後に非常に小さいながらハピタブル衛星である事がわかってテラフォーミングされた星だ。

テラフォーミングされた後はいろんな経緯があったが、今はミルが所属する銀河連環境機構の人類型宇宙遺産種特殊保護区となっている。エデンは火星の隣で非侵襲的な方法によって人類の理解を深めるためにある類人猿専用の研究拠点として輪回していた。ゴリラはその中のひとつの種として登録されている。事が起こった時にミルがどこにいたのかはわからない。

それが問題だ。
エデンなのか、火星なのか。
少なくとも、エデンの爆発は火星にはそれほど、影響しないだろう。

エデンの保護区では類人猿そのものの研究ばかりではなく、いくつかの種類の類人猿。そしてその自然とのつながりを実感していくことこそ、人類を新たな出発へ導く最善の方法だと考えられている。そう、ミルは言っていた。そこでゴリラは、特に尊重されているのだと。

だから俺は。その話を聞いた俺は、興味を示した。

彼らが他の動物にはない人間に近い特徴をもっている。そう、ミルが言ったからだ。
ミルは、ゴリラのなかに人間の由来と未来を見る事ができると言っていた。近い過去まで人類と共通の祖先を持っていた彼らは、私たちが失ってしまった特徴をもっているし、私たちと同じ特徴を別の事に使っていると。

いつの間にか横に座ったゴリラが俺に手の甲を向けてきた。俺は手の甲を合わせて挨拶を返す。彼らにとってこれは、人間にとっての握手だ。人間と近い。もしミルから彼らの話を聞いていなくても、今の俺には、とくにその近さを実感できる所作だ。

人類の進化史のなかで、心は体よりずっと後で発達したものなの。

ミルは俺の横に座りながらいった。ミルの長くて滑らかな髪の毛が、俺の横でさらさらいった。私たちと共通なコミュニケーションや芸術的能力が現れるようになるのは、たった5万年前の事なのよ。私たちの身体には、心の歴史の百倍におよぶ体験が刻印されているわ。

私たちは、それができるってときどき思ってしまうけれど、心が身体を思うがままに操れるわけないのよ。そういって、ミルは俺の手を取った。俺はミルを見つめた。
正面からから息子がかけてきて、ミルと俺に抱きついた。

あのときミルが言ったことは、今の俺自身が証明できる。
俺は電子秘書をオフラインにした。これで、地球連から船を遠隔操作されることはない。

俺たちの船は、連絡を受けた後もまだ、火星へ。エデンへ向かっていた。

 

オフラインにする前に電子秘書が受け取っていた爆発時のエデンの写真と火星の写真をじっくりと眺めた。みるかぎりはエデンの姿は煙で覆われていて、いつもは地表すべてに見える豊かな陸地の緑が変色して灰色にしかみえない。

続いて同じく送られてきていた当時の照射データで地上の様子をとった表と数字を解析した。
温度は考えていたよりも高く、この数字だとすると、類人猿が地表で生きていられるとは思えない。しかし、この数字はすべての地表に対して計測されているものではない。このデータは火星からとっている。そう書かれている。火星からは計測できないエデンの裏に、彼らは退避している可能性は十分にあるのだ。

ゴリラは紙媒体にカットアップして操舵室に氾濫しているエデンの画像を眺めては何かをぶつぶついい、胸をたたいて貨物室と操舵室の間をいったりきたりした。少し落ち着かない様子だった。餌用ボンベがあと少しだった。不安なのかもしれない。固有名詞をつけるのはエデンについてからと決められていたが、俺はこのゴリラに名前をつける事にした。ギオ。地球からきた。ギオ。

ミルが他の個体にしていたように、名前を呼んでみた。もうお互いに慣れてはいたが、名前を目を見てゆっくり発音するようにした。一度では、わからない。ギオ。

お前はギオだ。

それから何度か方向を手計算してエデンを目指した。察しがつくだろうが最初に俺がいったほど簡単ではなく、いくつかの計測ミスと少しの船首の傾きのちがいで、とんでもなく遠くへ寄り道してしまうことになった。二週間かかった。しかし、運行の途中であの野球ボール少年の乗る船と交信し出会えた事はミルや息子への土産話になるだろう。

ゴリラは擬似餌やボンベをやめて、なんと俺の固形宇宙食を口にしていた。
人間の食べ物が彼の口にあったとして今後にどう影響がでるかは研究にとっては重大な題材だが、今現在の俺たちにとっては、些細な事だった。

はたして、エデンの姿が見えた。あれから二週間はたっていた。
軌道におりて周回した。
目下に、写真とは違う風景が繋がっていた。
思った通り、噴火によって失われた植生は、全体の5分の4程度。

ひとかたまりの緑の植生がまだ、くすぶりつつある周囲の大地からの煙にさらされながら、オアシス然としてすっくと立ち上がっていた。
緑がまだあるという事は、植物が失われてしまうようなひどい毒ガスは発生していないという証拠だ。まだ回復の余地は残されている。

ミルと通信をしたい。しかし、ここまで来ても火星にはつながらなかった。

しかし、重大な事を言い忘れていた。この船は、エデンに降りれる仕様ではない。
そして、もちろんここへ、ギオをそのまま落とすわけにはいかない。
受け取る人がいなければ、積荷を配達した事にはならないからだ。

周回しながら僕達は、エデンの樹上に類人猿たちの影を探したが、
確信に至るような何物をも発見する事はできなかった。

数日後、火星についた。
僕は地球連の追ってを気にしたが、火星では彼らの力はそこまで強くない。

ギオを連れて行きたかったが目立つため、船にいてもらった。

久しぶりに地表に降りて、しっかりとした地面を踏んだ。
ぼってりとした頭上のドームの向こう側に、チラチラとする光が見える。
地球からのように澄んだ星空や雲が拝めるわけではないが、砂埃が舞うこの地表でさえ船のなかとはまた違った呼吸を楽しむ事ができる。

地表に降り立つと、独特の埃の目立つ地表に肉厚の葉をもつエアプランツがびっしりと生えている。地球産がよく根付いているのだ。
エアプランツを割って船着場から各所に続いている白いコンクリートの矢印つきの道を動線に従って歩く。地球に比べて主要な建物も少なく、歩きやすいといえばここでは足が砂に埋もれる事はない。

ミルの勤める研究所の火星支部センターへと赴いた。

しばらく見ないうちに、センター内に地球産の植物が目立つ。
季節柄だろうか。ポインセチアの赤と緑が目立つ。たしか、見かけによらず寒さに弱かった花だ。火星には向かないのではないかと思ったが、火星専用び温度変化に耐えられるように作ってあるようだった。

息子は家だろうか。ミルの娘も一緒に、園に通っている時間のはずだ。
受付で、ミルとの面会を申し込んだ。

もう、あなたに動揺が伝わるといけないからって、彼ら私を通信に一切出さずに連絡を遮断したのですって。しかも、事がおさまってからも、復旧を忘れていたって。こういうのよ。やっと地球につながったとはいえ、あなたとの通信にスクランブルをかけていたって、これって許せる話?

会った途端にミルがいつもの通りだったので、安心する。
まくしたてる顔をみながら、頬と耳、髪の間に手指をすべりこませ、
じっくりと顔を見る。少しやせたようだ。しかし、変わらない。

ミルは、おとなしくなり、やはりじっと俺を見上げていた。
しずかに呼吸している。

火星が、無事でよかった。伝えるとうなづいた。

頬を寄せてしばらくハグしたあと、地球からの追ってを恐れたために電子秘書を
切っていたこちらの事情も伝えた。体を離して報告しあう。

エデンについてはまだ詳細がわからず、火星の向こう側へと調査を送る余裕もなかったそうで、俺のとった近接写真はセンターで喜ばれた。噴火時の地軸の乱れから、定期的に画像を送ってきていた衛星の軌道がずれたり地表近くでデータの自動採取をしていたドローンもみんな落ちてしまったそうだ。

歩きながらはなし、娘と息子を迎えに行った。
二人が飛びついてきた。息子を肩車し、娘をミルと挟む形で手をつないだ。

JPED0005機体へ向かう。息子は♪なんでもある、ズーを歌う。

歩きながら、街の音をきく。地球に比べて光は少ないが、店は地球の季節と合わせた装飾を施してあるところも多い。ろうそくの光が灯された店の中から雰囲気のあるジャズが流れる。

息子が手を伸ばして背の高い木に無数に飾ってある小さな木馬を取ろうとする。
隣に立っていた隣人がそれをみて時を楽しむための言葉を告げ、私の手に木馬を渡す。
俺は息子にそれをわたし、息子は同じ言葉を発し、お礼の心を伝える。

ミルが笑顔で娘のそばにしゃがみ、娘は杖型のツイスとキャンディーを手に持っている。
そしてミルは、大きな、葉物野菜でいっぱいのバスケットを持っていた。

俺たちはついに、JPED0005機体へ向かう。
息子は♪なんでもある、ズーを歌う。

扉を開けた。あけるとそこに、ギオがいた。
地球からやってきた、ギオ。火星にきたギオ。
エデンにいくはずだったのに、火星に来た、隣人。

扉のすぐ内側はJPED0005機体の発する明かりでまぶしかった。
息子が俺の方からすべり降りる。

影になって左右の腕を床につけながらでてきた彼は、例の俺の上着を着て、なんとどこから掘り出したのか、帽子まで被っていた。操舵室の俺の写真で毎日、見ていたからだろう。
それに、しばらくずっと二人だけで過ごしていたためか、写真に写っている俺そっくりのポーズだった。

全体的に、赤い服だ。例の、地球産の、この時期に着ることになるたいていの人間がみな、ちょっと気恥ずかしく思う。けれどまぁ、それなりに人気のある服装だ。とくに、子供達からは。

ミルが笑い声を漏らす。子供達は少し緊張気味に、そこで立っている。
俺は、家族をかれに紹介するべく、彼の顔のあたりをみつめながら(逆光でよく見えなかった)、彼に近づいていった。

 

終わり

 

参考文献

『ゴリラ』第二版 山極寿一 他

 

文字数:7794

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