梗 概
『七月のゴルコンダ』
4月、五反田に住む小学4年生の笹田輝(アキラ)は、家出中のママに毎日のように手紙を届ける苦心をする 。一方、輝のクラスでは、新しい担任の安藤が中心となり課外プログラムが試される。先進的と言われる授業だ。7月初旬、輝は、課外プログラムの過程で帰ってきたママと再開する。
「あの、先生…。
手紙を送りたいんだ。」
仮想端末でやりとりをすることが多くなったこの時期にめずらしく、音信不通の母に「手紙」を書いておくりたい。というアキラに、それならと安藤が、瀬戸内海の島から始まり、今では全国に広がったネットワーク「ボトルメール」を紹介する。
海にガラスビンを通じてあてのないやりとりをする行為にちなんで名付けられたその仕組みは、目当ての人物の消失地点と名前を書いて、各地にしかけられた”ボトル”に投入すれば、人手を介して1ヶ月後には必ず届く。安藤はそう言う。
遠い昔なら、実際のガラスビンは、いくら海流を計算しても、波間にのまれて、届くかどうかもわからない、とうぜん宛先なんて設定できない。まさに時間と距離の彼方にある夢のような物語を運んだだけだったのだけれど、
安藤は、アキラの目をのぞく。現在は、違うの。
”ボトル”さえ見つければ、必ず、届く。
確信をもった安藤の物言いに、アキラは安藤の指導をうけながら端末にボトル検索用アプリを入れる。安藤が五反田周辺に検索範囲を絞ると、”ボトル”位置がマッピングされた。
ふたりは放課後、1日に一つずつ、地図にある”ボトル”を探しながらアキラの書く手紙を一通、投入して回る。
何が”ボトル”かは、毎回違った。それでも思いがけない場所や物、それが”ボトル”だった。
安藤は輝をつれて”ボトル”周辺で出会った五反田の人たちと打ち解け、 『ゴルコンダ』と銘打たれた課外授業の説明をし、使用場所の許可を得て、打ち合わせまでしていく。”ボトル”は、端末を持たないひとたちのそばにばかりあるようだった。アキラは”ボトル”へ投函するママへの手紙に、ゴルコンダの日までに帰ってきてと 書いた 。
輝の母からの連絡がないまま、空気中に水分の多くなる七月初旬、ついにゴルコンダが始まった。
駅前の路上で安藤が操作するのを、輝たちクラスの生徒は歩道橋からみている。
輝の端末から、光がのび上がる。最初に浮かんだのは、輝のママだった。
実物の二倍ほどの大きさの立体画像で直立し、五反田駅西口の前、街路樹の上空まで登った。しばらくその場所で、上下に揺れながらとどまっている。
ビルの掲示板を使ってこの催しの解説が流れる。
安藤がそれを読み上げると、その日の午後、子供達と一緒に参観していたママたちが、一斉に空に浮かんでいった。
しばらくして輝のママが降りてくる。輝を見てただいま。と言う。輝はおかえり、と言った。
この七月の光景は、今でも五反田駅前のキヨスクでポストカードになって売られたり、街の特集雑誌に載ったりしている。
文字数:1194
内容に関するアピール
課題が「五反田」、日常をひとつだけ変えて、物語の演出からセンスオブワンダーを。ということでしたので、ごくごく日常の中から発展して、五反田を登場人物と一緒にたのしめる仕組みをつくろうと思いました。また、課題提供された東さんの著作から、郵便と観光・家族のモチーフを参考にしました。
題名とラストは、『虐殺器官』にも引用されているマグリットの『ゴルコンダ』という絵からインスピレーションを得ています。
マグリットは「集団と個人の間」をこの絵で表現しようとしたという解釈があります。人間の母の子育てにおいて、「集団と個人」は切り離せないテーマです。
今回は、自分なりのテーマとして「現代の母」を書く。と決めたので、それにかけて、最後にこの絵のように五反田駅西口の上に展開する投影群のひとりひとりを母にして『母』を印象に残そうと意図しました。
文字数:363