梗 概
ちょうどいい街
山本は東五反田の高級住宅街に住む高校生。兄が大好きな妹と両親と幸せな暮らしを送っている。山手線に乗って向かうは慶応高校。幸せな生活だ。
しかし、ある日、山本の見ている風景に貧しい土地の幻想が重なって見えた。幻覚かと思われたその風景は日に日に鮮明さを増し、いつしか山本の目には現実以上に荒れた大地、貧しい人々、荒れ狂う目黒川などの姿が見えるようになる。山本は自分の頭が狂ったと思い込み、部屋に引きこもる。
そんな山本の元に、一人の黒スーツの男・池田が訪ねてくる。池田曰く、今の五反田はバグを起こしており、それを修正するには、山本の幻覚の内容を知る必要があるという。いつの間にか家のドアを破り、勝手に家に侵入したその男を不審に思うも、幻覚を何とか治したい山本は藁にもすがる気持ちで池田についていく。
山本の幻覚が最も鮮明に出てきてしまうのは、妹の周辺だった。なぜか常に妹の周りだけ、現実の風景が怪しい闇市や焼け野原に置き換わってしまうのだ。池田が「ちょっと待ってくださいね」というと、時が止まり、五反田の街は消え、ただの白い空間とベッドに寝たままの山本(60歳)の姿があらわれた。
目を覚ました山本に白衣を着た池田が言う。「妹が可愛すぎましたね。もう少し不細工にしましょうか」
場面は変わって、五反田のIT企業の会議室。最前列で技術者の池田が没入型VRソフトをプレゼンしている。プレゼン資料には『仮想現実GOTANDA』と書かれている。
「このソフトは長時間持続可能な最高の快楽体験を実現します。人間はあまりにも大きな幸せを受け入れることができません。自分の身の丈に合った幸せでないと、脳が拒否して現実として認識できなくなるのです。五反田は人類のだれもが自分に丁度いいサイズの幸せを感じることのできる街。新宿より現実味があり、品川より人情があり、巣鴨よりは洗練されている。絶妙にちょうどいい街なのです」
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内容に関するアピール
この話で「ただ一つだけ現実と異なる点」は『没入型VRソフト』なるものが存在していることです。梗概では書ききれませんでしたが、『没入型VRソフト』は日焼けマシンのような形をしていて、中に入ると記憶中枢と五感に訴えかけ、まるで最初から自分が五反田で生まれ育ったかのような気分に浸れるマシンになる予定です。サイバーパンクにありがちな最強の効き目だけど一瞬でローに戻る、そんな快楽は二一世紀じゃ流行りませんよね?このマシンを退職金で購入するとあら不思議、あとは電気代だけで残りの一生を五反田(の夢)の中で過ごせるのです! どうです?欲しくなってきたでしょう?
ちなみに山本が見ている幻想は戦後の焼け野原の五反田の町を再現しています。なぜそんなものがVRに出てくるかというと、五反田の街のすべてを3Dデータで再現するのは不可能なので、街の再現には人々の記憶を抽出する技術を使っているから、という設定です。
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