梗 概
食べられるものから
2017年、夏、一頭の牛が地球にやって来た。
近年発見したこの星の情報を集め、地球生物の採取、分析を行っているパナラ星からの知的生命体。地球の外を漂う母船から送られた小型挺に乗って降り立った牛、モルフは農場へ姿を現した。
農場の主は柵を出ているモルフを見つけると、一通り調べた後、誰かのいたずらとして片付け、その日出荷予定だった牛たちと共にトラックの荷台へ載せた。
モルフはトラックに揺られ五反田周辺にある屠殺場へと運び込まれ、様々な過程を経て、食肉となった。彼はその姿でも、細胞の一つ一つに意識を持ち、交わった物質とも意識を融合する特異な能力を有していた。様々な形になった肉は食肉加工場より都内及びその周辺の工場と取引のある各飲食店、スーパーに流通し、様々な人間に摂取された。
ある家庭では、最近周りの失踪したものについて話しながら煮込んだスーパーの牛スジ肉をつまみ、ある焼き肉屋では学生がホルモンを平らげ、あるレストランでは動物園から消えた、翼を切ってあった鷲の行方を議論しつつフィレ肉をフォークで口に運んだ。それらの肉はそれを口にした彼らの意識とも徐々に融合していく。モルフが意識を接合することに成功した何人かは密かに街を去った。
母艦から再び射出された小型挺は地表へ降り立つと、バラバラに集められた集団を回収する。人気のない山へ集った人々は何もない空間へ入り込むと、透明なカーテンに覆われるようにして姿を消した。
小型挺は母艦へと帰還し、複数の人類を捕らえた業績を祝った。彼らは採取した人間の遺伝子を調査し、食肉または、次回の探査時に使用するボディのサンプルとして培養する為、母艦の進路を本星へと向けた。
捕らえた人々の中でかつて牛だった、モルフは眠りについていた。母艦に辿り着いた安堵と、バラバラになった意識をコントロールする為、神経を極度に使った疲労の中で奇妙な夢を見た。
戸惑い、日常へ帰りたいと願う自我。捕らえた一人一人の人間が訴える思いをモルフは、それぞれの思念が一つ一つの部屋の形をとったその中で目にする。
モルフ自身は以前にも今回の任務と同じようにして様々な形で、他の星へ降り、他の生物と融合をしていた。しかし、今回見た帰りたいという訴えは複雑な形を取る思念として彼の意識に、これまでとは違う働きかけをした。
目覚めたモルフは台の上へ横たえられていた。自らが元の身体としていたボディに戻される施術の最中だった。人間と融合していた遺伝子の神経を切断する直前、その目から涙が出た。モルフはその場にいた仲間たちに自らの心情を訴えた。
報告を受けた艦長は、これまでにも度々あった、融合により自身の境遇を被融合生物の存在と錯覚する症状だと言い渡すと、モルフを元の体に戻す施術を速やかに行うよう命じた。
モルフは再び眠りにつく。その目にはうっすらと暖かい部屋が見えていた。
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内容に関するアピール
私自身、五反田を訪れたことがなく、イメージに乏しいので以前五反田周辺にあると聞いた屠殺場をキーワードに模索しました。
人間が生き物を屠り、調理し、食べることを逆の視点から見てみたいという事が一番の動機です。
調理、食べるといった所から五反田に住む人々の特色も現したいと思います。
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