梗 概
五反田スタンダード
五反田駅前の不動産屋を訪れた男。
『1DK』『バストイレ別でバス広め』という条件だけ出す男に、営業マンは不可解な顔をする。
営業トークや雑談をからめて何とか男の要望やプライバシーを聞き出そうとする営業マン★1の態度が、男は気に食わず、いいから早く物件だせ、と苛立っていると、背後から
「かわって」
と言って女が現れ、男の隣に座る。
「へえ、1DKがいいんですね。女が転がり込んでも良いように?」
そう口火を切る女。図星を突かれた男は、(先ほどの若手社員への無口な対応とはうってかわって)半同棲していた彼女とつい先日別れたこと、でももしかしたら戻ってきてくれるかもしれないから、彼女の通勤経路にある五反田に住み替えようと思ったこと、などをするすると饒舌に話してしまい、自分でも驚く。
「バス・トイレ別、バス広めって、プレイ用ですよね?」
女は、男が先ほど記入した受付シートを裏返し、「Mですよね?」「彼女って年上でしたよね?」「痛い系より放置とか管理とか好きでしょ」と次々と男の性の傾向を言い当て、記入シートを埋めていく。
圧倒されて口もきけずにいる男に対し、
「お客さん、五反田の不動産屋初めて? 五反田じゃこれが普通なんですよ~」★2
としれっと言う女。
そして、まるで
「五反田は山手線内でありながら落ち着いた雰囲気の街で、駅ビルと商店街が共存して便利さと親しみやすさを兼ね備えた住み良い街なんですよ~目黒川もきれいですし」
というような口調で
「五反田は大正12年に花街が制定されて以来、風俗がさかんな土地柄なんですよね~特にSMやマニアック風俗のお店が集中してますけど、山手線内にありながら地味な駅なので、人目をしのぶ趣味のお店が集まってきたんですよね~」
と平然とのたまう。
五反田に住みたかったもう一つの理由が、まさしくSM風俗店のデリヘルを呼びまくりたかったためである男は、もう何も言えない。
「お客様の嗜好がわかったのでぴったりの物件がおすすめできそうです。内見いきましょ」
言われるがまま男が連れられてきたのは、予算よりはるかに高いオール電化の築浅マンション。男が
「ところで『管理費応相談』て?」
と聞くと、女は
「どこまで“管理”されたい? …この家の電気機器は私の携帯からいつでも操作できるの。あなたの位置情報も送られてくるから、ベランダにいるうちに鍵をかけて締め出しちゃうこともできるし、お風呂中にお湯が出ないようにもできる。ウォシュレットをいきなり最強にもできちゃうし」
とろけるような目つきのまま、契約書にサインした男。勤め先も銀行口座も本籍も保証人情報も全て女に教えてしまったことに興奮すら覚える。
帰りがけ、とあるきっかけ★4 から
「物件だけでなく、あの女も電気仕掛けなのでは?」とハタと気付く男。★3
俺は女に、というか、機械に“管理“されるのか?
それでも己の愉悦は変わらないことを、男はしみじみと確認する。
文字数:1197
内容に関するアピール
★1 不動産屋と風俗店の共通点は、初対面の相手に、普通いきなり言わないこと――年収や保証人の有無やパートナーの有無、性の傾向-―を言わないといけない点だ。私は不動産屋でもSMバーでもバイト経験がある。とかく、ウザい営業マンあるあるは尽きない。とりあえず「お休みの日は何してるんですか?」とか聞いてくる美容師もウザいよね。
ちなみに良い営業マンも女王様も、客の秘めた話を聞き出すのがめちゃめちゃうまい。
★2 まるで素人の女の子を騙して脱がせるAVのごときセリフ。ちなみにAVはSFだと思う。「時が止まる」とか、「俺だけ透明人間」とか、「制服が裸の女子高校」とか。まさに、ただひとつだけ日常と異なる設定が入った、センス・オブ・ワンダー。しかしこの小説を単なる「不動産モノS女AV」にしないために、
★3 女に支配される男、機械に支配される人間の、下剋上を受け入れる愉悦を書きたい。
★4 未定。
文字数:392