かしこみ色欲

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梗 概

かしこみ色欲

 「ぼくのクリトリスはペニスじゃないかしら」と感じる大学生が落ちた恋の相手が無性愛者。
 エッチなボクっ娘が、性的マイノリティーの男性と結ばれる未来を獲得するために、己の性欲を打ち消しながら神仏と交信し、神仏の加護を得ることで幸せを掴む。性愛への妄想とマイノリティーへの差別が交錯し、絡み、もつれ合いながら、両極端な俗と聖な刺激がカラダとココロに駆け巡る。
 二人の神社の待ち合わせは、スピリチュアル・エロチクス。

 

 翼が舞った。一本の羽根をひらひらとボクに授けて。

 ボクが小学校の頃から、雉子神社におまじないがあった。翼を描いたお札を賽銭にして祈れば願いが叶うっていう、いかにも子供が考案した凡庸なメルヘンだ。ビルの吹き抜けの中で神々しく日光を浴びるその神社の佇まいが珍しいってことは子供達の中でそれなりに話題になっていて、友達と連れ立って訪ねてみたら、鳥居や手水舎と、きっと鳥の翼をシンボルにした意匠の電灯がボク達を出迎えてくれた。電気の明かりなのに日光よりも月光よりも清らかに感じたのを今でもよく憶えている。十数年を経て再びそこを訪れたボク、花も恥じらう女子大生のボクは、今こそいつか聞いた子供騙しを試すことにしたんだ、だってだって、恋をしたから!!ことは半年前に遡る。

 ボクは誰よりもエッチだ、なんてことは決して口にしないのが乙女のたしなみ。幼稚園入園以前からの自慰歴を持つのは絶対の秘密だけど、ボクはひとまず十人並みの器量を備えた珍しくない存在だ。自分のことをボクはね、ボクはねと呼ぶ、昔でいうぶりっ子の仮面は、幼児期からずっと迸り続ける性欲のカモフラージュに一役買っている。こんな風に少々のキャラクターの濃さはあれども人並みの女子大生に擬態して、けれどやっぱりボクは実は誰よりもエッチなのだ。自室で、おやすみ前の自慰に耽りながら今夜もボクはそう思った。ボクは不良じゃないし女子校育ちでもあるから、実際のところの経験こそないけれど、みずみずしく膨らんだ乳房と滴りやすいヴァギナを備えた若い女であって、自分でならこうしていじり放題というわけさ。いつかボク自身が、誰か好きになった男性からじっくりたっぷりクンニリングスしてもらいたいっていう強烈な願望と妄想は、夜ごと莫大な期待と共にボクを絶頂へ誘ってくれる。慣れた手つきで包皮をめくりながら同時にクリトリスを摘む度、背骨に花火がぱりっ!と咲いてしまうので、ボクは実は男性で、コイツは小さいペニスなのじゃないかと疑わしくも不安になるくらい混乱する。花火大会の余韻の中ずぶ濡れたパンツを履き替えてから、夢の中でも引き続きアレやコレやと肉欲に満ちているのがボクにとっての「ふつう」。そんな毎日だった。こんな、オブラードに包めば「恋に恋するボク」の最初にして最強のフォーリンラブはいつの間にか始まっていて、気がついたら引き返せなくなっていた。ボクは決めていた、あなたの全てを愛するって。

 この世に生まれてから今に至るまでのあなたの環境を愛して、あなたの愛したものをボクも愛して、あなたが生まれたことと生きていることを愛して、あなたの何もかもをボクは肯定してみせる。ボク以外の女性へ恋したあなたの記憶も、高校の頃にやってしまった軽犯罪も、そのままをボクは認めて肯定して愛する。ボクは決めたんだ、充血したクリトリスをつま弾いたような電撃が、あなたを想うたびに脳髄を駆け巡るから。

 それで、大学の先輩にあたる彼のことをボクはもっと知りたくて、たくさん話しかけて、共通の友達も大勢作ってだいぶ親しくなった後に、「無性愛者」って言葉と、あの人が人口の1パーセント程のそれにあたる人物だってことが分かった。だからボクは当然あの人の無性愛を愛することにした。瞬間、ボクは二度と自慰をしないとも決心した。包皮をボクは二度とめくりません、あの人からクンニリングスされなくて構いません、だからあの人のそばにいさせてください、あの人の生涯の伴侶に、ボクを、してください!透かしの上に小さくシャープペンで「羽」と一文字書いた紙幣を賽銭箱にそっと投じて、ボクは祈りに祈った。何日も神社に通って、何回も紙幣を入れた。好きです、好きです、あの人が好きです、だから神様ボクをあの人の隣にと小さく声が漏れて、吹き抜けの中の境内に鳩でも来たのか視界の隅にひらりと一枚の羽が飛んで、それで、振り返ったらあの人がいたの。

 この時から、ボクと神様の通信が始まりました。

文字数:1834

内容に関するアピール

 私は神社が好きです。五反田駅からそう遠くない場所に雉子神社という場所があります。ここは、ビルの中の吹き抜けの中に神社があるという少し変わった造りです。ビルの谷間から注がれる光がとても神々しいし、雉子が舞い降りた伝説もあります。それで、ここに神様が実際に居るとして、かつ神様と交信できるとしたら、どんな物語ができるかなと考えました。それともう一つ、これを読んだ人が雉子神社を訪れてくれたらいいなと願ってもいます。

 さて、もし神仏が性的快感と引き換えに恋愛を成就させてくれるなら、人はどうするでしょう。

文字数:250

課題提出者一覧