梗 概
最適化
ユヅルは、コンパニオンロボットとしてうまれた。
研究対象としてユヅルを生み出したマコトは、ほどなくして自らが病で長くはないことを知ると、ユヅルをひとり娘のエリカ専用に育て上げた。ヒトの細胞から培養した皮膚や頭髪をまとうユヅルの外見はほとんど人間と変わらないまでになっていた。
父の葬儀の翌日、エリカの前に現れたユヅルは、父から聞かされていた以上に「人間」だった。ユヅルの面差しは、若い頃の父の写真によく似ていた。ユヅルはエリカの弟として、父の遺した家でエリカと一緒に暮らし始めた。
ユヅルの存在意義は、エリカを様々な感情から守ることだった。そのためにユヅルのすべての能力は最適化されていた。ユヅルに組み込まれたセンサーは、エリカの些細な表情や言葉の発し方、声の揺らぎからエリカの感情を正確に読み取ることができた。エリカは泣いてはいけない。エリカは怒ってはいけない。エリカはさみしくてはいけない。そのためにはいつもユヅルがエリカを笑わせること、エリカをいつも楽しませること。エリカに怒りや悲しみの感情が湧きそうになれば、ユヅルは、マコトに教えられたとおりエリカを笑わせる方法を探し出した。エリカが喜ぶことは一度学習したら、決して忘れなかった。
今、目の前でエリカが笑っていることがユヅルの存在意義だった。
ユヅルとの生活は楽しかった。ユヅルといれば、エリカはいつでも笑っていられた。ユヅルといれば、エリカは嫌なことを何も考える必要がなかったし、何かを決める必要もなかった。迷ったときにはユヅルに尋ねれば、いつだってエリカの感情が最適化される選択肢を選んでくれた。ユヅルと暮らし始めてから手放したものもあった。好きだった泣けるドラマを見なくなった。エリカがドラマを観て泣くことをユヅルは許さなかった。
次の桜の季節が近づいていた。桜には注意が必要だとユヅルは思っていた。川沿いの桜並木を見るたびに、エリカの表情はゆらいだ。桜の季節はマコトがいなくなった季節だとユヅルは知っていた。
ユヅルは考える。お墓参りに行けば、エリカは悲しい。お墓参りに行けばエリカは泣く。それは正しくない。エリカは行くべきではない。「エリカはこの映画を観に行くべきだよ。」エリカと見たことのあるコメディ映画の続編が公開中だった。これを見ればエリカは笑う。それは正しい。
エリカはユヅルに勧められた映画を見に行くことにした。ユヅルが言うことなら、それが正しいと思ったから。
出かけていくエリカの姿を見ながら、ユヅルはまたひとつ、エリカの悲しみを回避できたことに満足していた。
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