梗 概
会交
五反田在住の生徒・春川みさぎ(主人公)は、朝、片思いしている蘇那香音(カノン)が通学路を外れて目黒川を越えるのを追いかける。と、川の彼岸は、此岸と鏡映しになったような世界だった。
目黒川上一部区間を境界として、鏡映世界と接続してしまったのだ。
このことには電車の運転手らもいち早く、換言すると衝突寸前で気づいた。双世界の鉄道会社協議の結果、主人公の住まう世界(L世界と記)が逆世界(D世界)に走る向きを譲る。山手線は二時間で一周となる。
左右反対の自分たちの存在情報は両地球上に広がり、観光客が詰め寄せた五反田は半日にして世界的観光地となる。店舗らの売上は過去最高を記録したが、DよりLのほうが多少高く、「対称性の破れ」と呼ばれた。
通信認証の混乱、逆世界食事ダイエットの提唱(ただし不味い)、入れ替わり者の野球での活躍、左右の胸を間違えた殺し損ないなどが発生。
主人公は双子の「私」と話す。そっちもカノンが好きだと思ったら違った。「蘇那香音」はD-学校にはいなかった。騒ぎ。誰かが言い出す。D-「蘇那香音」は産まれてすぐに死んだって。
去ったカノンを探す。見つければ意外なほど落ち着いていたカノンに促され、五反田南方のカフェに入る。観光客の熱気に加えて、太陽が二つ見えるせいで、暑い。
カノンは話す。自分は高次元の世界からこの時空に投影された存在だと。
――二時空は、その埋め込まれた高次元の世界においてうっかり交差した。互いの目黒川上で、本来の空間は南北に分断され、反転世界の南・北同士と地平面を共有するように接続し直したのだ。だが現在、境界の端点は二枚の空間が交わる特異点となっており、非常に不安定である。境界も広がりかけ、端的に言って危険。
「私は本来、こんな事象を調整する立場だったの。なのに寂しくてこの時空に入り込んで、死んだ赤ん坊に成り代わって、遊びかまけているうちに管理なんて忘れて。対の自分がいないって知ってようやく思い出した。ごめんね」
カノンは、卵殻空間を生みその表面に時空をほどくことで特異点を解消する対処法を提案する。が、話の途中で、カフェの状況が逆回しになる。時間逆転――おそらくは、t軸が逆転した世界との交差。
話の方法では間に合わない。特異点に誘引された時空たちが億万とやってきて、崩壊へ導かれる。
カノンと目が合う。告白する。
*
背景――揺れる街の幻影。反転像らが混じりあう。前景――sex/情報交差する8589934592人の「私たち」。
ここは故郷。だった気もする。記憶とか、よくわからない。
カノンに救われ高次元に昇華した「私たち」は、それぞれの胎内に待避させた時空を飼う。カノンは消えた。寂しい。
私は[時間概念を起動し/あまねくものがたりを再生し時間線より射る時空識覚流線に乗り]、カノンが望み通りに私たちのいずれかの空に生まれ落ちるのを〝待つ〟。
文字数:1197
内容に関するアピール
本作では、スタートポイントとしては、おおむね「現代の日本」および「現代の日本に住んでいるような人物の感覚」を想定しています。
空間が一部変容して「双子」の自分たちがいるという「異常」的事象に際して、日常的な感覚・認知がずれていく(物語の中でその変化が増していく)経緯を表したいと思いました。
前半では、そのような状況になった集団の祝祭的な感覚を、フチにいる個の目から観測したい(いくらか喜劇的に描きたい)と思っています。
一方、後半では、主人公(たち)の意識の変容および、主人公が追う存在の抱いた煩悩への恋のようなもの(あえて自身を低次元に制限してなんらかの情動を得たいと欲する衝動のようなもの)を表せたらと思います。
(ただこういう衝動を高次元存在が持ちうるという考え方自体に、ある種動物性というか煩悩というか、進化上での痕跡器官のようなものかもしれないもの、への偏愛があるのかもしれません)
文字数:393