梗 概
臨死デトックス
「合法的自殺幇助!お手軽臨死体験!蘇りで心もデトックス!」
とある歓楽街の外れにある、細い雑居ビルの5階にそのクリニックはある。
下を向き、周りを見回す。細い雑居ビルの階段を登る。
チャイムを鳴らすと、
「いらっしませー」
片言の日本語で大陸系であろう女性従業員が顔を出す。
「2時から予約していた多田です」
「あー、先生から聞いてるよ。あっちねー」
かなり緊張して来たのに、あまりにもラフな受付に拍子抜けしながら、女性に指差された扉の方へ向かう。奥に鎮座するのは楊院長。胸の『東洋医学の権威』というバッジが怪しさ満点だが、昔はこのあたりでかなり有名な医大で教鞭を取っていたという。
雑誌に掲載された写真よりも若く見える。つやつやした肌が年齢不詳さをよりいっそう強調している。
「はいはい、どうしたの?」
「死にたいんですが…」
我ながら馬鹿な返答だと思うが他に答えようもない。
「なに?なんか嫌なことあった?昨日も一人来たよ。もう5回目かな。肩凝りでマッサージに行くようなものよって言ってたね。モデルかなんかの仕事してるって。受付の香月さんの2000倍はキレイなのに、何が不満なのかね?あんなキレイな子が死にたくなるなら、受付の一琳なんてもうすり身になっちゃうよね。ははっ」
なぜすり身になっちゃうのかはよくわからないが、促されるまま横になると、なんだかよくわからないうちにいろんな器具を取り付けられる。とりあえず全体的に衛生的ではないようだが、大丈夫か?
「さ、準備完了。さて、何分死んでみる?最初だから1,2分で十分だと思うけど…。ま、あなたの生き死にはこのスイッチひとつよ。私がスイッチ入れ忘れてお昼ごはん行っちゃったらあなた死にっぱなしね。あははっ」
楊先生は本気でおかしそうに笑ってみせる。顔が引き攣っていたのだろうか?冗談よ、と付け加えられた。僕にとっては冗談にならない…。
「スイッチ押したら死ねるから。いつでも、自分のタイミングでいいからね…せーの!」ポチっ。おい、自分のタイミングじゃないぞ…ブラックアウト。
記憶から消そうとした瞬間。呆然と立ち尽くす僕が見える。
あの子は笑っている?流れたはずのない涙を感じているのは誰?
目が覚める。シミだらけの天井と謎の器具が取り付けられた僕の体。麻酔でちょっと意識を失っていたのと何も変わらない。なんだかインチキくさい…
「また来てねー。」一琳さんも最後までノリが軽い。そんな何回も死んでたまるかと心の中で突っ込みつつ、きっともう来ることはないだろうと思う。
偶然見かけた怪しげな雑誌記事。茶目っ気たっぷりの院長の顔。
「…うん。基本的に死んでいる間は無のはずなんだけどね。なぜかいろいろ見たとか聞いたとか言うね。私に言わせれば臨死体験なんて蘇った後の勝手な思い込みよ。キリストが見えた!とかそんなわけないよね。もしも本当に臨死体験があるなら、宗教とか文化で体験の中身が変わったりしないはずよ。まあ、死に意味を持たせたいっていう人間の根源的な欲求の顕れなのかもしれないね。そもそも死にたいっていう人の気持もわからないから、私にはよくわからないけど…何にせよ、私にかかれば、人は簡単に死ぬよ。文字通り簡単にね。あははっ」
食えない医者だ。でも、そんなことどうでもいいのだ。思い込みでもいい。あの体験は僕にとって本物だったのだから。
あの怪しいクリニックでは今日も元気に誰かが死んでいるのだろう。空を見上げて、本当の死に向けて一歩踏み出すと、なんとなく生まれ変わった気がした。
文字数:1442
内容に関するアピール
臨死体験による心のデトックスを売り物にする怪しいクリニックが舞台の一幕物。ここで行われる施術は未知のテクノロジーを使った臨死体験プログラムなのか、トリックのあるマジックなのか?という設定です。
主人公が日常とは異なる舞台装置を通過することで欠けた何かが取り戻され、再び日常に戻るという視点も構造も一直線のシンプルな行きて帰りし物語です。
主人公以外の登場人物(院長、受付の女性)は怪しいクリニックという舞台装置の一部として描き、あくまで主人公の心の動きを追っていくような作りにしたいと思います。
実作では施術のディティールと「僕」の内面、死と再生の部分を掘り下げていく必要があると思いますが、あまり重くなりすぎず、奥田英朗の「精神科医・伊良部シリーズ」のような軽いノリで描けたらと思います。
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