梗 概
広告都市五反田
2022年、東京オリンピック景気も終わり、沈みゆく巨艦こと某巨大広告代理店が起死回生の一手として仕掛けた、広告都市特区制度。五反田が実証実験の対象都市として認定。世界初のマーケティング自由都市として、再開発される。
■広告都市で生活するための基本ルール
・生活上の全ライフログを提供
体温、心拍数や血圧等の健康情報、GPS位置情報、消費情報(現金支払いは違法。トラッキング可能な手段での支払い義務)、動画/テキスト/音声データの閲覧情報、感情データ等2022年時点で取得可能な全てのライフログの提供。※個人情報は暗号化され、完全匿名化された上で企業のマーケティングデータとして活用。
・行動トラッキングと広告配信のシステム「パノプティコン」搭載デバイスの常時装着。
広告都市における人間の行動は全て消費行動またはそれに準ずる行動とみなされる。デバイスを通して住人にはライフログで最適化された広告(行動レコメンデーション広告)が配信される。広告の受け入れはもちろん個人の自由意志に委ねられ、選択結果は、最適化ログとして保持される。※パノプティコン=広告都市の頭脳。広告の受注/配信/効果測定、ライフログの管理等、消費行動の全てを司る。
・消費貢献度による社会保障
広告都市の社会貢献はどれだけ消費に影響を及ぼしたかで測られる。消費貢献度(=個人の消費意欲とソーシャルネットワーク上の消費波及効果をかけ合わせた値)に応じ、税の減免や社会保障が受けられる。
■ある広告都市住人の一日
朝、五反田駅の売店で「今日は体温が普段より低いので、ジンジャードリンクがおすすめです。」
昼、飲食店で「このところ時間を優先したセレクトが目立ちますね。たまにはゆっくりランチタイムを過ごしては?本日限定、新商品●●が●●円!」
夜、有楽街。趣味データによりゾーニングされた歓楽街。物理看板や客引きなどは一切無い。興味の無い住人にはキャバクラやピンサロの電子看板は配信されず、逆に興味津々の人間には、有楽街は往時の姿を見せる。店内には、人類がアルコールを手に入れて以来一切変わらぬ風景。くだを巻く若い酔客、出勤前らしき女性を口説く中年…その間にも広告は配信され続ける。「お酒を飲んだら帰りにコンビニで○○の力!」「今夜一夜を共にするならホテル○○」…
帰路。ふと、デバイスをオフにすると、そこは標識も看板も何も無い静かな街の姿。3分後、配信エラーを示すアラート。
■業界/識者の声
「広告都市のマーケティングデータは企業にとって情報の宝庫」「広告自動化の極北。個人の消費行動が100%最適化される画期的なシステム。広告というよりはもはや”狭告”だ」
■展開イメージ
十分に蓄積されたデータを元にAIの開発がスタート。消費行動から学習し、人間の欲望を人間以上に知るパノプティコンの管理人。AIが結論付ける欲望の本質は、決して満たされないことにあった。
文字数:1196
内容に関するアピール
SFにおけるセンス・オブ・ワンダーとは過去、現在、未来における「ありうる世界と出会う驚き」ではないか。それは想像力に対する驚きであり、可能性を秘めた現実世界への驚きでもあると思う。はじめてのSFの創作。「こんな世界面白いかも」という思考実験の楽しさを感じた。
五反田というテーマから都市自体を主役にしたい。「ひとつだけ現実とは異なる設定」は都市制度。嫌われものの広告が主役になる街を設定してみた。広告特区=消費のテーマパークというありうる世界の思考実験。現在のテクノロジーで実現可能かつ、現実世界から離れない形で、ありうる都市の形が提示できれば嬉しい。実写版攻殻では、いまだ過剰な情報量で、サイバーパンクな都市像だったが、広告都市はきっと静謐でクリーンな都市になるだろう。一見ディストピアに見えて、そこはユートピアなのではないかとも妄想する。そんな都市で人は消費や広告の奴隷なのか?それとも?
文字数:395