ゴールドリンカー

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梗 概

ゴールドリンカー

ビッグバンから80億年後、銀河系の片隅で中性子星の連星が衝突し、超新星爆発を起こした。
飛び散った物質はやがて凝集され、恒星が生まれ、惑星が生まれた。鉄などの重い元素は地球型惑星の材料になった。
そして、50億年が経った……。

渡辺聖子は専業主婦である。IT企業に勤める5歳年上の夫と、今年小学校に入った息子がいる。
このところ、金銭的な不安を感じることが多い彼女は、株式投資に手を出した。そのとき、頭の中で誰かの声が聞こえた。その声に従うと、面白いようにつきまくった。株式もFXも連戦連勝だ。
声の主は、彼女がかけている金のネックレスだった。そしてこういった。
「仮想通貨『Vマネー』を買え」
Vマネーは中央銀行を持たない仮想通貨だ。たちまちのうちにVマネーは暴騰した。
そして、彼女の周囲で異常な事件が相次いだ。
彼女が兜町に行ったところ、大規模テロ事件が発生した。彼女は難を逃れたが、大量の死傷者が出た。
つづいて、夫と息子が姿を消した。悲嘆に暮れる聖子に、世界の富の1/3を握る大富豪が接触してきた。
「あなたがたに身の危険が生じたため、安全なところにかくまっている」
そして告げた。
「あなたは、ゴールドリンカーです」
金は意思を持っている。ゴールドリンカーとは、金の意思とリンクすることが出来る者。伝説的な投資家や、一代で財をなした資産家には、この能力を持っている者が多いという。
「あなたも、われわれの戦線に加わりませんか」
それは人間対金の戦い。
仮想通貨「Vマネー」を新たな基軸通貨にすることによって「金」の支配を脱しようとする試みだ。
提唱者は対抗手段として編み出したのが、Vマネーだった。全ての人間にVマネーを給付するベーシックインカムを構想し、黄金の影響を脱した経済、格差のない社会を作ろうとしていたのだ。
「協力してくれ。あなたの能力が必要だ」
ネックレスは金でありながら、人類の見方をしてくれるのだ。
聖子はネックレスの声を聞きながら。仕手戦の先頭に立った。AIによる取引では、金に勝てない。先手を打つにはゴールドリンカーの能力が必要だったのだ。
金融市場は大混乱した。Vマネーが謎の暴落を起こし、それは株式にまで及んだ。世界の株式市場は未曾有の急落を見せた。
(ニューヨークへ来い)
声に従って、聖子はニューヨークへ向かった。米連邦準備制度理事会管理の保管庫があり、7000トンの金塊が眠っている。この地球上で最も「黄金」が集積されている場所。
そこに立ち、聖子は全てを知った。
黄金の意思――彼女が聞いた「声」の正体は、中性子星に生息していた生命体の末裔だった。
かれらは高度な文明を築いていた。しかし、衝突による消滅を予期し、衝突の再発生する重力波に乗って、合成された重金属の量子的構造の中に意識を転送したのだ。
地球上に存在する「金」は、もとをただせば、このときの中性子星同士の衝突による超新星爆発で合成されたものだ。
黄金に潜んだ「意思」は人間社会を影から支配した。人類を操って経済を発達させ、経済の発達は文明をもたらし、それによって巨大科学技術を可能にさせ、「黄金」自らをより集中させる――格差社会を作り出した。現在も進行している社会の格差は「黄金」の陰謀だったのだ。
(わたしの側に立つか、彼の側に立つか。わたしの側に立てば、きみは世界一の富豪だ……)
「お断りするわ。あたしにとっては旦那と息子の方が大事だもの!」
人類と黄金は総力戦に突入する。
ネットワークでつながったコンピュータが、ひたすらマイニングをすることによってVマネーを無限に作り出し、黄金に対抗する。
ハイパーインフレが発生する。その混乱の中で、世界中の金がどんどんVマネーによって買い占められた。
ついに諸国は基軸通貨をVマネーに変更すると宣言し、各国政府に備蓄されている金塊はすべてVマネーと交換されることになった。
そして、大富豪のロケットで金塊を打ち上げる。金塊はスイングバイで、太陽系を脱出する速度を得るはずである。
戦いに敗れた金――生命体は、地球を追放され、人類は勝利した。そして経済混乱の副作用で、夫の会社も倒産し、聖子の資産も消滅していた。これからはベーシックインカムに頼って暮らすことになるだろう。
虚脱感の中で、息子が金のネックレスを見つける。
「……ふうん」
息子は興味なさげにぽいっと放った。
生命体が人間に植え付けていた「金」のクオリアは消滅していた。もはや人類にとってただの金属になってしまった。ネックレスもなにも言わない。
人類は「金」に頼らない経済を築くのだ。

文字数:1860

内容に関するアピール

「黄金」は昔も今も人々を惹きつける「魔力」を持っています。なぜひとは「金(=カネ)」を集めたがるか。なぜ金が「貴金属」になったか。「金」がこの宇宙でどうやって産まれたかの由来とともに、もし「金」に意思があったら、という前提の元で、SF的な説明をしてみました。
現実世界で仮想通貨のトラブルや、株の暴落などが起こったのは偶然です(笑)。

文字数:166

課題提出者一覧