梗 概
20世紀最後の実験
まだ20世紀だった頃。
五反田駅東口を出て右手に曲がり、しばらく歩いて坂を登ると、世界的な家電、音響機器メーカーのビルが犇めく一角にたどり着く。そこに「エスパー研究所」という部署があるのを知るものは、少なかった。
この会社を一代で作り上げた創業者の肝煎りで始めた研究で、現代科学では解明できない人間の未知なる能力を開発するという名目だが、「カルトとの関わり」を云々する記事が、スキャンダル雑誌に載ったりもした。
主人公はこの会社の社員。失策を犯し、この研究所に転属を命ぜられた。「島流し」「体のいい退職勧告」と誰もが言う。
研究所で彼はさらに困惑した。そこで見たのはTVでおなじみ自称「超能力少年」。箱に入った紙切れに書かれた文字を読み取る「透視」実験。草花と会話する方法の大真面目な研究……とても、大企業の研究所とは思えない。
所長は創業者の眷属だった。
「この研究所を創立して5年、ガラクタの中からようやく真実を見つけた。現在はそれを応用する方法を開発中だ」
そして、ヘッドマウントディスプレイとヘッドホンを組み合わせた機械を見せられる。HMDは規則的にフラッシュが光り、ヘッドホンからは奇妙な音が聞こえる。この光と音で脳の「眠れる領域」が目覚めるというが、彼にはにわかに信じられない。
「疑うなら、きみも試してみればいい」」
実験台にさせられる。光と音の刺激に打ちのめされていると、脳裏に奇妙なビジョンが浮かんだ。
「なにかが見える。赤い大地……岩……」
「すごい! 外部ディスプレイに火星の光景が映っている! これほどまで高い効果を出したのははじめてだ。どうやらきみは、高次元の世界に感応する能力を持っているようだな」
彼を実験台にして装置は改良されていった。「火星」の像はどんどん鮮明になり、探査機が映した火星の映像とも類似していた。
研究の成果は創業者の耳に入ったようで、彼を招いて「お披露目」が行われることになった。プレゼンのとき、突然創業者は自ら実験台に志願した。
スイッチオン。
「赤い大地が見える。火星の風景だ……わたしは火星にゆく。テレポートして、火星のものを取ってくる」
次の瞬間、彼の身体は異様な光に包まれ、一瞬消えたように見えた。再び現れた彼には意識がなかった。しかしその手には、赤い小石がしっかりと握られていた。彼は意識不明のまま数日後亡くなった。分析の結果小石は、地球のどこにでもある石だと結論づけられた。彼の死により「エスパー研究所」は閉鎖されることになった。そして、主人公は退社する。
2017年。その会社は凋落していた。「エスパー研究所」があったビル跡地には、高層マンションが建っていた。
主人公は新しい人生を生きていた。五反田駅を降り、かつて出社した道を歩いていると、こつん、となにかが頭に当たる。石だ。あのとき見た……スマホからは「火星探査機がなにかを見つけた」というニュースが報じられた。
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内容に関するアピール
五反田を代表する企業と言えば戦前は星製薬、戦後はソニー(正確には五反田近くの御殿山ですが)。ソニーには、かつて「エスパー研究所」がありました。創業者、井深大氏の影響下に作られ「超能力」「気功」などの研究を行っていたと言います。そして今では井深氏晩年の、単なる気の迷いとして片付けられ、忘れ去られようとしています。しかしSF的には「美味しいネタ」ではないかと思うのです。存在していた90年代半ばはオウム事件などで世の中が騒然としていた時期でもありますし、ソニーの歴史は「戦後史」とも重なっています。短編には余るネタかも知れませんが、挑戦したいと思っています。
文字数:278