梗 概
言蔵邸の夕暮れどき
ある日、陽の落ちる空を眺めたいという言蔵氏のリクエストに応じ、ドーム天井を展開させる。言蔵氏はこうして時折、遠い夕暮れを眺め涙するのであった――。
言蔵邸は資産を築いた息子夫婦によって言蔵氏のために作られた邸宅である。言蔵邸は邸宅運用に最適化されたロボットたちGONZO見守り隊によって守護されている。GONZO見守り隊は、家事全般はもとより、財産を狙ったごくまれな侵入者を阻むとともに、日常的には言蔵氏のきまぐれにお付き合いするのが主な仕事である。
中でも介護ロボのメルチェは、権蔵氏に付き添い、サポートする重要な責務を担っていた。
また、言蔵氏はしばしば邸宅を抜け出そうと画策するから注意が必要であった。邸宅は森林と丘隆に囲まれており老人一人での歩行は大変危険なのである。
言蔵氏は付き添いのメルチェが邸宅運用のオーバーフローため、言蔵氏の近くを離れる機を見計らい、洗濯ロボに大量の洗濯を頼み、食事ロボには難度の高い料理をリクエストし、掃除ロボには不慣れな枝切りを命じるなどして、ロボたちに仕事を分散させ、邸宅逃亡を図ろうとするのである。
しかし、精鋭部隊であるGONZO見守り隊、そうは問屋が卸さない。裏門から抜け出そうとする言蔵氏を、邸宅統合管理型監視装置エスペラがドローン形態で空中より検知し、速やかにリソースを集中し足止めする。
そして仕事を終えて迎えにきたメルチェに対し、言蔵氏は口をあぐあぐさせてしょんぼり恨めしそうな顔を向けるのである。
こうして、邸宅は日常に戻っていく。
脱出に失敗した後の権蔵氏は少しだけ元気がない。
メルチェは、またいつものようにぼうっと夕暮れを眺める言蔵氏に、どうしてそう何度も逃亡を図ろうとするのですかと尋てみた。
言蔵氏は、懐から大事そうに若かりし氏と妻が写る写真をとり出しこう言うのだった。最後に一目、この思い出の場所を訪れたいのだ、死期の近い私にはもうこれくらいしか願いはないのだ、と。
言蔵氏は、先立った妻の墓参りと、妻との思い出の丘に行こうとしていたのだ。そして思い出の丘の所在地はなんと言蔵邸の目と鼻の先なのである。
この事実を知ったメルチェは、通常の邸宅運用の責務を翻す決断をすることにした。自らの責務を守ることではなく、言蔵氏の幸福を優先することにしたのだ。もちろん事実が発覚すれば欠陥としてリコールされるかもしれないが。
邸宅運用のリソースが集中する日、メルチェは言蔵氏を電動車椅子に乗せ、庭の散歩に向かう。丁度、外部の清掃員が来ていてエスペラの注意も向いていない。出入りの門付近のセンサも外部からの訪問に合わせてオフにしておいた。
そして、言蔵氏の耳元でこう囁くのだ。もし、脱走したらエスペラの監視によって一ヵ月は寝室でのほぼ軟禁状態にシフトしてしまうが、それでも良いかと。言蔵氏は少し驚いたような顔を見せたが、やがて、ゆっくりと頷き、ありがとうと呟いた。
こうして、老人は電動車椅子を走らせ、思い出を胸に旅立っていくのであった――。
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内容に関するアピール
舞台装置を山奥の邸宅としました。邸宅は、独り暮らしの老人を保護すると共に閉じ込める役割を持つようにし、そこからの脱出をテーマにしました。
邸宅内では邸宅を運用するためにそれぞれの役割を持ったロボが働いているものとして、梗概には書いていませんが役割に応じたロボたちの個性が発揮できる効果があると思います。
ロボの基本指向は邸宅の運用と老人の安全を優先しているので、邸宅からの脱出は最優先で阻まれるべき事柄です。
そこに脱出理由を与えて、ロボに基本志向と異なる判断をさせることにしました。
ロボたちの中を掻い潜って脱出しようとする老人のコメディ的な展開と、脱出理由の少し泣き要素のあるクライマックスを考えました。
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