梗 概
トータル・ラスト・コーディネーター
待合室。柳太(リュウタ)の目の前ではクライアントの男とその母が並んで座っている。男は眉間にしわを寄せて柳太を睨みつけるが、こっちはまあいい。柳太を悩ませるのはその隣の充血した目でデスクの一点を凝視している老いた母親の方だ。
まさかこの土壇場で揉めるとは。やってられんぜ。
未来、数少ない優秀な若者がハイテク・デバイスで高効率にビジネスを回し…。なんてのは柳太より年上のおじさんたちの勝手な妄想で、現実は増えるだけ増えたおじさんたちがバンバンお肉になり始めたので若者は大慌てで後片付けというわけだ。
葬送コンサルタント、希少で高価なお坊さんに代わる葬儀会社お抱えのプロフェッショナル達。柳太もその一員としてお肉の処理にコミットする日々を過ごしていた。
で、今日のクライアントの老婆とその息子である。
二日前に亡くなった夫、もといお肉を今日処理する予定なのだが、ここにきて老婆が葬送仕様の変更を訴えてきた。安置所のお肉に突っ込んだ防腐剤は今日に合わせてギリギリな調整をしている。このタイミングでの変更はありえない。
老婆は夫を火葬して骨を拾ってやりたいのだという。金もないくせにとんだおままごとをご所望だ。
この婆さんのムカつくところは、と柳太はテーブルの下で拳を固めながら考える。ドラ息子に文句を言わせて、自分の口は汚さないところだぜ。頑なに黙りこくって机を凝視する老婆に少しずつ柳太の怒りが募っていく。
柳太はなんとかドラ息子と仕様を詰めて、火葬を諦める代わりに葬送室を仏教風にデコレートしてハイレゾ般若心経でそれっぽくする仕様で折り合いをつけた。
工業用タンクを改修した圧力釜にお肉を放り込み、葬送処理を開始する。
柳太は大慌てで在庫部に連絡して仏教風なアイテムをかき集めた。
お肉を圧力釜で煮詰めて市の農政課の堆肥施設にそのまま流す。その処理、かかる時間は1時間。市からの負担もあってお財布にやさしいお手軽コースだったのだが、仏教風カスタマイズのせいで無茶苦茶だ。
葬送室の飾り付けを終え、ようやく部屋に案内するタイミングでババアが最後の駄々をこね始める。やっぱり火葬して最愛の人のお骨を拾ってあげたいと涙ながらに訴え始めた。
そうは言っても彼女の夫は高圧処理で既に水になりかけている。
どう言って場を収めるか柳太が歯ぎしりし始めたタイミングでついにドラ息子の堪忍袋の緒が切れた。ドラ息子も耐えていたのだ。思えば葬送代はドラ息子もちだ。
二人して老婆に圧力鍋がベスト・ソリューションだと説くがいっこうに納得してくれない。
「あんたたちは!結婚してないから分からないのよ!親不孝者!」
柳太もキレた。
オーケー、そんなに骨が拝みたいならそうしてやるよ。
ガスを切って鍋の圧力を抜く。
蓋を開けるとぎりぎり原型を保ったお肉が浮いていた。下手に触ったら煮崩れてしまうだろう。
ドラ息子と工業用火箸で鍋をつっつき、引き上げられそうな骨の探索を開始した。
日が暮れるまで鍋をつつき、取り出した骨をそれっぽい銀盆に盛りつけてやる。
うやうやしく老婆のところに運んでいくと期せずして宗教っぽい感じになった。
勝手に感動ムードになった老婆を放置してドラ息子と煙草を吸う。謝罪するドラ息子に柳太は首を振り、いつものことですからと笑うのだった。
「あらためて、ご愁傷さまです」
柳太が頭を下げ、ドラ息子は涙ぐんだ。
処理すべきお肉は那由他のごとく湧いてくる。
明日こそはちゃっちゃと溶かして早帰りしよう。
決意も新たに柳太は夕日に向かって煙を吐いた。
文字数:1475
内容に関するアピール
舞台装置の貧困世帯向け葬送施設と圧力鍋にはある種の希望を託しました。
どんな希望かというと、相手のことを想いやったり、奉仕の精神を発揮することが苦手な人にとっての、そういったことを考えなくても世界は回るんやで、という希望です。
相手の意図を汲む、相手と一緒に問題解決する、相手と一緒に悩む…そういうことができないと世の中全然生きづらい感じがしますが、なんだかそれがすごく過剰な感じがして嫌になる時があります。もっとつらい人もいるかもしれません。
そんな時、いわゆるディストピアな荒廃世界はそんな人達にとってはハッピーな世界になるのかなと想像したのがこの物語の着想点です。
この舞台で老婆はサービス前提世界を作り上げた旧世代からの刺客で、主人公にとってはある意味敵です。
互いに殴りあうも最終的に決着は着かず、うまいこと共存していけたらというポジティブな締めくくりを目指します。
文字数:389