梗 概
センスオブワンダー、さがしています。
道端に、センスオブワンダーが落ちていた。
見て見ぬふりもしのびなく、そっと崩れぬように両手ですくった。
温泉卵みたいに溶けだしそうな予感をよそに、それはてのひらのなかで固着した。
行きがかりで持ち帰って以後、それは食事をするにもトイレに行くにも私のあとをついてきた。私はあきらめ、お風呂にさえそれと入るようになった。
「捨ててしまえばいいのに」と彼は言った。試みはなぜか徒労に終わった。
「俺が引き受けるよ」とも彼は請け合った。やはり試みは徒労に終わった。
それといっしょだと、諸種の制限がついてまわった。
山手線に乗るときも、キャンパスを行き来するときも、……彼との愛を交わすときも。
ほどなく私はそれのことばかりが気にかかるようになり、彼の求めに没入できなくなりつつあった。
意を決し、警察署まで届けに行った。警察官は一定の同情を示しつつ「それはセンスオブワンダーだからねぇ」と受理しなかった。それどころか、「ほんとうは、そいつはきみのものではないのかい?」などと言われるしまつ(……そう言われ、すこしドキッとするとは予想だにしていなかった)。
その顛末を話したら、彼まで「もしかしたら、そいつははじめから君のものだったのかもしれない」などと言い出して、私の気持ちをさかなでる。
拾い上げたのが不意のことなら、転機もやはり唐突だった。
気まぐれに彼との約束をすっぽかし(駅のホームから、歩道橋を歩く彼の姿が見えたので、つい)、大学を通りすぎた住宅街の掲示板。昔ながらの連絡ツールに私はチラシを見つけた。
『――センスオブワンダー、さがしています。』
数瞬の間を要したのちに、私の足はそこへと向かった。
東五反田のタワーマンション、かつて栄華をほこった時代の名残。
あるべきところ、もつべきひとのところへ戻すこと、それこそが、それの羽化する手段と信じて。
おどろいたことに、そこには私のほかにもセンスオブワンダーを持ってきているひとがいた。平日の夜というのに、仕事終わりの勤め人やリタイヤ間際のひともまじっているようだった。
そのひとは言った。「まさかこんなに集まるなんて」
センスオブワンダーたちはふぞろいだった。ごつごつした岩のようなもの、中空にうかぶバケツ状のもの、だらしなく伸びたひものようなもの。
それらはひとつに重なりあうようで、そのじつ相容れないかに見えた。
「これらを私は料理する」そのひとは言った。すでにいくつかは持ち主の手を離れ、お互いに接し、反応し、異なる何かになりつつあった。その様子を興味深そうに眺めつつ、そのひとはひとりひとりの顔を見渡した。「……しかし、こいつらが薬になるか毒になるか、あけてみないとわからない」
カタマリたちは、渾然とまざりあっていく。「――きみは、どうする?」
そのことばに、
てのひらのなかで、
温泉卵はぷつぷつと泡立ったように一瞬、見えた。
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内容に関するアピール
五反田を、SFにせよ。
課題の意図は、いちおう、解した。
しかし、「ただ五反田を舞台や素材にする」というのがどうにも腑に落ちず、先行課題に唸りながらも「でも……五反田でなくとも成り立つよね」との思いが拭えなかった。
――なぜ、五反田なのか。
これに対しては「東浩紀の思いつき」「ゲンロンの場だから」を上回る解は見出せず、ならばそこから発着し、「センスオブワンダー」を「ただひとつの異物」として日常に組み込んだ上で「それらが集まる」ところを物語の結びに据えてはどうかとの論に帰着した。
少々楽屋裏感はするものの、「五反田」が別の地名でも成り立つ課題群とは差別化できたと放言し、本作のアピールとする。
なお、本作は平静な女性を語り手とする。坂、ホームから臨む同じ高さ(目線)の歩道橋、住宅地にある大学――それら街並みを映しつつ、夏のにおいや日射し、蒸した夜なども醸し出したい。
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