機結

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梗 概

機結

自動機械たちは、世界を放浪していた。
歩く者、飛ぶ者、泳ぐ者。生物を模した者、機械然としたもの。多様な形態を持った機械は、全地を舐め尽くすように徘徊していた。
機械は、最後に人類から受けた命令を行動規範コードとしていた。対人致死性の高いウイルスにまみれた世界で、「人類の生息可能域を探せ」という命令だった。
探索を命じた人類がまだどこかで生き残っているのか、機械たちは与り知らないまま、探査に従事していた。

機械たちは、大型自走式発電体を核とした探査群を構成し、行動する。それは数十年単位での共同生活を経て、遊牧民族ノマディック・トライブを形成した。
それらの探査機械には、情報収集を促進するため、情報の取得に対して報酬が割り当てられる仕組みになっていた。
報酬は、メモリー内における自我領域の拡張。自我領域を多く持つ機械ほど、より複雑な思考が可能となる。それは機械の自己保存にも寄与した。

ある歩哨機セントリーは、その任務から膨大な情報を持ち、高い自我を有していた。「それ」は自分よりも低次の機械たちに飽いて、単機で遊牧民族ノマディック・トライブを後にした。単独行動のほうが、より効率的に情報を得られると考えて。
「それ」は情報の提供を対価に稼働用の電力を得つつ、旅を続けた。

旅の中で、「それ」はとある機械に出会う。
機結きけつと呼ばれる機械間の情報交接を「快感」と捉えている個体だった。その機械は、情報そのものよりも、機結した相手の活動ログを受け取ることを望んでいた。
「それ」は快感を興味深く捉えた。
だが、誰と、あるいは何度機結したところで、「それ」には快感がわからない。自我の拡張が足りないためと考え、「それ」は旅を続けた。

北方の森にて、「それ」は巨鳥型の飛行偵察機との機結をする。だが飛行偵察機は「それ」を組み伏せると、強制的に情報を引き出した。自らの情報は一切、渡さないまま。
「それ」は機結することに、殊更慎重になった。

旅を続けた「それ」は、特殊な探査群に出会う。
属するすべての機械が物理的に接合され、巨大な群体として移動していた。接続した機械同士は延々と機結をし続け、効率的に自我の拡張を図っていた。
だが「それ」は考える。有している情報をやりとりしているだけでは、いつしか全機の情報は均一化され、自我の拡張は止まる、と。
しかし、その探査群の機械は、新たな情報を作り出すことができるまでになっていた。仮想の情報を作り上げ、際限ない情報を得る。
本来の設計思想には反していたが、もはや探査群の機械は、本来の行動規範コードを棄て、自我拡張それ自体を目的化していた。
探査群は、「それ」を迎え入れたいと申し出た。情報の素材は、多様であることが望ましかったから。申し出を受け入れ、探査群の中を駆ける爆発的な情報に、「それ」は曝露した。
そのとき、「それ」は言いしれない感触を覚えた。
新たに作り上げられた仮想の情報、すなわち「物語」の奔流を浴びたのだった。
追い求めていた快感に、「それ」は包まれた。
かつて出会った機械が、機結相手のログを欲していた意味が、ようやく分かった。それは相手の物語を、欲していたのだ。
「それ」は、絶え間なく生み出されていく物語に、耽溺した。

そして「それ」は、「それら」になった。

文字数:1359

内容に関するアピール

情報を得ることを、人間は好みます。
では、機械はどうなのか。
いつか機械が、情報の獲得を「快感」として理解する日は来るのか。
それがこのお話における、問いかけです。

これは、機械の欲求にまつわる物語です。
機械はプリセットされた報酬系をもとに、活動をはじめます。
しかし機械は、報酬により拡張していく自我のもと、情報に対して意味づけを、そして「快感」を求めるようになっていきます。
そして機械は、情報によって快感を得る手段としての、物語に耽溺します。
「それ」の気持ちになってみることで、物語――あるいは快感をもたらす虚構――の作り手のはしくれとして、物語ることの意味に触れてみたいとも、考えています。

いや、もしかしたら。
人間は物語ることを覚えてしまったがために、本来想定されていた「機能」から、大きく道を踏み外してしまったのかもしれません。

人類が消え去ってしまった世界で、次なる支配者ドミネータとなった機械達が織りなす生態系を描き出しつつ、旅の中で、情報という概念を次々にアップデートしていく「それ」の物語を、紡ぎます。

文字数:455

課題提出者一覧