梗 概
七号旋区のパンタグラファー
直径四キロ、厚さ三百メートルの巨大歯車上に築かれた城市、<七号旋区>(ギア・ディストリクト・セブン)。個々の城市は互いに噛み合う無数の歯車の上にあり、それぞれの回転数で回っていた。
城市には人間と、「尾」を持つ人類の変種のパンタグラファー、略して「パンタ」が住んでいた。パンタは二級市民扱いだった。
回転規則性から歯車同士の接続表を引く輪転師、通称マル屋。マル屋の青年ルーロは、好意を寄せる同僚、パンタ少女のセリが書いた奇妙な接続表を見る。ありえない内容だった。海から現れる超巨大歯車、セブンとの咬合は一時間半、浮上時刻はあと数分。
セリの接続表は正しかった。海が持ち上がり、錆色の巨大歯車都市が現れる。都市は回転しながらセブンに接触し、外縁の設備を圧壊した。
都市から使者が現れる。パンタグラファーだった。我らはカルタゴ。セブンにいるパンタに帰還を呼びかけ、尾を接続せよと、何百ものワイヤを打ち込む。パンタらは、伝承のカルタゴ到来と帰還を望んでいた。一方、人間達は来訪を攻撃と理解し、セブンのパンタを拘束しはじめる。
普段物静かなセリが「カルタゴに渡る」と固い決意を示す。驚くルーロ。だが輪転師詰所にも兵が押し寄せる。捕まればセリは殺される。ルーロはセリとともに、屋根伝いに逃げる。
混乱の中、ルーロはマル屋の知識を駆使し、カルタゴとの動的接点を割り出す。セリが尾をワイヤに添えると、カルタゴから膨大な情報が流れ込み、驚愕する。パンタの尾は、ワイヤ接続用の感覚器だった。二人は協力してカルタゴとの接点を目指す。
到達した接点では、兵の群れが道を塞ぎ、パンタを捕らえていた。「カルタゴ滅ぶべし」との声とともに砲が火を噴く。衝撃で、セリが触れていたワイヤが破断、尾の半分を失い、激痛に叫ぶ。
叫びで二人を発見した兵士が迫る。と、ルーロはワイヤが高所を狙って打ち続けられていることに気づく。一か八かのワイヤを期待し、城市際の塔へと登る二 人。兵が迫る中、セリはカルタゴの知識から、ワイヤ誘導方法を想起し、試す。はたして打ち込まれたワイヤを滑り下り、二人はカルタゴへ渡る。離脱まで残り十数分だった。
だがカルタゴ市門は、尾のない者を通さない。ルーロは元より、セリも尾を失っていた。カルタゴの潜水まで時間がない。
そのとき、門前にカルタゴの医隊が、移乗者を救うため現れる。医師はルーロに同胞救出の礼を述べ、「鋼索の民となる覚悟はあるか」と問う。頷くルーロ。二人は「義尾」の緊急移植を受ける。脊椎に走る激痛にうめく。
移植後、潜水寸前で門に入ったルーロは、ワイヤに触れ、知識の流入を感じる。無数の歯車は巨大な演算装置であり、都市の回転やカルタゴ接触も演算過程の一 分に過ぎないことを理解する。カルタゴは演算装置の深奥に直結していた。ルーロは無尽蔵の知識を、時間をかけて学びたいと望む。
セリは同じ義尾を見て、「お揃いだね」と微笑んだ。
文字数:1198
内容に関するアピール
遊星歯車機構。SF的想像力をかき立てられる名前です。
中央の大きな太陽歯車の周りを、数個の小型の遊星歯車が回り続ける形。たとえば遊園地のコーヒーカップも、この機構を応用しています。
歯車機構は、回転、接近、離反という動きを生み出します。頻繁に出会うものもあれば、まれにしか遭遇しないものもあります。この動的な接点をイメージの起点に、歯車に覆われた世界での、二つの巨大歯車都市の遭遇と衝突を、舞台装置としました(動き続ける歯車の集合体には、階差機関のイメージも織り込んでいます)。
演者は、限られた時間の中、歯車都市を駆け抜ける二人。遭遇によって生み出された対立と危機をくぐり抜け、もう一つの都市へ渡る、エクソダスの物語です。
回転し続ける都市の挙動に通じた輪転師(マル屋)のルーロと、ワイヤへの接続で情報を得られるパンタグラファーのセリ。舞台自体を自らの力にできる二人の特性が噛み合うことで、混沌を切り裂く道筋が浮かび上がります。
しかしその道程と帰結は、痛みという試練を強いるものとなります。あらゆる接触は、試練なしに越えることはできないのです。
実作では、動き続けるギアとワイヤのメカニカルな空気感、そして二人の疾走感を鍵に、ダイナミズム溢れる場面を描きます。
文字数:526