酔って候

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梗 概

酔って候

結構大きな商談がまとまり、ささやかながら祝宴をあげようと思ったのだ。ビールの1本くらい飲んでもバチは当たるまい。小腹も空いたことでもあるし。
初めて訪れた海沿いの町の黄昏時。不案内ながら小さな商店街を見つけ、『ぐるぐる寿司 大虎』と染め抜かれた暖簾をくぐった。
「ヘイラッサ」
と、妙に平板な声が聞こえて、だから嫌な予感はしたのだ。何だかやる気のない、不味そうな寿司屋に入っちゃったのかなあ、と。
さっと見る限り店内の客は、二十代前半っぽいカップルが1組と定年リタイヤ7年目みたいな爺さんの計3人。そろそろ夕食時間となる時間帯だろうに、とても繁盛しているとは思えない店の雰囲気。
失敗したかとは思いつつ、とりあえず席に着いた。
「イラサイマセ」
おしぼりを持ってきた女の店員の片言の日本語、大方外国人のバイトなんだろうと、ゆっくりはっきり、大きな声で注文した。
「とりあえずビール」
「ハイ、トリアエズピー、カシコムリマシタ」
何だかぬるめのおしぼりで顔をぬぐうと、うっすらと潮の香りがして、それはそれで不快な感じではないのだが、この店に対する違和感が増していく。普通おしぼりは無味無臭の清潔なものだろう。何故、潮汁のようなしょっぱみがするのか?
レーンは回ってはいるが寿司が並んでいる訳でもなく、メニューを探しても見当たらず、カウンターの奥の板前さんに何が出来るか聞くとぼっそりと、クジラ以外何でもと答える。聞き方が悪かったかと、何がお勧めかと尋ねてみるとほぼ全部と、ボソボソつぶやく。ビールだけ飲んだら、出ようと決めた。
「オマタセシムシタ」
と、ジョッキが置かれるが、通常イメージするものとは違う。泡が無く、やはりこれも磯の香りがする。一口飲むと、濃厚なアンモニア臭と塩味とが口の中に広がり、不味くはないけど、絶対にビールの味ではない。
「オキャクサン、ツウナヒトネ」
女店員が含み笑いを浮かべる。まるで新鮮な烏賊の刺身のように透明な顔色をしていて、何だか色っぽい。
「ヘイ、オマチ」
出された白身の握り。真鯛かと思い尋ねると、
「オジサン、オバサン、オネーサン。ゲロマブモアルヨ」
と、真面目な顔というより、表情のない顔で言う。

文字数:898

内容に関するアピール

舞台の設計ということなので、もっともらしくないところを書こうと思った。

回転ずしの店のようだが、出てくるものは変で、店員も変で、そのうち椅子が回りだし、そのままぐるぐる動き出し、洗い場、冷蔵庫、仕込み部屋など強制的に引きずり回され、やがて大きな入り江を俯瞰する。赤い浜とその上下左右どこまでも続く白い林を額縁に、大きな太陽が闇の中に浮かんでいて、どうやらそこは、宇宙クジラの口の中の風景であるらしい。みるみる吸い込まれてくる太陽がじゅーっと音を立てて飲み込まれていく。
やがて凡ては、宇宙クジラになっていくのである。

『宇宙(そら)の鯨は大虎で』、柳ジョージの歌から着想を得ました。

文字数:288

課題提出者一覧