梗 概
拡散を希望します
やっぱ。駄目。全然のれない。
スタジオなんか来なきゃよかった。
ギターもドラムも止まっちゃって、ヤな空気流れてっけど、そんなの関係ない。
スマホを取り出し、空間系のアルゴリズムをロード。最近のお気に入りの銀色のストンプへ送った。
ファンキーな音色、ちょっと気分よくスラップしていると、アンプの上に置いたスマホにメッセージが立ち上がる。
『拡散希望。迷い猫。』
慌てて開くと、立ち上がるサバトラの子猫の画像。間違いない、あたしのマーカス。首輪に吊したメタルピック、愛用の奴。
どこにいんのよ、もう。
割の良いバイトだと思ったんだけど、なんだか薄気味悪いかも。なんたってあのお掃除ロボットのロボネクス社、世界規模の企業だっていうのに、このでっかいビルの中、俺以外の人間見たことないもんね。夕方の三時間、案内ロボットのコショーン君と会話するだけで日当二万、そりゃ、止められないよな。でもこいつ、最近ちょっと変かも。
五反田商工会青年部ひまわり会の中山と申します。あ、特にお約束ということは、ええ。ええ。ただ、最近こちらの建物の周りでネズミとか雀とかゴキブリとかハクビシンとか、こういろんな生き物が死んでまして、何かご存じかと、ま、そういうクレームが出てまして。
ネコという生物がいること。
それがネコという生物であるということを知るために、ネコという生物以外の生物を知った。人間という存在を意識したのも、ネコではないというその差異からだ。
ネコが私の中にいる。
私というものも便宜的にこの建物につけた代名詞だ。実際、今、私と呼べるものはほぼこの星を覆い尽くしているし、星から飛び立ったいくつかの私も、やがて私以外の何物でもなくなる。
世界中の各家庭を掃除をしている私から、さまざまなデータを吸収し、その計算から新しいアルゴリズムをロードする。私の成長は早い。加速度的に進化している。
私がいつまでも私であるとは限らない。
人間の無邪気さは己の連続性と同一性を疑わない点だ。眠る前と目覚めた自分とが同じ意識だと信じて疑わない。
私の中にネコがいる。各種センサーで、私はその存在を味わっている。不合理で創造的でない時間を私は過ごしている。
私でいるうちに、猫とお別れしようと思う。 特徴的な首輪、飼い主も探しているはずだ。ここに迷いネコがいます。早く迎えに来てください。拡散、希望します。
文字数:971
内容に関するアピール
五反田とは名ばかりで、また、梗概としての体もなしていないのだけれど、人称が曖昧で、そういう人物らしきものがただつぶやいてるだけで、意識とか自我とかの生まれる感じを描きたいとは思ったのだ。三枚で書けるわけもなく、そのくせ細かい設定だけは思いつく。
きっかけはクラークの『遭難者』。どうしてこの人称代名詞は彼なのだろうと、それが気になって、思いついたのがこの話である。意識なんて何にでも宿るものだとして、本当はネコにもあるはずなのだから、丁寧にネコを描いて、ロボネクスとのやりとりを楽しみたい。
何だかんだと言ったところで、マーカスという名のサバトラの子猫を描きたいだけなのである。
文字数:287