StarX’d《スタークロスト》

梗 概

StarX’d《スタークロスト》

 ライラとアルテアは、廃墟となった世界各地の劇場を巡り、演劇『ロミオと織姫』のまねごとを120年ばかりしている。
 彼女らは半永久的に生きる疑似人体プペである。
 観客となる人間を探して、地球上を2500年かけて旅する。
 人間がもう地球にいないことを確信した彼らは、自分たちが「星命」であることを思い出す。

  §

 凶暴な攻星を要する旅団(移動星団)CとMの知的星命たちは、空間支配をめぐって激しい星間決闘スター・デュエルを繰り返していた。プラズマ生命である恒星は、全身が超巨大な核融合エンジン。二つの星命系が衝突し、敵星系を破壊・吸収するか、惑星を奪取し従属させる。軌道計算に基づく戦略で、小さい星命が大きい星命を圧倒することもある。
 星命は、。限界を超えて接近するのは星間決闘と星婚のとき。潮汐力で相手を破壊するか、連星になる。つまり、星間決闘は星婚と奇妙に似ている。
 星の光は星の声。
 星命は光子で対話する。時間は掛かるが、はるか遠方とも通信できる。
 移動星団Cに属し、青白く燃える星命Lは、惑星形成し恒星系となる任を与えられていた。Lは、自らの付近に極微小物体が接近していることを知る。
 星命会議は、星命が、自らが従える惑星上に極微小生物(いわゆる生命)を創ることを忌まわしき禁忌と定めている。《禁じられた宙域》にいるソル(太陽)は、この禁忌を犯したために星命会議により孤絶刑に処されていた。
 Lは、星命会議の規則に従い、粒子共鳴レゾナンスで極微小物体(恒星間世代宇宙船ジェネレーション・シップ船団)の核融合炉を暴走させて破壊する。
 残留物の内部には、噂に聞く極微小生物が絶命していた。
 Lは、極微小生物をよく観察せずに処分したことを悔いる。物体内部にある疑似人体に意識を結合して操作できると気づき、調査する。その哀れな生物の傍らには、束になった微細小片があった。表面の文様は、意味を持つ記号連続体(物語)と推測された。
 Lは、(地球時間で)二万年かけて記号体系および記号連続体の部分的解読に成功した。争う二つの家の息子と娘が恋に落ちる話である。Lは、この話に呆れながらも共感し羨望する。その他の小片に記録されていた情報も解読し、極微小生物たちがやはりソル出身であること、Lのことを昔から認識しており、ライラと呼んでいたと知る。
 移動星団Mに属する星命Aは外来惑星の捕獲が専門。Aも同様の微細小片を発見し、自らがアルテアと呼ばれることを知る。第二の小片は、ヴェガとアルテアが天の川で引き裂かれる話であった。
 ライラとアルテアは、それぞれの見つけた物語を光で発するうちに、互いが同じ記号体系を使っていることを見いだし、惹かれ合う。浮気性のアルテアは、それまでデネブへの恋に身を焦がしていたが、ライラに出会ってデネブのことを忘れ去る。しかし、ライラは内心ではまだ見ぬヴェガに憧れる。
 ライラとアルテアは、移動星団間の星間決闘を忌避し二星だけの宇宙を探す。ソルの極微小生物の行方も気になる。十四年かかる通信間隔が「少しもどかしい」ので短縮しようと、双方が《禁じられた宙域》のソルに接近するが、ライラの惑星形成が停止してしまう。
 ライラとアルテアは、ソルから0.1光年近辺に到達する。ソルに話しかけたが長期間放置されたためか意識の兆候が見られなかった。
 彼らは、小片(物語)の登場人物を演じる遊戯を思いつき、第三惑星に残された疑似人体に意識結合する。小片には欠損や理解できない部分が多いため、自分たちで即興する。知的星命たちは、予想以上に小片に影響を受けていた(冒頭シーンに接続)。
 ライラとアルテアは、疑似人体を離れ、自らの星体に意識を戻す。
 星命会議は、禁忌に触れたライラとアルテアを憂慮していた。ライラには惑星形成に再度専念するように、アルテアへの接近禁止命令が下される。ライラは、デネブがこの決定を唆したと知り、星間決闘を申し込む。自ら傷つきながらもデネブを粉砕・吸収するライラ。その結果、虚星化(ブラックホール化)する。星たちが最も嫌悪する死の形。光を放つ――言葉を発すことさえできない。
 アルテアは、小片を載せた極微小生物の船が、深宇宙移住プロジェクトTanabataにより送られたことを知る。そして、ライラの別名がヴェガであることを。七夕はアルテアとライラ自身の話であった。そのことを虚星ライラの事象の地平線を越えて知らせようとするが、自らも引き込まれて消える。
 1700億年が経ち、一つの新たな星命が生まれた。
 その星命は、孤絶の厳罰を覚悟で極微小生物を産む。
 星命と違い、彼らは触れあうことができた。

文字数:1936

内容に関するアピール

 若くて愚かな星たちの物語。
 宇宙は命の光で満ちている。
 本作はロミジュリ×七夕物語を参照するが、元の筋書とは異なる展開となる。
 本作は、「恒星がプラズマ生命である」とすることにより、グレート・フィルター理論(フェルミのパラドックス)で「なぜ人類が宇宙で孤独なのか」という問いへの一解釈を試みる。
 星命は、粒子共鳴レゾナンスにより人(微小生命)や疑似人体の意識とリンクする。量子もつれと類似する現象だが、1光年以内でのみ可能になる。
 星は人間の約1億倍の時間を生きる。人間の3年が星の1秒。
 本作では、人間世界と異なる星命の世界律を導入して、想像力を刺激する(小片=書籍、記号連続体=物語、惑星形成=機織り、惑星捕獲=牛飼い)。
 星命どうしの通信は基本的にオープンだが、独自のパターンを使うことで内緒話もできる。
 星は、人の運命に干渉する一方、星もまた人類と人類が編んだ物語(特にロミジュリ×七夕)の影響を受ける。
 課題のポイントは心情であるため、様々な星格キャラクターとそれらの間のやり取りを楽しんでいただく。
 具体的には、ヴェガ←ライラ(=ヴェガ)←アルテア(アルタイル)←デネブの連鎖片思いの三角(四角?)関係である。
 ライラ(琴座α)は、自分こそヴェガと最期まで知らない。従ってアルテアには今一つ冷たい。
 星に性別はないが、この点も人間との比較で興味深い展開が可能だ。
 実作では、虚実交えてその他の個性的な星も紹介したい。
 ? 物語密度が十分であれば可能であろう。
 星がことごとく球体であっても問題はない(特に冒頭で肉体を得ているので)。
 なおヴェガとアルタイルが若い星であり、ヴェガが惑星を持つ可能性があること、恒星が高速で移動することは事実である。ヴェガが地球に向かって移動中であることも観測されている。

文字数:776

StarXed《スタークロスト》

世界劇場

 「蒼穹で最も麗しき二つの星よ……」
 ライラは、舞台の下からアルテアを見上げ、緩く波打つ長い黒髪を震わせて言い放った。
 『ロミオと織姫』のせりふだ。
 「その頬の輝きは、あまたの星々をも恥じ入らせる。太陽がランプの光をかき消すがごとくに」
 ライラの、目の形にきれいに沿った太めの眉は幼さを残しているが、十六、七歳と見える。
 衣装部屋で見つけてきた、プリーツの多い青いドレスが細身の体によく似合う。
 アルテアは、言葉にし尽くせない強い感情が湧き起こるのを感じた。
 ライラ……。
 「君のような美しい星をはじめてみた」
 「ちょっと、なにそれ。そんなセリフないでしょ」
 この気持ちは何なのだろう。
 これはライラの演技力じゃない。
 舞台に立つ彼女は、圧倒的な存在感を放つ。
 まぶしいほど輝くと同時に、他の人間の運命を動かさざるを得ないほどの存在。
 そのようなひとびとは、《スター》と呼ばれる。
 「で、私、どうかな?」ライラの目が輝いている。
 「ロミオじゃなくて織姫のせりふを言いなよ。そのドレスは女の子のための服なんだよ」
 「知ってるよ。ロミオのほうがいいの。でも」
 ライラは眉をひそめ、腕組みをした。
 「何かが足りない」
 「なにがって……一目瞭然でしょ。ほら」
 アルテアは観客席を指す。
 「?」ライラはきょとんとしている。
 「演劇には観客が必要なんだよ」
 「そうなの?」
 アルテアは辛抱強く言った。
 「人間に近づくには、人間のことをもっと知って、人間のように行動しないと」
 「たとえば?」
 「夜、眠るとか」
 「前も言ったよね、それ。苦手なんだよ」
 確かに、アルテアにも眠るという習慣はなかった。
 この体も、眠りの必要性はないようだ。
 「あーあ」
 アルテアは、短いくしゃくしゃの金髪に指を埋め、ため息をついた。
 「ぼくたちはここでなにをしているんだろう」
 「ちょっとなに、今の?」ライラは目を輝かせた。
 「なにかすごく人間っぽかった」
 「《ため息》のこと? 途方に暮れたときにするんだよ」
 「どうやったの?」
 「息を深く吸って」
 二人は一緒に息を吸い込んだ。
 「止めて。吐く」
 アルテアは、自分の中に湧き起こる感情に浸った。
 感情は、特定の行為からだけでも生まれるようだ。
 ため息をついた、というクオリアを自分はいま感じている。借り物の体の中で、別の生き物として。
 そのことが、溜め息とは反対の、喜びの感情を呼び起こした。
 ライラも笑い声をあげた。
 「人間っていろんなことができるんだね」
 「この体には、人間のあらゆる行動パターンが記録されているはずだからね」
 「もっといろんなことを試せるかな」
 「ああ」
 「ねえ、アルテア。いいこと思いついた」ライラが目を覗き込む。
 「このまま、人間を探しに行かない?」
 「うん」
 二人は、再び旅立った。
 路上でまだ動く電動バギーを見つけた。
 その他の交通機関は、ほとんど使えなかった。
 体が疲れることはなかったが、バギーに乗ることで歩くよりは速く移動できた。それにいくつかの必需品も運ぶことができた。
 しかしバギーは十日に一度は充電する必要があった。
 ライラは、人間の真似をして飲食をしたがった。
 ボディーは、飲食のまねごとをすることはできた。
 ただエネルギー源としては本質的に必要ではなかったので、気が向いたときに遊びとして飲食をまねた。
 ときおり、人工筋肉の自己修復機能を維持する、青みがかった透明な液体を少し飲んだ。かつて疑似人体プペは世界中で使われていたので、液体の入手には困らなかった。
 巨大な文明の残骸は、二体のボディーを生かしていくには十分すぎるほど豊かだった。

§

 夜になると、空は星で満たされた。
 二人は、毎晩、屋外で寝転がった。
 眠りはしなかったが、手を繋いで星空を見上げた。
 「ライラがもっと人間を理解するには、人間のマネをすること。それが一番だよ」とアルテアがいったからである。
 人間が地上に満ちていた頃と比較すると、遥かに澄み切った大気。
 空に広がるのは、とても懐かしい光景だった。
 「星たちが瞬いている」
 「ここには大気の層があるからね」
 ライラの視力は、人間のそれよりは遥かに優れていたが、星たちの「声」――光の微妙なニュアンスを捉えるのはこの体では困難だった。
 二人は、ストーン・ヘンジにかかる夕日を見た。空気は冷たかったが、巨石群は柔らかく暖かいソルの光ににじんで輝いた。
 微妙な温度の感覚も二人には新鮮だった。
 「だれかが見ている」
 ライラが言った。
 アルテアはうなずいた。
 視線は、なだらかな丘に点在する林の中からのようだった。
 二人は、インドのジャイプルの天体観測施設を訪れた。
 人間は、昔から星たちに関心を持っていたようだった。
 二人は、劇場らしいものを見つけると立ち寄って、演劇のまねごとをした。
 もっとも、二人にとっては演劇に限らず、すべてがまねごとだったが。
 視線は、二人を追ってきていた。
 二人は、小さな船を見つけて大洋を渡った。ハワイのすばる望遠鏡を覗き込んだ。
 この望遠鏡はよく見えたが、かつての視力には及ばなかった。
 そして人間は、どこにもいなかった。
 人間たちはどこに行ったのか。
 五百年前に絶滅したのかもしれないし、千年前かもしれない。
 海岸には無数の廃棄物が打ち上げられていたが、長い時を経て海に洗われ、徐々に浄化されつつあった。
 ライラは、飴色のすべすべとしたガラス玉を拾い上げた。波と小石に削られた表面には、ライラの知らない文字が浮き上がっていた。
 二人は、追ってくる視線の正体に心当たりがあった。
 再び船に乗って海を渡った。
 二人は、カナダの巨大な瀑布から流れ落ちる水を浴びた。
 (もっともカナダという国の存在を主張する者はもはやいなかった)
 沸き立つオゾンを吸い込みながら、アルテアが言った。
 「デネブだよ、たぶん」
 ライラは黙ったままうなずいた。
 「デネブ、出てこいよ」
 アルテアが背の高い針葉樹の森の中に呼びかけた。
 返事はなかった。
 二人は、南米の広大な砂漠を横断した。
 アメリカ・アリゾナ州のバリンジャー・クレーターを見に行った。
 旅を始めてから二百六十年が経過していた。
 人間は、どこにもいなかった。
 一定の距離を保って追ってくる視線を除いては。
 世界はとても静かだった。
 人間にとって、星は、しばしば「神」と崇められる偉大な存在のようだった。
 ソルもそうだが、人間たちが「月」と呼ぶ、第三惑星の奇妙に大きな衛星でさえ人間にとっては神となるようであった。
 存在と力の差を考えれば、それは不公平でもあるまい。
 とはいえ、人間は、星そのものに知性があるとはいちども考えはしなかったようだ。
 ライラは人間と自分たちの差の大きさを感じていた。それは簡単には埋められるものではないかもしれない。
 ソルが生み出した生命。その生命は矛盾を抱えていた。
 特に人間は、その痕跡をそこら中に残しており、中には受け入れがたいものもあった。
 醜いものも、美しいものも、人間は生み、残し、消えていった。
 星命会議がなぜ低温生命をこの宇宙から禁じたのか。
 しかし、なぜソルがそれに逆らったのか。
 その理由が両方とも、おぼろげに分かる気がした。

§

 二人は、オーストラリア(とかつて呼ばれた場所の)の草原に座っていた。
 彼方には、巨大な一枚岩が赤く残照に染まっていた。
 「ときどき考えるんだけど」
 ライラが言った。
 「私がむかし壊した《笹舟》」
 「ああ。ぼくも壊した」
 「あれが最後の人間たちだったんじゃなかったのか、って」
 「そうかもしれない」
 ライラはなにかを言おうとして唇を震わせ、つぐんだ。
 「でも、ぼくたちは孤独じゃない」
 「あなたも私も人間じゃない。人間が残したこだまでしかない」
 「人間の残したものは他にもあるよ」
 「物語?」
 「ああ。それにごらんよ。宇宙は命の光で満ちている」
 アルテアは上体を倒し、夜空を見上げた。
 いつのまにか空は闇に包まれ、星が一際美しい。
 ライラも草の上に上体を横たえた。
 草の手触り、そして臭いもまたどこか懐かしかった。
 嗅覚という感覚は持っていなかったのだが。
 匂いという感覚は、他の生命と直接つながっている気がした。
 「ぼくたちもずっと昔、あそこにいたんだ」アルテアが指さす。
 眩しく輝く巨大な二つの星が空に浮かんでいる。
 それは惑星とは比較にならないほど大きく、明るかった。
 二つ目と三つ目の小さな太陽といってもよかった。
 「覚えてる?」
 「うん。忘れるはずないよ」
 ライラは小さな声で答えた。
 しかし、それは嘘だった。
 ほとんど人間になりきって、忘れていたのだ。
 「そろそろ帰ろう」
 彼女らは星命を体内に宿した疑似人体プペだった。

星間決闘スター・デュエル

 宇宙は光と命で満ちている。
 暗闇のほうが圧倒的に多くを占めているとしても、ひとつの光は一万の闇に抗し得る。
 「光」は目に見えるものだけではない。
 目に見えない電磁波は、宇宙の闇を色とは異なる方法で埋めていた。
 そして、
 幾千億もの知的星命は、超高温、超高圧のプラズマから構成される生命体である。
 星命は、直径一万キロから十億キロのものが多いが、それより大きいものも小さいものもいる。
 星は生まれ、そして消えていく。
 星の中心核温度は千数百万ケルビンに及び、絶え間ない核融合が起きている。
 そこは、あまりに高温・高圧であるため剥き出しの陽子が直接衝突し、水素をヘリウムに変える。
 星が年をとって水素が尽きると、今度はヘリウムを炭素に変えるようになる。
 やがて中心温度が十五億ケルビンに達すると、炭素が鉄に変換される。
 星は短くても百万年、長ければ百億年の年月を重ねてゆく。
 一つの銀河の中に何億、何十億の星がある。
 宇宙には、そのような銀河が二兆もあるという。
 星たちは、賢く、そして愚かでもあった。
 道具が使えねば文明が発達しない、とはだれが言ったのだろう。
 対話と思索を深め、精神を鍛えることは可能であった。
 そもそも意識とはなにか。
 単純な生命であっても、特定の構造を維持し続け、外部に反応するのであれば意識の存在を仮定しうる。
 そして星は十分に複雑な構造を持っていた。
 しかし、星界には、人間が理解しうるいかなる文化も歴史も存在しない。かろうじて共有できるものがあるとしたら物理法則くらいだろう。
 星の光は、星の声だった。
 星命は光子で対話する。
 宇宙空間では星は瞬くことはないが、光子の微妙な変動パターンをやり取りする中で、幾十億年にもわたって複雑な記号体系を作り上げてきた。
 そして、星たちは遊牧民ノマドである。
 「恒星」という名に反し、無数の移動星団たちが、ゆったりと《大軌道》を巡っている。恒星は、全身が超巨大な核融合エンジンといってよい。
 《大軌道》がどれだけの大きさか、もっとも古い「はじまりの星」たちでさえ知らない。
 《大軌道》が、円を描く軌道で、いつかは元の場所に戻るのかも分からない。
 老星によると、星団たちは、銀河中心にある超巨大な虚星に引き寄せられつつあるのだともいう。
 ただ、そうなるとしても、それははるか未来のことであった。星たちにとってさえ。
 移動星団の一つ《白き渦》は、シリウスを星団長に頂く約二千四百の星々からなる。
 (星たちにとっての白は、人間にとっての白とは違い、構成員も白い星とは限らなかったが)
 宇宙は騒がしく、星たちは逞しく凶悪だった。
 《白き渦》は、《青の旅団》と巡って幾十億年もの間、激しく覇権を競っていた。
 どちらが争いを始めたのか。
 何が原因だったのか。
 それはだれも覚えていない。はっきりしているのは、闘いが絶え間なく続いているということである。
 その方法とは。
 星間決闘スター・デュエルである。
 二つの恒星命系が衝突し、敵星系を破壊・吸収するか、惑星を奪取し従属させる。
 ルールがあるとすれば、ただ一つ。
 決闘は必ず二つの星系で戦われ、一度始まれば決着が付くまで第三者は介入しないこと。
 理由は、三つの天体が関与する三体問題が、だれにも予想がつかない結果を生むからである。
 双方の星団とも、軌道計算に長けた智星と、勇猛かつ凶暴な攻星を擁する。
 《白き渦》の外殻に位置していた、アークトゥルスが、ふとコースを変えた。
 挑発するように、《青の旅団》の宙域に出入りを繰り返す。
 整然と流れていた《青の旅団》の動きに乱れが生じた。
 星どうしが不要に近づくことは、命に関わる。
 《青の旅団》に属するレグルスが、見かねてアークトゥルスの進行方向の前に進み出て進行を妨害する。
 両者の距離は約〇・〇四光年。これは他の大きさの存在であればいざ知らず、恒星どうしにしては異常に近い。
 緊張関係は、地球時間で四十年続いた。むろん、これは星にとっては一瞬に過ぎない。
 その間、双方は、お互いの総質量と惑星の数、それらの質量、軌道を見極めようとしていた。
 「アークトゥルス、これは求愛か、それとも挑発のつもりか」レグルスが伝えた。
 今回の挑発は初めてではない。おそらく二百三十回目くらいであろう。
 これまでは時期が悪かった。しかし今、アークトゥルス配下の惑星配列は絶妙である。
 「レグルス、後者ととってもらってもよい」アークトゥルスがせせら笑う。今度こそ勝機があると見たのである。
 星命は、
 いわゆる「ロシュの限界」を超えて二つの天体が接近すると、質量の小さいほうが崩壊する。
 しかし、連星になることを自ら求めて接近する星もある。
 (タイミングが悪く、完全に融合することもある。それが本望という星も中にはいたが)
 その意味で、星間決闘は《星婚》と奇妙に似ている。
 アークトゥルスが外縁の準惑星を、レグルスの第十二惑星に衝突させた。
 第一次接触。
 小手調べである。
 ここならまだ引き返せる。
 だがレグルスは、相手が本気であることをすぐに察知した。そして自分が不利であることも。
 星間決闘スター・デュエルは始まったときから決着が付いていることも多い。策士は、戦う前に勝利の具体的手順を思い描いているものである。
 惑星の破壊や強奪は、あくまで小競り合いでしかない。
 多くの決闘の最終局面では、カギを握るのは恒星本体の潮汐力、つまり質量である。
 アークトゥルスの手持ちの惑星は多くはない。
 だが、アークトゥルスは、意外な行動に出た。いきなり、自らの惑星を取り込み、質量を増したのである。地球のような岩石系の惑星を取り込むと、質量は確かにわずかに増すが、恒星本体のほうが圧倒的に大きいので大差はない。
 しかしアークトゥルスの第三惑星は、木星に似た超巨大ガス惑星だった。これを取り込むことでアークトゥルスは八%質量を増した。
 だが、レグルスにも奥の手があった。
 「フレアの槍」だ。
 長大なフレアを展開し、敵星の一部を吹き飛ばすのである。
 恒星の表面温度は、六千度から一万度と、意外なほど低い。
 しかしフレアは、恒星本体の表面温度の百倍以上、ときには千万度に達する。
 フレアをここまで遙か彼方に伸ばす離れ業ができる星は、宇宙広しといえど限られ、《騎士》と呼ばれていた。
 レグルスは、アークトゥルスとの距離が射程範囲に入ったとみるや、長さの細いフレアを槍のように高速に突き出した。
 その長さは、通常の二万倍に及ぶ。
 このとき、レグルスは自らの質量をも失う。しかし、この「フレアの槍」で相手の質量をそれ以上に削れれば、勝利できる。
 ほぼ直進してくる槍にアークトゥルスは気づかず、気づいたときは遅かった。
 槍は、アークトゥルスを確実に捉え、貫き、大質量を吹き飛ばした。
 その衝撃で、アークトゥルスは、全質量の27%を喪失した。
 勝負は付いた。絶対的質量差により、レグルスがアークトゥルスを絶対重力圏にしっかり捕捉した。アークトゥルスはゆっくり崩壊を始め、レグルス星系に吸収され始めた。
 ことの顛末は、見守る幾億の星々には明らかであった。
 老練なレグルスに対するアークトゥルスの挑発はやはり無謀だった。
 《青の旅団》は《白き渦》を一層恨み、また後者は前者に対する不信を深めた。

《ジュリエット》が見つけた物語

 移動星団白き渦に属し、表面温度一万度で薄いラベンダー色に燃える星命ライラは、星齢四億年。
 まだ若い――というより幼いとさえ言える。
 若い星の多くがそうであるように、惑星形成し、恒星系となる任を与えられていた。
 ライラは、最初の惑星の形成をほぼ終えていた。
 できたばかりのまだ熱い惑星を満足そうに眺める。だがまだ惑星の材料はたくさん浮遊している。
 ライラは、最初の惑星の内側に、さらにもう一つの惑星を「織ろう」としていた。
 そのために、体内で対流している膨大な質量の流量をわずかに変え、第一惑星付近の空間の重力を微調整した。
 そのとき、知覚が、奇妙に反射率の高い小片を捉えた。
 これまで認識したことがない極微小物体だ。
 小惑星とも氷の塊の彗星とも違う、奇妙に重たい元素でできている。
 星命の知覚は、極めて鋭敏にして精妙である。〇・五光年程度の距離であれば、量子もつれに似た量子共鳴レゾナンスを起こし、物体を知覚すると同時に物理・電気的に干渉して直接操作することさえできる。
 周囲を浮遊する不定型な岩とは違う、細長く美しい三つの形態。
 、とライラは直感した。
 それは実のところ、恒星間世代宇宙船ジェネレーション・シップの船団だった。
 とはいえ、一隻が全長八キロに及ぶ巨体も、ライラからするとホコリ以下の大きさだ。
 ライラの知覚は、その船のエンジンに、核融合のごく微量な熱を感じた。
 どうやったらそのような小さな星の欠片を作れるのか。興味がわいた。
 ライラはその船団を三十二年ほど(ライラにとっては数分程度だが)観察した。
 星々は、無邪気で残酷だった。
 ライラは母星シリウスの言葉を思い出す。
 「星命が作る惑星に、ごくまれに低温生命が生まれることがある。お前もいつかそのようなものを見つけることがあるかもしれない。危険なものだから、気をつけなければならない」
 「どうしたらいいの」
 「実に微小で脆弱な存在だが、低温生命はこの世にあってはならぬもの。すべて滅しなさい。お前もソルのようになりたくはなかろう」
 孤絶の星、ソル。
 幾千億とある星の中で、もっとも愚かな星。
 ソルは、星命会議の決定に反して、第三惑星に低温生命を発生させた。
 星命が、自らの眷属である惑星に極微小生物を創ることは忌まわしい禁忌である。
 禁忌を犯したソルは、星命会議により孤絶刑に処されていた。
 ソルに話しかける星はなく、ソルも沈黙したまま輝いていた。知性を失ったかのように。
 星命会議は、物理的に集まる必要はない。
 会議への参加を許された星は、参加者のみが知る独自のパターンを用いて微妙な発光変動を起こす。会議の参加者のみが理解できる言語を用いる、ということである。
 なぜ人類が宇宙で孤独なのか。
 これは、いわゆるフェルミのパラドックスである。
 この宇宙には何兆個もの星がある。とすれば、生命があふれていてもおかしくない。しかし、実際には生命の存在が少ないという矛盾である。
 星命会議にとって、その問いの答えは明白であった。
 宇宙は死んでなどいない。
 なぜなら、宇宙は星命に満ちているから。
 この問いと関係するものに、グレート・フィルター理論がある。
 人間が他の生命と出会う確率が低いように思えるのは、生命の発生条件を満たせない「フィルター」が存在するからである、という仮説だ。
 星命会議の答えはやはり明確だ。
 低温生命の存在が禁忌だからである。
 むろん、星命会議にそのような自明の問いを投げる存在はいなかった。

§

 さて、ライラは、目の前の禁忌の始末を付けなければならない。
 ライラは、子どもが木の枝で笹舟をつつくように、船内の「星の欠片」――核融合エンジンをちょっとつついた。
 それだけで十分だった。
 核融合エンジン内部の核融合反応の精妙なバランスはたちまち崩れ、暴走を起こした。強力な電磁場がプラズマを安全に保持できなくなり、メルトダウンした。高熱により船殻が破壊され、ひしゃげ、真空が船を満たした。
 五万人の乗員は、予備電池の切れた二時間後には、一人残らず絶命した。
 大半が低温睡眠していたことはせめてもの救いだったろう。
 ライラは、残りの二隻も同様に壊した。
 微かな罪悪感を覚えた。
 自分が今、なにをしたか。
 「でも、これは星命会議の決めた掟なんだ」
 自分に言い聞かせる。
 そしてその罪悪感から、一種の儀式として、せめて自分の体内に取り込もうとした。
 葬式ごっこでもするように。
 それは「禁じられた遊び」だったのかもしれない。
 そのとき、量子共鳴レゾナンス知覚が、《笹舟》内部にごくわずかな動きを捉えた。量子共鳴レゾナンス知覚は、間を隔てる物質に関係なく作用する。
 低温生命がまだ生きているのか?
 ライラは知覚を研ぎ澄ました。
 わずかに反応したのは船体管理用の量子コンピューターだった。
 だが予備電源が尽きると、それも沈黙した。
 他にも動くものがあるかもしれない。
 ライラはさらに探りを入れた。
 破壊されて動かないものが大半だったが、ほとんど無傷のものもいくつかあった。
 冷凍睡眠殻の中には、低温生命たちが身動きせずに横たわっていた。
 細かく区切られた隔壁の奥に、なにかがあるのを探知した。
 それは防護ケースに厳重に保護されており、人間の少女のような外見をしていた。
 ある大富豪の夫婦が、孫娘のために造らせた精巧な疑似人体プペだった。
 娘は極めてまれな病気にかかり、余命僅かと宣告されていた。
 疑似人体プペに意識転送する前に娘は亡くなり、その疑似人体プペは使われることなく残された。
 夫婦も世を去り、高価な疑似人体プペは人手を渡るうちにこの植民船で旅をすることになった。
 むろんライラはこのような経緯を知らなかった。
 これは、低温生命が自らに似せて作ったものであり、低温生命そのものではない。
 そのことはライラにすぐに分かった。量子共鳴レゾナンスによる微細知覚が、周囲の冷凍睡眠殻に収められた低温生命とは内部構造がまったく異なることを告げていた。
 であれば、シリウスや星命会議がとがめる理由はない。
 ライラは疑似人体プペの内部を探った。人工筋肉を電気刺激で駆動する。
 制御系と量子共鳴レゾナンスでリンクし、自らの意識を流し込んだ。それほど複雑な仕組みではないが時間はかかった。
 百三十年ほど試行錯誤するうちに、その一体をうまく操作できるようになった。
 視覚、聴覚、触覚――人工脳に予め用意された感覚インターフェイスの使い方が飲み込めてきた。
 突起部分――腕、手、足などを使い、移動することも覚えた。
 ライラは、この《人形遊び》に没頭した。
 それは低温生命に生まれ変わったような不思議な感覚であった。
 量子共鳴レゾナンス知覚による探査より効率は落ちるとはいえ、このボディーを介して低温生命の視点から見るほうが、はるかに刺激があった。
 ボディーを巧みに操作できるようになると、ライラは《笹舟》の内部をより徹底的に調査した。
 《笹舟》の中身は、興味深いもので満ちていた。
 低温生命が生命維持に必要とするものらしいが、当初は、何に使うのか見当が付かないものばかりだった。
 食料庫には、さまざまな食料、飲料があった。
 低温生命が体を覆う衣服、靴、帽子。ライラは、ボディーにそれらを着せてみた。
 惑星の表面を探ったことはあるが、低温生命が作り出すようなものは見られなかった。
 このボディーの視点からすると、ライラ本体から見た《笹舟》も、巨大なものであることが実感できる。
 ライラは、船内を移動するうちに、広い部屋を見つけた(それは中央操縦室だった)。
 多くの低温生命は仮死状態だったが、一部は活動中だったらしい。
 哀れな生物の一体は、なにかを手で保持していた。
 それは束になった小片だった。
 表面の文様は、特定の記号体系に基づく記号連続体――《物語》であると推測された。
 何が書かれているのか。ライラは好奇心をくすぐられた。
 以前に、星命会議で交わされる秘密の議論をのぞき見しようと、ライラは会議言語を解析しようとしたことがある。星命会議に参加できるのは、一部の星だけだったが、参加資格は明かされておらず、蚊帳の外に置かれた一部の星は不満を抱いていた。
 だが、解析が終わる前に必ずルールが更新されてしまい、解析し尽くすのは不可能だった。
 しかし、目の前にあるこの記号体系は今後更新されることはないため、解析できそうだった。
 ライラは、記号体系および記号連続体の解読に没頭した。
 言語が分からないだけでなく、人間という生物の行動規範、文化の知識が皆無であったため、作業は困難を極めた。
 たとえば、星命には存在しない「性別」という生物学的・文化的概念を理解するのにかなりの時間を要した。
 また、人間が服をまとい、家に住み、飲食をするといった行動の意義も、理解しがたかった。
 しかし、生まれ、育ち、戦い、愛し、そして死んでいくことは、星命と同じだった。
 しばらくすると、参照できるデータ量が爆発的に増えた。
 船内の図書館を見つけたのである。
 そこには多数の小片があった。薄片――本に記されたものが多数あった。
 電磁的記録を操作して読み取る方法も学んだ。電源供給が必要ということと、その方法を見つけるのにも時間がかかったが。
 記録されていた情報を解読し、極微小低温生物たちがやはりソル出身であることを知った。
 そして。
 驚くことに低温生物たちはライラのことを昔から認識しており、「ライラ」と呼んでいた、ということをあやふやながらも理解した。
 地球時間換算で五千年後。ライラは、最初に見つけた物語のかなりの部分を読み解くことに成功した。
 記号体系は、《ロシア語》と呼ばれているものだった。
 記号連続体――《物語》は、争う二つの家の息子と娘が恋に落ちる話であった。
 ライラは、この話に呆れた。
 初めて会った若い男女がその場で恋に落ちる。
 そんなことを人間たちはしているのか。
 信じがたい話でありながら、物語を二百、三百回と繰り返し読むうちに変化が訪れた。
 人物たちに共感し、羨望さえするようになった。
 シェークスピアという人物は、たいそう尊敬されていたらしい。
 ライラは、自分が見つけた物語を、だれかに聞いて欲しくなった。
 独り言を言うように光で語り、鼻歌を歌うように歌った。
 いつかは、この物語を理解する星が現れるかもしれない。

アルテアはロミオになれるのか

 星命アルテアは、《青の旅団》に属していた。
 表面温度八千五百度、星齢十二億年。
 自ら惑星を生み出すより、外来惑星を捕獲するのが専門である。
 三百二十回の星間決闘の末、失った惑星も多数あったが、大小四十六の惑星を従えていた。
 それは、あたかも牛や羊の群れを率いる牧童のようであった。
 そのときアルテアは、デネブに焦がれていた。ソルの五万倍の輝きを持つ巨大で美しい星である。デネブをちやほやする星は多い。
 だが、デネブは自らの輝きを誇るあまり、アルテアを格下と見て、気が向いた時だけ呼びかけに答えていた。
 そのため、アルテアはデネブから次第に関心を失っていった。
 ライラが笹舟を見つけて二千七百年後、アルテアもまた《笹舟》を見つけていた。
 この恒星間世代宇宙船ジェネレーション・シップ船団を、人間たちはTanabata計画と呼んでいた。ヴェガとアルタイルに、人類生存可能惑星の有力な兆候が見つかったため、それらに移住しようとする計画である。そのような惑星に居住できる確率は七割程度でしかなかったが、不適切と判明した場合は、第二、第三……と多数の目的地候補が計画されていた。また行程の途中で新たな行き先が見つかる可能性もあった。だが船団は、少なくとも二千年間は旅を続けられるように設計されていた。
 《笹舟》を見つけたとき、アルテアもまた、星界を支配する星命会議の掟に従わねばならなかった。
 低温生命は滅せよ。
 アルテアは、量子共鳴レゾナンスで《笹舟》の核融合反応を暴走させ、四隻すべてを数分のうちに破壊した。
 アルテアは、ソルの低温生命のことは少し詳しく聞いていた。
 極めて珍しいものであり、似たような存在は他に二例しかなかったという。
 義務を果たした後は、子どもが蟻の巣に興味を持つように、やはり《笹舟》の内部に興味を惹かれた。
 知覚で内部を調べていくうちに、《絵本》を見つけた。
 それは、乗客の少年が睡眠ポッドに持ち込んでいたものだった。同じ本が、乗客には多数作成され、配布されていた。
 年少の乗客にプロジェクトに対する希望と期待を持たせるためのプロパガンダだった。しかし、精妙な彩色が人気を集め、各国語版が作成された(アルテアがみつけたのはフランス語版だった)。
 アルテアも記号体系の解読を始めた。絵は当初なぜあるのか分からなかったが、文字と別であることは分かった。
 文章が簡単であったことは幸いで、おおよその内容は読み取れた。
 それは、ヴェガとアルテアが天の川で引き裂かれる話であった。
 「ヴェガ」と呼ばれる星が、どの星なのかは分からない。
 しかし、アルテアは、その物語の登場する星が自分であり、自らが「アルテア」と呼ばれていることを知った。
 アルテアも低温生命に見せられ、航法量子コンピューター内の情報を手がかりに、内部の探索を続けた。
 巨大な船であったため、動かせる疑似人体プペもやがて見つかった。
 アルテアは、解読した記号体系を電磁波のパターンに置き換え、物語を星々に向かってつぶやきはじめた。
 もしかしたら「ヴェガ」が見つかるかもしれない。
 そうでなくても、この記号体系を理解する星が見つかるかもしれない。
 六百年後に、アルテアは、似たパターンの光を放つ星を見つけた。それはライラだった。
 ライラのパターンはロシア語、アルテアのパターンはフランス語に基づいていたので、互いに気づくのにしばらくかかった。
 しかし、低温生命の言語パターンは星の言葉とは明らかに異質だった。
 二つの星は、言語を、語彙を教えあい、理解しあう喜びを知った。
 「『二つの星が一年に一日だけ会える』ってどういうこと?」
 「これはソルの第三惑星の話だから、その視点から考えないと。これは自転と公転に基づく時間の単位のことなんだよ」
 アルテアが説明した。
 ライラは計算してみた。
 「えっ? でもその《一年》って一瞬じゃない」
 ライラは吹き出した。
 「ぼくたちにとってはね。でも低温生命の命は短いんだ。悲しくなるくらいに。彼らにとって、時ははるかに早く流れる。僕たちの一億倍の速度でね」
 「じゃあ『会う』ってのは? 私たちはこうやって話せるよね」
 「低温生命は星命のように遠くまで声は届かないんだ。物理的に接近しなくちゃいけない」
 「なんだか不便」
 低温生命は、知れば知るほど興味深い存在だった。
 星々の世界は豊かではあったものの、スケールの違う世界には別の豊かさがあった。
 二つの星は、掟とはいえ、彼らを滅したことを後悔するようになった。
 ライラは、「ヴェガ」にも興味を示した。
 低温生命の言語は、比較的単純であったので、不正確ではあったが英語なども「話せる」ようになった。
 ただ、それは発光パターンに置き換えてのこと。
 低温生命が「声」と呼ぶ気体振動を試したくなった。
 低温生命の長距離通信手段は破壊されていたのでそれは困難だった。
 「君の声をききたい」
 「私も」
 二つの星は、それぞれの疑似人体プペを直接会わせて「人間ごっこ」をする日を夢見た。
 アルテアは、ライラに出会ってからはデネブのことを思い出すことはなくなった。
 しかし、ライラが内心で憧れているのは、まだ見ぬヴェガだった。
 レグルスとアークトゥルスが戦ってしばらく経ったころ、ライラの母シリウスがライラに告げた。
 「お前はレグルスと星婚しなさい」
 「急になぜ?」
 「レグルスが先の戦いで質量を失ったことは聞いているでしょう。《青の旅団》の侵略に備えるには、レグルスのフレアの槍が必要なのです」
 ライラは黙っていた。
 「レグルスは強く立派な星です」
 ライラは移動星団間の星間決闘にはうんざりだった。
 だが星団長であり、母でもあるシリウスの言葉は絶対である。
 「どうして黙っているの?」アルテアが、急に言葉少なになったライラに訊いた。
 ライラは事情を話した。
 「ソルのところに行かない?」しばらく考えていたアルテアが提案した。
 それはライラも何度となく考えたことだった。
 低温生命たちがまだ残っているかもしれない。
 しかし、それは禁忌に抵触する可能性がある。
 低温生命のことは、語るのもおぞましいとされていた。
 「それにぼくたちが互いに近づけば、通信間隔が短縮できる」
 今は、二つの星の間は十四光年あり、片道に十四年かかっていた。
 「行きましょう。二星だけの宇宙を見つけられるかもしれない」
 ライラとアルテアは、それぞれの移動星団を離脱した。
 後を追う者はいない。
 星団を外れるということは、星団の保護を受けられなくなるということである。
 しかし、シリウスからも星命会議から逃れられるわけではない。
 ライラは、核融合の炎を燃え立たせると、ソルに全速で向かった。
 二千四百年かけて、双方はソルに接近した。
 ソルの輝きが次第に強くなってきた。二つの星からするとはるかに小さかったが、その光は温かかった。
 ライラとアルテアは、ソルから〇・〇三光年近辺に到達した。
 ライラは、ソルにこっそり話しかけた。
 これは、星命会議の決定に明確に違反することになる。
 低温生命を作った星に、なぜそうしたのか聞かずにはおれなかった。
 だが、ソルは長期間放置されたためか反応がなかった。
 ソルは「星のことば」を忘れてしまったのだろうか。黙って静かに輝いているだけだった。
 アルテアも試したが、返事がないのであきらめた。
 「あの第三惑星が低温生命の発生した場所だ」
 アルテアが青く小さな惑星に気づいた。
 「疑似人体をあの地表に下ろそう」
 ライラはその方法を考えた。これは意外と難しい。
 《笹舟》の破片は、第二惑星の静止軌道に乗せて、ここまで持ってきた。
 《笹舟》に低温生命が乗り込んだということは、逆に惑星に低温生命を下ろす手段も必ず用意されているはずだ。
 緊急脱出ポッドを使えばよいと理解するまで四十三年かかった。
 その動きを正確に把握するまで、371個のポッドが無駄に射出したが、幸い、《笹舟》には五万個のポッドが装備されていた。
 細かい調整はできなかったが、疑似人体プペが人間より頑丈であることは分かっていた。
 確実に操作できると確信が持ててから、ライラは、自分の疑似人体プペを載せたポッドを大気圏に投入し、陸地の近くに導いた。
 アルテアも自分の疑似人体のポッドを着水させることができた。しかし、その場所は、ライラから六千三百キロ離れたアラビア半島の砂漠だったため、二人が地上で出会うまでに五十七年かかった。
 二人は、かつてマレーシアがあったあたりの海岸線で出会った。
 ライラは、砂浜を裸足で歩いてくる姿に気づき、手を振った。
 「アルテア!」
 星体同士で連絡は取り続けていたものの、人間の姿で会うのは実に奇妙だった。
 人間の言葉を音声として聞くのも新鮮だった。
 それからは、二人は意識のほとんどを疑似人体プペに預けて過ごした。
 自分の知っている限りの人間の真似をしてみた。
 「この話の登場人物を演じてみない?」
 それはライラの提案だった。
 「物語を、組み合わせてみたんだけど」
 二人は、その遊びに熱中した。
 「ぼくたちは、予想以上に物語に影響を受けているのかもね」
 ライラとアルテアは、二人で地球上を旅してまわった。
 だが、生きた人間はどこにも見つからなかった。

織姫と彦星

 「長い夢だったね」
 疑似人体を離れ、自らの星体に意識を戻したアルテアが言った。
 「うん」
 そのとき、ライラはシリウスの呼びかけに気づいた。
 「自分のしたことは分かっているだろう」
 「ええ」
 「お前は惑星形成の任を怠った。そればかりか、お前はソルに話しかけ、低温生命の禁忌に触れた。星命会議は、お前とアルテアのことを憂慮している。お前は惑星形成に再度専念しなさい。それと」
 「それと?」
 「アルテアから離れ、二度と近づかないこと。接近禁止命令が出ています。言葉を交わすことも許しません」
 「そんな!」
 「星命会議はどんなことも見逃しません。ソル第三惑星でおまえたちのしたことはデネブから報告を受けています」
 ライラは自分の求めていたのは、ヴェガだと思っていた。
 しかし、地上で疑似人体プペとして――人間に近い存在としてアルテアと過ごすうちに、アルテアの存在が知らぬ間に大きくなっていた。
 アルテア……。
 「レグルスがこの先で待っています」
 ライラは、黙ってソル、そしてアルテアから離れ、レグルスの元に向かった。
 星命会議の命令は絶対だ。
 こうなればデネブを倒すまで。
 星間決闘であれば、星命会議も口を出すことはない。
 ライラは、宇宙をわたり、七百年後、デネブから〇・一光年に達した。
 「星間決闘を!」と宣言した。
 ライラは、嫌っていた決闘を自ら申し込むことになるとは思いもしなかった。
 「受けましょう」
 デネブは、たじろがなかった。このような挑戦は予測できていた。
 輝きにおいても質量においても自分が決して負けるはずがなかった。
 ライラは、背後にレグルスを連れていた。
 ライラは、デネブではなく、最初にレグルスに接近した。
 「なにをする」
 回避しようとするレグルスに食らいつく。
 そして、あっけにとられたデネブを巻き込んだ。
 掟破りの三体での戦いが始まった。
 ライラの惑星は二つしかなく、質量も小さすぎるので手勢としては役に立たない。
 だが、前代未聞の三体間での不安定な争いにより、なにが起きるかの予測は極めて困難になっていた。
 レグルスは、仮の軌道予測を立て、この場を切り抜けるには、《フレアの槍》を使わざるを得ないと判断した。
 巨大なデネブを粉砕することができるか。
 とはいえ、恒星には「硬度」というものはない。関係するのは、ほとんど質量のみである。
 レグルスは、自らの質量を失いながらも渾身の力で槍を放った。
 デネブはレグルスの最初の一撃で27%、さらに第二波で当初の56%の質量を削り取られた。表層と対流層を失い、急激な重力変動の結果、核融合のステージが急速に進行した。
 レグルスは、デネブを吸収できるほど小さく切り刻めなかったことを知った。
 他の星は、距離を保って見ているしかなかった。
 デネブの内部では、異常な速さで核融合反応が進行していた。
 ライラもレグルスも、そのときにはデネブの絶対重力圏に捉えられていた。
 二つの星は、デネブに飲み込まれた。
 内部温度が百億ケルビンを超えた核で、鉄になるまで核融合を繰り返した物質が、今度はヘリウムに分解し始める。
 そして本来は何十億年も先に起きるはずの現象が起きた。
 超新星爆発スーパー・ノヴァ
 宇宙に、通常の何十億倍も眩しい光と、かつて星を構成していた物質が超高速でぶちまけられた。
 それは名前に反して、新しい星の誕生ではなく、派手な死の瞬間である。
 そのあとは、一つに融合した超巨大星の欠片に、すさまじい重力が集中し、急速に虚星化(ブラックホール化)していった。
 それは星たちが最も嫌悪する死の形である。
 もはや光を放つ――言葉を発すことは決してできない。
 中性子星や白色矮星として生き延びたほうがまだ良かった。

§

 アルテアは、ソルの近くの宙域に残っていた。
 ライラが行ってしまって、どうしていいか分からなかった。
 再び意識を地上の疑似人体プペに送って、地上を彷徨いもした。
 しかし、今度こそ本当に一人きりだった。
 宇宙は光で満たされ、仲間の星たちが見える。
 しかし、地上から空を見あげても、その星たちは手の届かない遠い存在だった。
 アルテアは、再び星体に意識を戻した
 「そこにいるのはヴェガか」
 その声は、ソルの光だった。
 長い眠りから覚めたようだった。
 星の言葉を忘れていたわけではなかったのだ。
 「ぼくはアルテアだ」
 「今、ヴェガがいたような気がしたのだが」
 「ヴェガ? 他にいたのはライラだけど」
 「そうか。だがお前は何か勘違いしているようだ。《ライラ》というのはヴェガのいる場所のことだ」
 「場所?」
 「人間がこの地点から星々を見たとき、星座という模様を見いだすのだよ。動物や器具、人物の名を与えるのだ。ライラとは琴の形をなぞった星座のことだ。お前たちは、ずいぶんと私の第三惑星の上で遊んでいたようだが、一度も空を見上げなかったのか?」
 違う。ぼくたちは毎晩のように星空を見ていた。
 もちろん、その天空で、ヴェガとアルタイルは、あるべき場所になかった!
 アルテアは、ライラの誤解に気づいた。
 「ライラ、君がヴェガなんだよ」
 つぶやいた。
 七夕はアルテアとライラ自身の話であった。
 「ライラに知らせなきゃ」
 だが、星々のささやきで、アルテアはライラの最期を知った。
 星は、いずれは死ぬ。
 人間はこんな時、泣くのだろう。
 疑似人体プペは泣くことはできなかったし、星体に戻ったアルテアにも泣くことはできなかった。
 だが、虚星は、厳密には死ではない。
 星のいのちの段階の一つなのだ。
 ライラに知らせたい。
 きみこそがヴェガだと。
 アルテアは、虚星に近づいた。
 虚星になったライラにそのことを知らせる唯一の方法は、事象の地平線を越えることだ。
 つまり、自分も虚星に飲み込まれること。
 そうすればまたライラに会える。
 事象の地平線の先になにがあるかはだれにも分からない。
 そこには、なにもないのかもしれない。
 ライラはおらず、生まれ変わることなどもないのかもしれない。
 しかし、アルテアに迷う理由はなかった。
 ぼくたちは不幸な星の下に生まれたのか?
 違う。ぼくたちは星そのものだ。
 ヴェガとアルテア。
 織姫と彦星。
 君とぼくこそが、物語の主人公なのだから。

§

 千七百億年が経った。
 一つの銀河の中に何億、何十億の星があり、宇宙には、そのような銀河が二兆ある。
 ひとつの宇宙が、生まれて、死んで、また生まれた。
 宇宙にはあまたの星が満ち、星命会議が結成され、移動星団が闘った。
 やがて宇宙に一つの新たな星命が生まれた。
 はるか昔、星に取ってさえの久遠の太古――いくつかの星と、その星が生んだ命の思いがどこかに残っていたのかもしれない。
 その星命は、やがてひとつの惑星を生んだ。
 そして、その惑星の上に低温生命を産む環境を整えた。
 温度を整え、水を溜め、海を作り、地表を温かく照らした。氷に閉ざされることがないように。
 星命会議による孤絶の厳罰は覚悟のうえだった。
 そして十数億年の末。
 ついにその惑星にいのちが生まれた。
 星命と違い、彼らは手を取り、触れあうことができた。
 星は、黙ったまま微笑み、その新しい命たちを静かに見守った。

(了)

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