蘇る日本商船隊

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梗 概

蘇る日本商船隊

計画を知らされたとき、龍田丸としては複雑な気持ちだった。確かにヤマトはよくやったと言えるだろう。単身で宇宙に飛び立ち、奇跡の連戦連勝を重ね、ついにガミラス帝国を撃破したというのだから。満身創痍でイスカンダルに到着し、古代進らによる植民を可能にしたのだから。だが約束が違う。コスモクリーナーを持って帰るはずではなかったのか。それを、宇宙商船隊として人類をイスカンダルに連れてこい、とは。八紘一宇を叫び、東南アジアへの無謀な日本人植民を我々商船隊に押し付けた、先の大戦が思い起こされる。

そんな龍田丸の憂鬱を知ってか知らずか、地球防衛軍による改装作業は進んでいく。龍田丸はそのこそばゆい感触にとまどいつつ、徐々にみなぎってくる気力に昔日の誇りを取り戻しつつあった。

250年前、伊豆諸島沖に轟沈した龍田丸は、地球滅亡ぎりぎりのタイミングで、波動エンジンを搭載する気密宇宙船として太平洋上に姿を現した。これを皮切りとし、壊滅した2568隻の日本商船隊のうち大破して宇宙船としての用をなさない個体を除く2133隻が宇宙商船へと改装され、海底基地で地球防衛軍の軍属乗組員3万5千人、一般乗員12万人ほどを乗せて日本、東南アジアの海域に続々と浮上しその威容を示した。

ここに、往時壊滅した日本商船隊は、装いも新たに宇宙商船隊として復活したのである。

「本来、先頭を征くべきなのは大洋丸、貴様なのだ」龍田丸はつぶやいた。第二次世界大戦勃発後、初の犠牲となった客船大洋丸。その船体は大破しており、懸命の改装作業も虚しくついに宇宙航海に耐える水準に達しなかった。

「龍田丸よ。おまえこそ先頭を切るにふさわしい。いまこそ永遠の別れ。イスカンダルへ征け!」海底船台にその身を横たえる大洋丸は激励した。

シンガポール沖からはミ08、11船団、マニラ沖からタマ21、24、25船団……赤く濁った大気の中へと船団は次々と浮上し力強く上昇していった。

とはいえ、船内設備は、あらゆる点で最高を追求した宇宙戦艦ヤマトのようにはいかなかった。龍田丸のような豪華客船が元であればともかく、貨物船ともなれば兵員居住区域は当時と同じカイコ棚への寿司詰め乗船である。地球重力脱出速度を得るまでに兵員はあらかた気絶したが、どのみち航宙冬眠でそのまま永い眠りにつくのであった。

その後、ガミラス帝国が撒き散らした宇宙機雷、生き残ったゲリラ宇宙戦艦の攻撃などにより、丸裸同然の宇宙商船隊は膨大な犠牲を強いられた。イスカンダルへの到着を果たしたのはわずか数隻の大発動宙機艇のみであったという。宇宙戦艦ヤマトからの”ガミラス殲滅せり”という打電は、多分に大本営発表の傾向を帯びていたのであった。

龍田丸は、木星裏に潜んでいたガミラスの残党によって太陽系すら出ることなく轟沈した。残る船にはこれといった知能もなく、貧弱な兵装で形通りの応戦をするのみであった。乗務員は眠っており、あらかじめて決められた航路を変えることはなかったのである。

文字数:1232

内容に関するアピール

寡聞にしてようやくごく最近、日本商船隊壊滅の悲劇について詳しく知る機会を得ました。私は船に格別の思い入れがあるので、知れば知るほどやるせなく、この作品で栄光の日本商船隊が完全復活する姿を描きます。しかし、それでもまた、滅びは繰り返されます。

文字数:120

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蘇る日本商船隊

三宅島東南沖海底。深海の漁礁。ダイオウグソクムシの住処となって久しい龍田丸の船殻周囲に、海底造船ドックがみるみるうちに組み上げられた。海水が抜かれ、全長178メートルの巨大な骨格が明るい照明に照らし出される。ドックの床にはムネダラ、ホウライエソなどの深海魚類がぴちぴちと跳ねている。死の海となった海面表層とは対照的な生命の豊かさだった。当の龍田丸はといえば、さすがに突然のことで事態がつかめていなかった。

急ピッチで再生艤装が進むなかで計画の全貌を把握したとき、龍田丸としては複雑な気持ちだった。確かに武蔵はよくやったと言えるだろう。単身で奇跡の連戦連勝を重ね、ついに敵勢力を撃破したというのだから。だが約束が違う。環境復元装置を持って帰るはずではなかったのか。それを、商船隊を編成して同胞を救い出せ、とは。

「どこかで聞いた話だ」龍田丸はひとりごちた。”数十万人からなる陸軍部隊の大遠征軍を数千キロメートル彼方の主戦場に海路一気に送り出す” そんな前代未聞の作戦で戦時下における東南アジアへの無謀な航海を我々商船隊に押し付けた、先の太平洋戦争が嫌でも思い起こされるではないか。

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龍田丸は1930年に建造された欧州、サンフランシスコ航路の豪華客船であった。当時の日本の造船技術の粋を尽くして建造された優秀船で、一等ラウンジやダイニングルーム、スモーキングルームなどを備え、イギリス様式に仕立てられた重厚壮麗な優美さは内外の乗客に人気を博していた。就航8年にして早くも太平洋横断100回を超える大活躍であった。欧州航路時代のコック長は日本人のフランス料理人の先駆けで、大戦後、その子孫は横浜馬車道でレストランを営んだという。

開戦当初、海軍に接収されて間もなく交換船としてアフリカまで往復し、日英の要人交換の重責を果たした。

その後、南方航路に配備された龍田丸は、1943年2月8日午後4時ごろ、1481名の乗客を乗せ、護衛艦一隻に伴われ、トラック島に向けて横須賀を出港した。

おだやかな海況の中、快調に進路を進めていたそのときの不気味な感覚を龍田丸は昨日のことのように思い出せる。海面を往き交う船たちとはきちんと挨拶を交わしながら航海するのが習わしだ。右舷から来る船の前は横切れないという古来からの厳しい掟もある。しかしそいつは暗い海中からいきなり接近してきた。無言のまま殺気をみなぎらせて。そして矢のように進む小さな、異形の、魂のない何かを放った。思えばあれこそが潜水艦であり、魚雷であった。龍田丸が受けた最初で最後の雷撃である。

船尾に激痛を感じたのち、龍田丸はなすすべもなく薄暗い海面上に棒立ちとなり、みる間に海中に没した。護衛艦はなぜか現場を遠ざかり、かろうじて海面に泳ぎ出た乗船者も次々と沈み、乗員全員が犠牲となった。彼らの無念の魂はいまも周囲の海域に淀み漂っている。七つの海を縦横無尽に駆け巡り、栄光に彩られた客船龍田丸にとってみれば、あまりにもあっけない最期である。

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貝類が無数に付着する船殻は、外観は触れば崩れるようにも見受けらるが意外にも強靭であった。表面の錆びの裏には当時最高の鉄材が生きていた。異星の技術によって、龍田丸の肋骨は黒光りする超高靭性鉄に急速に再生されていく。龍田丸の艇魂は生気を取り戻し、意識も次第にはっきりとしてきた。

武蔵の再建に成功した優秀な技術者たちの奮闘努力によって、龍田丸の再生は着々と進んだ。内部まで鉄船であった戦艦武蔵と異なり、龍田丸の豪華な内装はほとんど木造である。海中で腐食し、原型を留めていない部分のほうが大きい。異星の復元技術がどう作用するのかはやってみないとわからない。

角帽を被った日本人の若い技師が、霧吹きに入れた修復液を、わずかに残った木部の痕跡に吹きかける。液体の正体がマイクロマシンの集合体であることは顕微鏡で明らかなのだが、その動作原理は地球文明にはまったく解明不可能であった。人類はいまだ艇魂の存在すら知らないのであるから当然ではある。龍田丸は自らの在りし日の姿を、求めに応じて披瀝するだけでよかった。膨大な情報流を受け止め、異星のマイクロマシンは次元縮退させた各種元素を吐き出して定着させていく。ダイニングルームの美しい唐草紋様の浮き彫りが、煙草の煙が流れるように復元されていった。

概ね再建が完了し、航宙機器と波動エンジンの搭載を待つ龍田丸に、面映ゆい知らせがもたらされた。本作戦の旗艦に任命されるというのである。龍田丸は固辞したかったが、やる気満々の若き女船長は二つ返事で引き受けたようだ。龍田丸はあくまで商船。軍属の士官も艦長ではなく船長と呼ばれる。

小柄だが凛々しい軍服がよく似合う船長を先頭にして、甲板で乗組員が隊列を作っている。どこから呼んできたのか、神主が大幣(おおぬさ)を振っている。

進水式が終わると、キャビンに船長が意気揚々と乗り込んできた。

「よろしくね。龍田丸。」女船長が呼びかけている。懐かしい人間との一体感。

所詮、船は人類によって操られる存在だ。作戦への不安は、いつしか龍田丸の心中で背景に退いていた。初めてサンフランシスコ航路へと抜錨した時の高揚感が、龍田丸の全身に漲ってきていた。

船は、あくまで人に操られる存在であって自分の意思で進路を決めることはできない。船はその高い霊性ゆえに人類の気分と思考を克明に読み取るが、それに異を唱える術は持たない。ただひたすら寄り添うのみである。一方、乗組員は船に命を預けている。乗船中は一心同体。底板一枚下は地獄なのだ。古来から人と船とはそのようにして共生してきた。

船の魂である艇魂は、船名の命名と同時に宿り、その寿命は船体が存在する限り尽きることはない。海中に没しても、無念のうちに溺死した乗組員を鎮魂し、名を授かって海に浮かぶ新艇があれば、その若い艇魂を迎え入れ、彼らの安航を祈った。

造船ドックから人影が消え、不意に海水の怒涛が押し寄せた。龍田丸は水圧を一気に受けて緊張したが、強化された船殻はみしりとも言わない。龍田丸をいましめていたケーブルはほどかれ、静かに浮上を開始した。旗艦として、再建される船たちを束ねなくてはならない。海図には船の墓標が重ねられている。龍田丸はまず大洋丸の沈没地点、長崎県沖に向かった。

海象は荒れていた。大気中の粉塵は気流に乗って地表全体に行き渡り、平均40ノット(秒速約20メートル)の強風が吹いている。波動エンジンは表面効果モードで作動し、龍田丸を海面から5メートルの高さに浮かせばせた。艦橋の全天スクリーンは荒れた海を映し出す。船長は仁王立ちに前を見据えている。龍田丸は風で生じた波を追い越す速度で進んだ。波濤から飛び出す生物がいる。イルカの群だ。イルカたちは龍田丸に興味を持ち、追いかけているようであった。空は赤みがさしている。海の青さとは不釣り合いな濁った空であった。龍田丸は初めての空中飛行にはすぐに慣れたが、言いようのない違和感を覚えていた。海中でいつも感じている人の魂の気配がないのだった。

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接近する小惑星を最初に発見したのはハワイ島にある天文台であった。小惑星は宇宙空間を飛行中に、衝突の形跡もないのに何度も分裂を繰り返しながら地球に接近した。専門家は天文現象ではないことをすぐに確信したが、対応は後手になった。各国が連携した小惑星地球衝突回避の想定よりも、はるかに手前で膨大な数の隕石に分裂してしまったからだ。有効な対策がないまま、大量隕石降下災害の警告がなされ、全世界で防災、避難が始まった。住民は地下施設や核シェルターへの避難を急いだ。

隕石は大気圏に突入したが、燃焼と同時にさらに分裂し、空中で停止するに至った。それぞれの隕石からは4本の腕が出ていた。地球でいうクアッドコプター型のドローンによく似た形状であった。大気をもつ惑星であればこの形態には普遍性がある。しかし異星文明からの物体であると断定するには時間がかかった。各国は隕石落下に乗じた仮想敵国のドローン攻撃であると誤認し、むしろ迎撃を待って外交的な解決に動いたのである。数万に分裂した飛来物体は互いに200キロメートルほどの距離を保って六角形に展開し、地球表面全体を覆った。中国は独断で迎撃ミサイルを発射したが、飛来物体は難なくミサイルを躱した。これをきっかけに地球を覆う全数が一斉に反転して地表に殺到した。地表到達の直前に飛来物体は爆発した。核爆発だった。地球表面は瞬時にしてくまなく核の火の海に包まれた。

この第一撃を生き残れたのは何らかの形で地下にいた、あるいは避難できた人々とわずかな動物だけであった。龍田丸初代コック長の子孫が営む馬車道のレストランも、歴史的建造物もろとも壊滅した。

乗用車は地下やトンネル内にいたものを除けば全滅。航空機は飛行中、駐機中を問わずほぼ全滅。船舶も航行中、停泊中を問わずほぼ全滅である。軍隊についても事情は同様で、地下に格納されていた軍備、潜水艦以外の戦力はほぼ全滅。

おそらく標的の惑星まるごとの活動殲滅を意図したものであろう、敵意ある異星からの先制攻撃の威力はすさまじかった。この攻撃から数年間のうちに、敵異星文明は冥王星、土星、木星の軌道へと前線基地を構築した。この間、地球側はまったく何の反撃もできなかった。

第二波の攻撃は遊星爆弾と名付けられた3発の恒星間爆弾であった。遊星爆弾の本体は宇宙船であり、恒星間飛行そのままの高速で地球に衝突し、巨大なクレーターを形成して地下深くまで到達したのちに核爆発した。いわば極端なバンカーバスター(地中貫通爆弾)である。有人か無人か(敵宇宙人が乗っているのか否か)は判明していない。遊星爆弾はきわめて高精度な誘導がなされており、ユーラシア大陸、南北アメリカ大陸を正確に射抜いた。その様子は、月の探査観光基地によって克明に映像記録された。

この攻撃によって、西半球の残存人類はほぼ絶滅。残す人類はおよそ、日本、東南アジア地域の地下に潜む者たちのみとなった。地上の生態系は無残に破壊され、大気は濃い放射能に覆われてしまった。海中の生物も大きな影響を受けたが、幸いに地球の海は深く海水は多い。中層以下から深海に至る膨大なエリアに生息する魚類等海棲生物はまだ健在であった。

遊星爆弾と相前後して、火星に不時着する宇宙船があった。当然、火星探査観光基地の隊員は攻撃を警戒したが、不時着船からは用途不明の物資類と、通信メッセージを収めていると思しき記憶媒体が発見され火星、月、地球、宇宙ステーションの科学者チームが連携して解析にあたった。繰り返し現れる固有名詞らしきものがあり、それが解読のきっかけとなった。

やがて判明したメッセージは、友好的な異星人からの、地球を救うための援助と提案だった。ガミラス(敵性文明の名称)に反撃するために、海底に眠る沈没船の残骸を宇宙戦艦として再生し出撃させること、そのために必要な技術を送ったこと、残骸の場所は21世紀初頭の発掘データを参照すること、そしてガミラスの掃討に成功してイスカンダル(救世主文明の名称)に到達すれば地球環境復元の技術を提供する用意があること。

メッセージの語り手は女性に見え、スターシャと名乗った。地球人に似せたのかも知れないし、あるいは本当にそれがイスカンダル人の姿なのかも知れない。その切れ長の目と長い髪は地球人に強い印象を残した。

繰り返し現れた固有名詞は「ポール・アレン」を指していた。つまりスターシャは日本の戦艦、武蔵を宇宙戦艦にしろと言ってきたのである。

ポール・アレンは最晩年に「沈船発掘は太平洋戦争戦没者への追悼にとどまらない。未来の地球人類を救うためにやってきたことだ。」等の発言が多くなったと伝えられている。イスカンダルは以前から地球の危機を察知しており、SETIのチャネルを通じて選定したエージェントがポール・アレンだったというのが真相のようである。火星からの帰還は困難を極めたが、イスカンダルの技術供与によって、1944年、太平洋戦争末期にシブヤン海に沈没した戦艦武蔵は、人類にとってまったく未知の重武装と、恒星間航宙動力たる波動エンジンを搭載する、宇宙戦艦として再生した。

武蔵は就航直後に飛来した第三次遊星爆弾をその主砲によって撃破した。

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異星の超技術によって、実際に武蔵が宇宙戦艦として蘇り、海面に浮上したときには龍田丸は驚愕した。ましてやその主砲による防衛力を見せつけ、空中に浮上したかと思えばはるか宇宙に向けて進発していった姿に「これはいけるかもしれない」と胸が高鳴ったものである。艦長は当時五十二歳の日本人。冥王星域での戦闘によって一人息子を失い天涯孤独とのことであった。片道切符の覚悟であったことだろう。そして彼は大変によくやったのだ。

太陽系戦線において武蔵からは連戦連勝の報告が届いていたが、外宇宙に飛び去ってからの音信はなかった。地球周回軌道の探査衛星は、ジュールトムソン冷凍機をフル稼働させ、7ケルビンに冷やした宇宙望遠鏡でじっと外宇宙を見張っていた。ついに捉えた信号は武蔵ではなく、第四次遊星爆弾であった。地球到達まで1年。ガミラス星系から発射された時期はちょうど武蔵の会敵予定時期と重なっていた。武蔵は土壇場で刺し違えたか、あるいは力及ばなかったか。

落胆する人類のともにようやく武蔵からの電信が届いた。ガミラス本星の破壊に成功するも、遊星爆弾の発射を防げなかったこと。第四次遊星爆弾はガミラス軍事指導者が搭乗する有人宇宙船であること。武蔵は破壊され再生不能であること。よい知らせは、乗務員の一部はイスカンダル星に救助され無事。イスカンダルは地球環境と酷似しており、地球難民受け入れの用意があることだった。

そこで立案されたのが、太平洋戦争で全滅し、海底に沈む日本商船隊を宇宙船として再生し、残存人類をイスカンダルまで輸送する計画であった。

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今度の目的地は横須賀からトラック島どころではない。太陽系からおよそ16万光年のかなたにあるマゼラン星雲に位置する星である。その航路は長く伸び切っている。隙だらけだ。攻撃を受けかねない時間も極めて長い。ガミラスの戦力は粉砕したと武蔵は断言している。だが、いかに超兵器とはいえたった一隻でそんなことが可能だろうか。

かつて日本海軍の対艦巨砲主義、艦隊決戦主義はまったく時代遅れであった。敵国は、日本の軍事力を崩壊させるためには日本の戦艦を減殺するより、海上交通を担う商船隊を壊滅させて海上交通を遮断すればよいと最初から分かっていたのである。その武器は潜水艦。新兵器たる潜水艦には戦時国際法を適用しないことにより、商船もお構いなしに沈め放題としたのだ。

武蔵が遭遇しなかった、あるいは意図的に隠されていた、潜水艦のごとき新兵器をガミラスが温存している可能性はないのだろうか。今回のイスカンダル移住作戦が壮大な罠ではないとどうして断言できるだろう。龍田丸は煩悶しつつ長崎県沖に到着した。

「本来、先頭を征くべきなのは大洋丸、貴様なのだ」龍田丸はつぶやいた。

太平洋戦争勃発後、初の犠牲となった客船、大洋丸。連戦連勝の気分の最中に、長崎県沖でで雷撃により沈没した。軍人34名、民間人1010名、軍需品2450トンは海の藻屑となった。これらは占領した東南アジアの民政と行政の運営に参加するために送り出された、多数の優秀な官僚、医者、教育者、技術者たちであった。本来は新天地へのさきがけとなる使命を帯びた船だったのだ。

大洋丸は艦首に雷撃を受け、船体は炎上大破してしまっていた。海底に四散した残骸破片を回収し、招来安置された大洋丸の艇魂は意識を取り戻して懸命に努力したが、ついに船体は宇宙航海に耐える水準に達しなかった。

「龍田丸よ。おまえこそ先頭を切るにふさわしい。いまこそ永遠の別れ。イスカンダルへ征け!」海底船台にその未だバラバラな船殻を横たえながら、大洋丸は激励した。

太平洋戦争で沈められた商船は、日本近海、東南アジア全域に広く点在し、その数は2568隻に及ぶ。海底都市に逼塞する残存人類全員をマゼラン星雲まで運ぶ船団を作り上げるのは大事業であった。

武蔵の主砲によって遊星爆弾の直撃を免れた東シナ海、南シナ海、インドネシア沿海、そして日本沿海の海底に沈む船は、奇しくも太平洋戦争で壊滅した日本商船隊のもので占められていた。

爆発炎上などにより原型を留めず復元不可能なものを除けば、その数2133隻。再建作業は昼夜敢行で行われ10ヶ月という驚異的短期間で完遂された。これを守るべき宇宙護衛艦はかつての商船隊の天敵潜水艦、それも現役の潜水艦が転用され、武蔵が搭載していた主砲と同じ技術を持つ小口径砲で武装していた。その数1323隻。もはや丸裸の船団ではなかった。

高温多湿の地下都市生活は過酷である。狭い生活空間でぎりぎりの耐乏生活を営んできた人々は、数キロにおよぶ海底トンネルを徒歩で踏破して陸続と各海域の乗船場に集結した。

商船といっても、客船であった船はむしろ少数で、ほとんどが貨物船である。居住区域は本来は倉庫であり、そこにカイコ養殖で使われるような棚が作られ、寝転がって乗り込まねばならない。太平洋戦争で末端の陸軍兵が居住した空間に寿司詰めとなる。航宙冬眠ですぐに眠りにつくとはいえ、やはり過酷な環境であった。だが、残れば遊星爆弾にやられるだけ。人々は粛々と歩き、驚くべき自主的な規律のもとでおよそ12万人全員の乗船が完了した。

便宜上、船団は太平洋戦争時と同じコードネームが当てられた。

先頭を飛ぶ龍田丸に率いられるように、シンガポール沖からはかつてのミ08、11船団、マニラ沖からタマ21、24、25船団……赤く濁った大気の中へと船団は分厚い護衛艦隊に守られながら次々と浮上し力強く上昇し、合流していった。ここに、かつて壊滅した日本商船隊は、宇宙商船隊として復活したのである。

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人類を乗せた船団は順調に航宙を続け、火星星域に到達した。イスカンダルからの知らせを受け取り、地球人類を滅亡の淵から救った火星基地の英雄を収容するのは、先頭をゆく龍田丸の栄誉である。龍田丸は火星周回軌道の母船に接舷し、基地離着陸船から乗り込んだ隊員を収容した。

船内では盛大な歓迎会が行われた。一等ラウンジとダイニングルームは本来の役割を取り戻したかのようであった。火星基地隊員はその素晴らしい装飾に感嘆し、本格的な料理を堪能した。

「宇宙の航海も悪くないな。せまい船室でがまんしている人々も、長い旅程、順番に本船に招待せねばなるまい。」龍田丸は思った。

なんの気配も感じなかった。次元転送レールガンの砲弾は、至近距離で出現するとイスカンダル製防衛システムが作動する間も無く、龍田丸の艦橋を射抜いた。船長以下、上級乗組員は初弾で全滅した。ついで側面から10数発の砲弾が命中し龍田丸の超高靭性鋼板製の分厚い船体を貫通。波動エンジンに引火し、龍田丸は後部から艦首へと順に音もなく爆発炎上し無数の破片となった。ガミラスの新兵器であった。せっかくの護衛艦は、どこに向けて主砲を打ったらいいかさえわからなかった。

龍田丸の艇魂は、宇宙空間に四散、永久に消滅した。

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旗艦龍田丸の突然の喪失は、船団を大きく動揺させたが、引き返そうにも地球にはすでに第四次遊星爆弾が着弾していた。その爆発閃光は火星星域から肉眼でも認められるほどであった。

船団は警戒を強化したが、その後しばらくは被害なく航宙し、木星星域に到着した。

木星のガミラス前線基地は武蔵によって一度は撃破されている。だが、ガミラスは迅速に陣容を立て直し、新兵器、次元転送レールガンを100台規模で配備していた。この兵器は砲弾と発射エネルギーの装填に時間がかかるため、ガミラスはおよそ30台を1部隊として3交代で運用し、連続射撃を可能としていた。

りま丸は太平洋戦争において、南方戦線への師団投入の任を帯び、3000名の兵士を載せて航行していたところ、鹿児島県沖の雷撃によってわずか7、8分で沈没し乗員全員が犠牲となった。今回も宇宙商船として約3000名の避難民を満載していたが、惜しくも木星星域における最初の犠牲となり、やはり乗員全員が眠ったまま宇宙空間に散った。

ガミラスは、地球の護衛艦隊が次元転送レールガンに対して有効な防御策を持たないことを十分に察知しており、堂々と無線連絡をとりあって攻撃の段取りをしていた。ガミラス語の自動翻訳によってその様子は地球側船団に筒抜であったが、地球側にできることはわずかだった。

標的にされたりま丸の船団は、隊列を崩して散り散りに逃げた。護衛艦大鷹がまず爆発炎上し轟沈。ついで大型客船の帝亜丸が被弾した。

木星星域では2万人近い乗員、300隻に及ぶ護衛艦、宇宙商船が犠牲となった。

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木星の悲劇を脱出した船団は、土星星域に到達した。木星から土星への長い航路の間に、地球船団は護衛艦を集結し次元転送レールガンの早期警戒にイスカンダルの恒星間航法装置のナビゲーションシステムが転用できることを突き止め、主砲による先制攻撃の方法を編み出した。これによって地球側護衛艦隊は善戦し、150台に及ぶ次元転送レールガンを破壊したが、制宙権を取り戻すには至らず、再び多くの犠牲を出した。

太平洋戦争中に沖縄から本土に疎開する小学生、引率教員、住民、乗組員の合計1665人を満載した対馬丸は、最初の雷撃をかわすものの数発の直撃弾を受けて沈没した。このとき児童の9割は助からなかったという。雪辱を期し、人類脱出のため宇宙商船として再生したが、惜しくも土星近傍で次元転送レールガンの直撃を受け、大破炎上した。

太平洋戦争末期には、敵国に完全に制空権を握られる中、石油などの物資、精鋭部隊の輸送のために商船隊が戦火の中を進発した。そのすべてが無謀な作戦だったといえるだろう。なかには生還する船もあり、干天の慈雨というべき恵みを到着した港にもたらしはしたものの、それはあくまで強運と偶然によるのもで、終戦にいたるまで幾度も生還できた船はほとんど存在しない。

土星戦役はまさにその悪夢の繰り返しとなってしまった。きわめて多くの宇宙商船が人命とともに失われた。

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冥王星にあったガミラスの前線は放棄されており、土星戦役を生き残ったわずかな船団は外宇宙恒星間航宙に移ることを得た。この間、船団を攻撃することはガミラスの科学力をもってしてもいまだ不可能であった。

しかし、イスカンダル星をとりまく衛星軌道にはガミラスによって無数の宇宙機雷が散布されており、地球船団は恒星間航宙の終了直後にその真っ只中に突入してしまった。これを突破できるとすれば運に頼るしかない状況だった。

その強運を備えていたのか、結局イスカンダル星に到着したのは2133隻の宇宙商船、1323隻の護衛艦からなる大船団のうち、目立たない中型船である第二新興丸ただ一隻だった。

第二新興丸は海底ケーブル敷設船として1938年に進水。武装を施されて様々な海域で作戦行動に従事し終戦を迎えた。終戦直後は樺太からの引き揚げ船として活躍。攻撃してくるソ連船に対し白旗をあげる代わりに果敢に反撃して生き延び多くの引揚者を日本本土に送り届けた。

平時にいたって後は民間の船会社に所有が移り、幾度か船名も変わり、パナマ船籍になったりなどして50年を超える長い船齢をまっとうした。船籍抹消後はおよそ120年間、漁礁としてインドネシア沖の海底に休んだ。

龍田丸に見出されて、武装宇宙商船として再建されたとき、任命された船長が変わり者で護衛艦並みの武装で船をハリネズミのように仕立てた。

そしてついに3548名の地球人類をイスカンダル星に送り届けたのであった。現地では波動エンジンからジェットフォイルに換装し、イスカンダル星を覆う海で再び商船として活動し現在も就役中である。

文字数:9720

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