ドミニオンズ・リーグ

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梗 概

ドミニオンズ・リーグ

瞬間、背中に伸ばした翼を体にひきつけ葵(あおい)はバットを振りぬいた。 バットはボールの真芯をとらえ青空を駆け上り、レフトの頭上を越えていく。 ドミニオンズ・リーグの優勝をかけた2戦先取のプレーオフ。 第1試合目は、葵のチームが勝ち星を上げ、優勝に王手をかけた。
天使…性別はもたず、半不老不死。鳥類と同様に気嚢をもち、効率的に全身に酸素をおくりこむ。肩甲骨から生える翼を支える発達した背筋や肩筋は強い投球力をもたらす。しかしその翼は、空をつかんで自重を支えるにはあまりに頼りない。
飛べない翼をもった永遠の球児たち…
天使たちが暮らす<天界>では、原則あらゆる競争が禁じられている。唯一許されているのは野球のみ。それゆえ<天界>の天使たちはみな野球観戦に熱中し、幼年の天使たちは野球選手に憧れた。
<天界>には、1部から9部まで計9つの野球リーグが存在する。 その中でも4部リーグ:通称ドミニオンズ・リーグは 、1部リーグに劣らず天使たちの大きな注目を集めていた。 というのも、ドミニオンズ・リーグで優勝したチームはプロリーグ入りするからだ。 3部リーグ以上は上位リーグと呼ばれ、その選手らは政府から年俸がもらえる。ちょっとした特権も与えられるらしい。
今日、そのプロリーグ入りを賭けたプレーオフの第1試合が行われた。
第1試合が終わった後、葵はひとりで河原を歩いていると、偶然晶(あきら)に出くわした。晶は葵の幼なじみであり、葵に野球を教えてくれた天使だ。晶に出会って葵は野球を知った。そして葵にとってプレーオフの対戦チームの選手でもある。晶は前シーズン、優勝チームと対戦した際に鎖骨を骨折して以来今日に至るまで、公式戦には出ていなかった。
葵はしぶる晶をキャッチボールに誘い、話を聞く。「骨を折ったときの試合は散々な結果だった。 あれ以来野球に身が入らなくなった」と。しかしキャッチボールをとおして葵は、晶の投球の切れ味はまったく落ちていないと感じた。
骨折自体は珍しい事じゃない。というかよくある。天使の骨格は鳥類と同様、中空のトラス構造をしていて、骨折しやすいが治るのもまた早い。問題なのは、心まで折れてしまったこと。他者との優劣を決めるものさしが野球しかない<天界>では野球でくじかれた心はもうとりかえしがつかない。
葵はそれでも「もう一度晶と野球がしたい」と伝えた。
プレーオフ第2試合。中盤で均衡が崩れ、葵のチームがリードした。相手チーム、ピッチャー交代。マウンドに晶が立った。晶の健闘により、葵は逆転負けを喫した。
そしてプレーオフ最終戦を迎える。
このとき二人はまだ知らない。上位リーグ選手の特権、それは「人間」と謁見する権利。そして「人間」から<天界>がかつて地球とよばれていたことや、天使の出生の秘密について教えられることになる。そしてそれを知ったとき、永遠だった幼年期は終わりをつげる。

文字数:1176

内容に関するアピール

今作は天使が野球をする青春ディストピアSFです。
主眼としては、どちらかというとSF的な世界観を描くというよりかは、特殊な世界設定をドラマに活かして思春期の豆腐メンタルを描くことにおいています。
紙の動物園をSFの幅の広さを示す参考書にして「これがSFだ! と、あなたが思う短編を書いてください」というお題でしたので、SFっぽい道具だてはできるだけ使わないようにして、「まあこういうのもありかな」という感じのものを目指してみました。
今回のお題はこの講座全体を通してのお題な感じがしますね。
自分はスポーツに限らず、あらゆる競争というものが苦手です。本当はこのように、人に見られて採点されるというのはなかなかにつらいし緊張するのですが(自分で参加しといてあれですが)。この梗概はそういったなかでも自分なりに楽しさを見つけていこうという、この講座の所信表明でもあります。
ということでこの一年、自分なりのSFをいろんな切り口で探していきたいと思います。
よろしくお願いします。

文字数:431

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