きみの棺はつるつるしてる。

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梗 概

きみの棺はつるつるしてる。

 モモが処刑機械のことを知ったのは妊娠がわかって出産のために望町のユウスケの実家に住み始めた頃のこと。処刑機械は流線型だけど棺に似てる。飛行船のミニチュア、弥生時代の甕棺墓みたい。空から落ちてきた日からずっと望町の平和を守ってるそう。その抗いがたい美しさは男も女も関係なく惹きつけるから、みんな喜んで棺に入る。次に蓋が開いた時には彼らの肉は切り刻まれ何重にも折り畳まれて一冊の本になっている。本に書かれた文章は処刑された彼らの人生全部の記述、ライフログになっていて、裏表紙には「判決文」——「彼(彼女)が処刑された理由」も書いてある。
 住民たちはローテーションで棺による処刑の立ち会いをやってるらしくて、モモにも順番が回ってくる。今度処刑されるのは妊娠した恋人に赤ちゃんを堕ろさせた大学生の佐々木翼君。モモは夫に言う。「待ってよ、確かに倫理的に考えて赤ちゃん堕ろすのってすごく色んな問題を抱えてるし、ていうか私だってすごくいやだし『ふざけんな』って思うよ? でもそれとは別に現実問題として法で裁けないことを町のルールで裁くってどうなの?」「ちがうよ。町のルールじゃなくて、決めたのは棺だから」ちょっと何それ……。「そもそも棺ってどういうものなの?」「さあな〜」「ええ……?」「わかんないけど、俺がガキの頃からずっと、棺が町を良くしてきたことは確からしいし」「『らしいし』って……。ユウスケ、なんか思考停止に陥ってるみたいに見えるけど。だって『処刑』だよ? 殺すってことでしょ?」「厳密にはちがうよ。本になるんだから」「命のこと、どう考えてるわけ?」「そこに観点を置くなら堕ろすのだって同じじゃない?」「……」「とにかくこれは決まってることだし、それにモモはまだこの町に来たばっかじゃん。最初だから違和感持つのもわかるけど、安直に外のルールを持ちこもうとしちゃ駄目だよ。棺の取り決めに従わなかったせいでモモが処刑される未来だってありうるんだよ? 俺、そんなのいやだよ」
 立ち会いの数日前に会った佐々木翼君はモモと同じ町の外から来た人で、モモは同じ不信感を抱える彼と意気投合するけど、それに気づいた佐々木君の彼女の麻友子ちゃんがモモの目の前で佐々木君を刺す。すると棺が突然現れて麻友子ちゃんを食べてしまう。
 このことに対してもユウスケは「棺の決めたことなら仕方ないよ」と言う。
 それでモモは泣いてしまう。ユウスケは今も優しいしモモのことをちゃんと大切に思ってくれてるってことは伝わるけど、モモには絶対に容認できない不条理なルールをきっぱり黙認してしまえるユウスケとこれ以上一緒にいるのは無理なのだ。自分だけならいい、でもこれから生まれてくる子どもがモモたち両親の板挟みになって二人の間にできた溝に落ちていってしまう未来が透けて見えるようなのだ。
 ユウスケと離別し、望町を離れ滋賀からも出て埼玉の実家に戻る。
 実家の近所の病院で、モモは棺を出産する。
 蓋を開けると中に本が入ってる。まだ名前もないモモの子どもは生まれる前に本になってしまい、だからライフログは皆無でページは全部白紙だ。裏表紙の判決文は「パパとママの仲を引き裂いた」。
 退院後、モモはその本に小説を書き始める。生まれるはずだった子どもの人生を空想して書いていると、本の形をしていてもちゃんと我が子のように思えてくるから不思議だ。毎日書き進めては新しいページに栞を挟んで本を閉じるから、名前は「栞」に決める。名前が性別を呼び込む。うちの子は、女の子。別れた夫はまだ一度も、娘の顔を見に来ませんが。

文字数:1476

内容に関するアピール

 ハンナ・アーレントのアイヒマンへの言及を引くまでもなく、物事が高度にシステム化ないし習慣化された時、人は倫理性に対する感覚を著しく鈍らせてしまうことがあります。そんな状況下で生じる「理不尽と暴力」を僕自身が地元滋賀県の田舎町に住んでいた時分に感じていた「伝統的なもの」を尊重することの窮屈さの中に見いだし、その窮屈な状態に異を唱える町の外部の人間と町の住人との間の軋轢を描くことで、「村的なるものの世界」と「都市的なるものの世界」という相反する二つの世界間の価値観の齟齬を現出させようというのが本作のねらいです。よって物語は主軸となる主人公夫婦それぞれが「都市的なるもの(=妻)」、「村的なるもの(=夫)」の役割を担い、決して相容れず対立し続ける構図をとります。伝統は時にただ無根拠に尊重されすぎるあまり形骸化してしまうものだし、そうなった時、それを守り続けてきた人たちほど、生じてしまった不条理さや暴力性に対して鈍感になる。その不条理、そしてその不条理を長く根付いた習慣から黙認するしかなくなってしまっている村人たちのままならなさを、村の外部から参入した都市の人間の苛立ち混じりの視線を介して描くことであぶり出したい。
 つまりは、新しい環境に踏み入ったとき人はなんとかその環境に適応しようと努力をするけれどどれだけ頑張っても結局は以下のように言うしかないことがあるということです。曰く、「わかるわけねーだろ」。

 実作で最もやりたいことは上記の形で円城さんの課題に応えることが一点、他にもう二点あります。
 その一つは、処刑機械の機械的な内部構造を細部まで記述し、それが人を切り刻み加工し本に造り変えていく様を精緻かつグロテスクに描ききるということです。
 もう一つは、登場人物の麻友子は本当は妊娠していないのに妊娠したと思い込み恋人や周囲を振り回す困ったメンヘラちゃんにしようと考えているのですが、その描写を、僕が数年前に実際に経験したメンヘラ恐怖体験をもとにすごいリアリティを持たせながら書きたいということです。

文字数:857

課題提出者一覧