時を聲てひびきわたる、耳をふさいでもき聲てくる、わたしの(ものではない)谺

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梗 概

時を聲てひびきわたる、耳をふさいでもき聲てくる、わたしの(ものではない)谺

森を出ると同時に視界に入った城は、崩落寸前の黒ずんだ三叉の燭台に見えた。その城主に招かれて、技師は首府から遠路はるばるこの山間の町へやってきた。かつてここでは、異端の邪宗が栄え、諸王の命により十字軍が派遣され比類なき規模の虐殺が起こった。千年以上も前の出来事だが、火薬の跡が見てとれる城壁は、その歴史がまだ息づいていることを物語っていた。

正門の前で執事が待っていた。執事は庭を技師と歩きながら、城主からの伝言、すなわち礼拝堂を修繕し聖歌隊の歌が響くように設計する依頼を改めて伝えた。

城内は暗く、静寂に満ちていた。執事が端末機をかざすと照明がともる。豪奢な階段の前に、一様に紅毛で白肌の少年が12人並んでいた。

「彼らが聖歌隊ですか?」「この者どもは、城内を巡るのに必要不可欠なのです」いぶかしむ技師を尻目に、執事は先へ進んでいく。「実地にてご説明いたしましょう」

執事に少年たちが続く。技師は少し距離を置いて追う。階段をのぼり廊下を渡り、やがて一行は大きな扉の前で立ち止まる。執事が目配せすると、ひとりの少年が進み出る。

春が野に若菜摘みつつよろづよを祝ふ心は神ぞ知るらむ

扉の解錠する音がものものしく響く。技師は思わず感心した。「なるほど、白人奴隷を使った声紋認証錠ですか。しかし、こんなに大がかりだと面倒ではありませんか」「それが主の命でありますから」執事はこともなげに言う。「各々の持ち場をお知らせします。彼が第一塔、彼が礼拝堂、彼が第一廻廊……」

技師は城内で寝泊まりし、毎日蔵書室へ通った。礼拝堂は初日に見学し、首府を立つ前に執事へ送った設計書で問題ないことを確認した。技師は城に魅せられていた。蔵書室で城の歴史書を読みあさり、少年を連れ回して探索した。そして不自然な点に気づく。城主が姿を見せないのだ。技師は少年たちと城主の部屋へ向かう。そのときまで一度も声を聞いていなかった少年が歌う。

よろづよをまつにぞ君を祝ひつる千歳の陰に住まむと思へば

扉が解錠される。部屋の中で年老いた男が胸から血を流して倒れていた。技師は動じずに考えこむ。少年たちは常に技師が連れ回していたし、他の少年の歌が響くことはあってもこの部屋の鍵の少年の歌は聞いたことがない。誰が、どうやってこの高い塔をのぼり、この厚い扉を通り抜けることができたのか。不意に蔵書室で読んだ歴史書の一節が脳裏をかすめる。異端の教義。人の子たる救い主は永久不滅である。肉体が滅びようとも、祭りあげる対象さえあれば祈りは通じる。そして救い主を再臨させるために、この城に集った教徒たちが煽動者を聖壇へ祭りあげた。その供物の祭儀は現代まで続けられていたのだ。

背後で扉が閉じられる。男の死体は消えていた。扉を叩いても喚いても12人目の少年は歌わない。うなだれて玉座に座りこむ。

去勢された天使たちの歌声は未来永劫わたしのために響きつづけるだろう。

文字数:1193

内容に関するアピール

【梗概で提示したなぞ】

  1. お城自体がなぞの存在
  2. なんで密室的状況で人が死んでいたのか、ふしぎ
  3. 声で認証してドアのロックを解除するのがちょっとへん

最初、「アクロイド殺し」をもじって「ボーカロイド殺し」というタイトルでストーリーを考えたんですが、ボーカロイドをどうやって殺せばいいのかよくわかんなくなっちゃって、だったら反対にボーカロイドに殺されるというふうに考えればいいんじゃないかって直してみたんですけど、そうしたらSFのSの要素がなくなっちゃったので、だから代わりにF(フューチャー)的要素を強めて、物語の舞台は近未来のキリスト教が支配的な地域ということに設定したら、今度は作中の歌がそぐわなくなってきたので、梗概で掲出した歌は仮のもので、もっと適切なものを実作を書くときに探そうor作ろうと思っています。

文字数:350

課題提出者一覧