クリスマス・キャロル Ver2.0

印刷

梗 概

クリスマス・キャロル Ver2.0

クリスマス・イヴの夜、Sは何をしようにも退屈で、ベッドに寝そべり就寝まで暇をつぶせるものはないかと考えていた。

信用経済がアップデートされ、人々は個人で貨幣を発行し、PV(Parsonal Valuation)に基づいて自身を信用材として、市場から資金調達をする超間接金融社会の中で生きていた。SはPVの基盤である会計基準に基づいて上場されるPV が適正か否かを監査する仕事を十数年してきた。

 

クリスマスといえば、7年前に失踪した幼馴染のMから本をプレゼントに貰ったことを思い出した。どうせ今夜はやることもない。適当に昔貰った本でも読むか。Mからの貰った本は、今では珍しいペーパーバックで、容易に見つけることができた。

その本はディケンズのクリスマス・キャロルだった。幼年期にタブレットで読んだきりだったので、Sは懐かしさを感じながらページをパラパラとめくった。すると、裏表紙の隅に、『君の前にも精霊が現われますように』とMの字で書かれていることに気づいた。その言葉に疑問をもちながらも、Sはベッドに横になり読み始めた。児童文学と高をくくっていたが、久しぶりの読書と日ごろの仕事の疲れからか、Sは颯爽と眠りについてしまった。

 

Sは夢の中で、3人の奇妙な男と出会った。

はじめは少年で、容貌の割には随分と博識だった。少年は、幼いながらも社会に疑問をもっているのか、Sに思想めいた質問をしてきた。Sもこうした問答も嫌いではなかったので、少年の知的好奇心に真摯に答えるよう努めた。

「人が信用をえるには、他の人に自分の情報を教えなくちゃならないんだよ。君は民主主義っていう言葉は知っているかな。」

少年は答えた。

「中世のキリスト教圏国家では、商人は帳簿を作るときに帳簿の隅に十字を書いてたんだって。それほど、当時の人々にとって善悪を自ら審判することは神聖なものだったんだ。今は市場が成熟しすぎちゃったよね。PVによって個人が自らの価値を決める社会になんだもん。相互監視社会になればなるほど、かつて神の仕事だったものが個人に委譲されているときた。民主主義っていうのは神の仕事をみんなで手分けしてやることなんだね。」

 

次は活気に溢れた青年だった。青年は、過激な問題提起をSに投げかけてきた。

「今の市場経済では、労働より投資が市場に対して有益な価値を生む行為になっているかもしれません。いずれにせよ、労働や投資なんて行為を人は隣人愛とかいうおめでたい言葉で装飾したがります。つまるところ、人は、物的な贈与や投資なら見返りとなるリターン、無形の貢献活動ならそうした貢献をしたことへの自己満足的快楽あるいは社会的価値の向上という無形のリターンを求めているに過ぎないです。」

「君はずいぶんひねくれているな。君は利己心という言葉をはき違えている。」

「ええ、ひねくれているといわれても仕方がないでしょう。でも、人は真なる感情を無意識のうちしまい込んで、良心に酔いしれているだけなんです。人は良心を得て他の獣より優位に立っていると思っていますが、私はむしろその逆だと思います」

 

最後の男は老人で、Sの職について冷静な態度で批判してきた。Sは、むっとしながらも、なるべく論理的に男に対して反論した

「監査といったモニタリング行為は、対象の信頼性の向上につながり、社会全体でみれば有意味だと思います。」

老人は諭すように答えた。

「それは、繰り返しゲームの一部だけをみた部分ゲーム的な主張だ。監督されるものは、それが適当に監督されているかどうかさらに監督されなければならない。そして、監督の連鎖というのは無限に続き、ホムンクルス問題を孕んでいる。これはゲーム全体において意味はないと・・・。」

 

Sは言葉が終わる前に目を覚ました。Sは嫌な夢をみたというだけで、男たちの容貌も、話した内容も殆ど忘れていた。Sはふと枕元に置かれたクリスマス・キャロルを手に取り、ページの後半にスピンが挟まっていることに気が付いた。昨夜までスピンなど挟まっていただろうかと思いながら、Sはページを開いた。そのページには次の言葉に線が引かれていた。

 

我々が囚われている鎖は、我々が生み出したものに他ならない

 

スクルージはイヴの夜に3人の精霊に出会い、最高な気分でクリスマスの朝を迎えた。

Sはイヴの夜に3人の男に出会い、最悪な気分でクリスマスの朝を迎えた。

 

文字数:1787

内容に関するアピール

初回の講評を踏まえて、自分はそもそも起承転結の枠組みで物語がかけていないこと、自身の職業を起点に物語を書くことも有効な手段であるということを学ばせて頂きました。そこで、今回の梗概はこの2点に注力して書きました。

本稿は、構造をディケンズの「クリスマス・キャロル」をモチーフにし、主人公のスクルージが近未来の会計士だったらという頭出しで書き始めました。ある意味、会計士も世間的に拝金主義的なイメージがありそうだったので(実際は違いますが)スクルージとマッチしていると思いました。また、3人の男は、市場の代表的な登場人物である経営者、投資家(又は雇用者)、監査人というタグ付けをさせて頂きました。

スキットにリソースを多くさいた結果、文字数が大分嵩んでしまいご足労おかけしますが、季節外れのクリスマス・キャロルを読んで楽しんでいただければ何よりでございます。

文字数:375

課題提出者一覧