忘却の嬰児

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梗 概

忘却の嬰児

「きみってさ、ほんとーにここにずっといるの?」

「そんなのはさして問題じゃない。僕をどう認識しているかが重要なんだ」

「ふーん。なんだかよくわかんないや」

「僕はここにいるよ。君から見たらずっとそうだ」

 

 

※※※

 

 

トゥルパ・オルパはレトナーノの守り神であると言われている。彼は信仰度に応じて結果を好転させる能力を持っている。民衆が信仰に身を捧げれば捧げるほど、街は発展を繰り返してきた。民衆はトゥルパ・オルパへの感謝を忘れられることのないよう、年に一回宴を開催することにした。
 しかし、時が経つと共にその風習も形骸化する。宴は今やどんちゃん騒ぎをしたい若者が集うための記号に成り果て、トゥルパ・オルパを心から信仰する者など数えるほどしかいない。以前信仰していた者も年を重ね、捧げ物をするという習慣も形だけとなっている。

 

 

※※※

 

 

「トゥルパ様がいなくなってしまわれた!」

神官が語気を荒くして飛び出してくる。トゥルパ・オルパが昨日まで座っていた玉座はもぬけの殻で、もはや今まで何も存在してなかったかのように空虚が広がっている。
 信仰していないとはいえ、トゥルパ・オルパがいなければ宴など何の意味も持たない。然してレトナーノの民は彼を探し始める。

「彼は私達とちがって赤い目をして透き通るような白髪。紛れられるはずもないわ」

「いやいや、何を言っているんだ君は。彼は鮮やかなエメラルドグリーンの目に燃え盛る炎の髪だったじゃないか」

「え、みんな何を言っているの?トゥルパ様は……」

みな一斉に様々な容姿を挙げる。誰一人として同じ容姿を挙げない。しばらく押し問答を続け、次第に民衆はその異変に気づく。

誰もトゥルパ・オルパの存在を認識できていない?

民衆は興奮冷めやらぬ勢いで探す。彼らは祭がしたいのだ。

 

 

※※※

 

 

なにかが泣いている。少女ミサがそれを見つけたのは嵐の吹き止まぬ、ある晩であった。そのなにかは布に包まれ、庭の飼葉おけの中にいた。可哀想に思ったミサは家に持ち帰る。ミサが布をそっと開くと文字が刻印された石が泣いていた。ミサはその石を手に取る。彼女の頭に嵐はいつ止むのだろう、と疑問が浮かぶ。その瞬間石が光り、嵐は少し弱まった。ミサはこの時気づかなかったが、後に意味を知る。

 

 

※※※

 

 

民衆はついにトゥルパ・オルパを見つけることができずに誕生の宴開催日当日になってしまう。「トゥルパ様は本当にいたのだろうか」という民衆の1人の戯言が恐るべき速度で民衆に感染する。彼らは形骸化しすぎた風習に終止符を打つこととなる。祭が始まる。彼らは騒ぎ、いっときの楽しさに身を委ねた。嵐が近づいている。彼らは気づかない。

 

※※※

 

 

ミサは家にいる。腰が悪く、最早満足に立つこともままならず、椅子に一人腰掛けている。

「あなたもがんばったわね、トゥルパ」

「……」

「声も出せなくなって」

「……」

「あなたはここにいるわ。私から見たらずっとそう」

 

文字数:1216

内容に関するアピール

人間は何かを信仰し、それを示すためにしばしば祭や宴という形をとって信仰対象を祭ります。しかし、ときにそれは形骸化し祭自体を楽しむという本末転倒な状況も起こりえます。そこからテーマの概要を得ました。形骸化した信仰は果たして信仰だと言えるのでしょうか。ただの自己満足に陥る可能性のあるその状況を書けたらいいな、と考えています。パートは大きく分けて2つあって、ミサがトゥルパ・オルパと邂逅し、彼が街の守護神へと育っていくパートと、民衆が形だけの信仰を掲げて結果的に彼のことを忘却してしまうパートを織り交ぜて書きたいと思っています。難しいテーマではありますが、がんばります。宜しくおねがいします。

文字数:294

課題提出者一覧