リオから来た男

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梗 概

リオから来た男

ブラジルの外れ、ペルーとの国境近く、齢六十になる男が住んでいる。男は大きな農園を持っており、悠々自適の生活。妻、三十歳になる息子と三人暮らし。

ある日の夕食時、男は話を始める。
「大変だ。この歳になって、新しい手が生えてきた。それも二本も。足も二本。ついでにしっぽも」
「しっぽ?」と息子。
「性器の暗喩だ」
「何も生えてませんよ」
「目玉が二つ、口が一つ増えた」
「鏡を見てごらんなさい。いつもどおりの汚い顔ですよ。カバそっくり」
「腹がすいたな、おっぱいが飲みたい」
「母さん、父さんがおかしくなっちゃった」
「いつものことですよ」と男の妻。

数年後、一家は農園を売り払いリオに移住する。こちらにきてから、男は夜7時には寝床に入り、昼過ぎまで寝ている。その分、起きているときは妙に溌剌としていた。
「お父さん、最近元気ですね」
「生まれ変わった気分だ。ザリガニが脱皮したときのように。髪だってふさふさだ」
 息子は父親のつるつる頭を眺め、ため息をつく。
「なぜリオに来る気になったんですか」
「時差の問題だ」

更に数年後。珍しく早起きをしている男。
「鼻の頭が痒い」
「掻いたらどうですか」と息子。
「うむ。しかし今、ピアノのお稽古中で手が離せんのだ」
 息子は父親を見る。いつもどおり寝転がってテレビを見ているだけだ。
「暗喩ですか」
「いいや、極めて明示的な意味において」
「僕が掻いてあげましょう。ほら、このあたりですか」
 息子は父親の鼻に手を伸ばす。
「違う、そこじゃない。もっと遠く。ずっとずっと遠くだ」

更に数年後。七十を越えた男は、一人日本に向かう。

「まずいな」
 すでに数時間、樹海を彷徨っている。夏休み、里帰りをしていた私はちょっとした冒険のつもりで裏山に登り、油断して道を見失う。自分が普通の子供と同じだとは思っていなかった。しかしいかんせん、小学五年生の体。体力の限界は近い。
 暮れゆく空。遠くに街の明かりが見えたが、目の前には子供が渡るには深すぎる川。私はその場に寝っ転がり、空を見る。もう一歩も歩けない。しかし私は失望していない。「もうすぐ。もうすぐだ」

その時、川を渡り、異国の老人がやってくる。私は、少年の体を老人の背中に担ぎ、川を越える。

男はあるとき、自分が二つの身体をもっていることに気がつく。一つはブラジルに住む60歳の男、もう一つは日本の赤ん坊の身体を。男は、一人の人が自分の右手と左手を別々に動かすように、二つの身体を別々に動かすことができた。ただ、二つの身体を同時に使うと混乱することも多いため、日本の身体がある程度成長してからは、日本側が夜の12時から朝の7時までの7時間睡眠、ブラジル側が夜の7時から昼の12時までのまでの17時間睡眠という交代制で生活している。昼夜を完全に反転させるため、ブラジル側の身体は日本との時差が12時間のリオへ移住した。

一度、二つの身体を会わせたいと思った私は、ブラジルの身体を日本に向かわせる。ちょうどその頃、日本の身体は山で遭難。ブラジルの身体が救助に向かう。

文字数:1245

内容に関するアピール

一つの意識に二つの身体をもつようになった人間の話です。身体の年齢差を考えれば、転生ものの特殊例(まだ生きているうちに赤ん坊に転生?する)といえるかもしれません。

ブラジルパートは息子から見た三人称。日本パートは少年視点の一人称。老人視点は伏せておき、二つの身体が出会うところで少年と老人の視点が混ざり合う、という趣向を考えています。

文字数:165

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