梗 概
ゴキブリポーカー
マックは唸ると、手持ちのカードをテーブルの上にぶちまけた。今、引いたカードを加えれば、害虫八種類の図柄がちょうど揃った形だ。負けは決定。他の面々は喜色を浮かべて立ち上がった。敗者が一人で残りは全員が勝者。ゴキブリポーカーはそんな負け決めゲームだ。そしてマックは、このゲームに滅法弱い。
「今週も循環システムの掃除はまかせたぜ」
「毎度、ボランティアありがとう」
「クソッ。こんなチンケな害虫よりも、もっととんでもないムシは宇宙にいっぱいいるってのに」
「まあ言うな。これは、我々の母星の古き良き伝統ゲームだ」
カードゲームに興じていた者たちが乗る宇宙船は、銀河帝国の通信環境の悪い辺境地帯を小型宇宙艇(通称シングルエアー)で移動する孤独な宇宙の旅人たちに、「楽しい会話と友情」を手軽な料金で提供している会社の、動く営業所だ。
旧式な外見とは裏腹に、船には高度な通信設備と宇宙の生物データベースが搭載されている。広い宇宙で、会話サービスの提供を希望してくる生物は多種多様だ。音や光、触覚といった一般的な通信手段が通じない場合でも、相手に合わせて変換できる手段が必要になってくる。
一方、乗組員は、生まれた星がどこであれ、同じ種族もしくは亜種に属す者で統一されている。これは、低コストで体にあった船内環境を整えるためだ。この船には、地球をルーツとするヒューマンタイプが三名、乗り込んでいる。
大食らいのマック、嘘つきヨタ、女に弱いドンファンと、珍しくも純粋な男性型ばかり。それからこの手の航海にお決まりのこととして、システム全般を司るAIの子機が一台、地球型小動物の姿で動き回っている。愛称はマダム。なかなかに辛辣な物言いで航海にスパイスを添えながら、三人の仕事をアシストしていた。
だが、彼らは現在暇を持て余している。
先日のちょっとしたトラブルのせいで船のシステムに不具合が生じ、客の情報検索にひどく時間がかかる上、通信機器の翻訳機能が十分に働いてくれない状態なのだ。それでは、「楽しい会話と友情の提供」がおぼつかない。
そんなわけで、こちらの支店は開店休業中。
接触を試みてくださった皆さま、申し訳ございません。またのご利用をお待ちしております。
「これだから男なんてものは」
マダムが憤然として、決まり文句を口にする。
「気が利かなくてすまなかった。謝るよ。だから、一刻も早く修理を頼む」
ドンファンが下手に出るが、マダムの怒りは解けない。
「やっています。現在この船で働いているのは、私だけです。お忘れなく」
「何をやらかしたんだ?」
ヨタが小声で訊ねる。
「あれさ。あのカレンダー」
視線の先を辿ると、もらいものの暦があった。新しく見つかった星を掘削する重機の写真が添えられている。
「極めて健全じゃないか」
「人間的には、な。だけど、機械にとって動力部分がさらけ出されている姿は、大変に破廉恥なものらしい」
「はあ」
「人間でいうところの大股開き状態」
「……相互理解は大事だな」
「違いない。この船の鉄則さ」
マダムはカレンダーを剥がすと、ダストシュートへと放り込んだ。マックは我関せずとばかりに、スナックを黙々と口に入れている。
暇だ。暇なのだ。
こんな不毛な小競り合いは、誰だって御免被りたい。しかし限られた頭数での会話には、飽きが来る。場合によっては恋が始まる場面かも知れないが、生憎と彼ら三人は揃ってノーマルな性嗜好の持ち主だった。対象となる相手がいない。
と。その時。通信機器が反応をした。なんと、近くを航行中のシングルエアーが、単純通信法で接触をしてきたのだ。マダムは先方の情報を得るべく検索を始めるが、埒があかない。
幸い、相手の船の翻訳通信機器は優秀だった。乗っているのはここからほど近い惑星出身の若い女性固体で、彼女は男が少なすぎる母星に見切りをつけ、伴侶を求めて宇宙へ旅立ったのだという。会話がすすむにつれて、彼女は、彼ら三人の誰かに子どもの父親になってくれないかという誘いをかけ始めた。種族の壁を乗り越えるためのピルも、もちろん用意してあるという。俄然、船内に高揚した雰囲気が漲った。
嘘かホントか。さあ、どうしよう。
マダムが警報音を立てて来訪を渋る。だが、相手方が送ってきたデータが画像ホログラムとして形を結んだ途端、マックの手からパンが落ちた。ヨタは口笛を吹き、ドンファンはその場で三回転のダンスを決めた。
一名様、ご招待。楽しい会話と素晴らしい伴侶の待つ船へ、ようこそいらっしゃいませ。
シングルエアーが近づくのを待ちきれず、三人は自分が父親候補に選ばれようと、各々かしましく自己アピールを始める。当然、他の二人の悪口つきだ。
やがて小型宇宙艇が接続をし、ハッチが開けられていく。彼らの期待は最高潮に達した。
だが、いよいよ美女とのご対面だというその時に、マダムが相手データの取り出しに成功をした。なんと客人は、見た目と生息環境は人類と似ているものの、交尾の最中にメスがオスを食い殺して腹の子の栄養にするという種に属していた。しかも攻撃力が大変に高く、性質は獰猛。怒らせれば大変なことになること間違いなし。
嫌な静けさが漂うラウンジに、場違いな明るい音を立てて扉が開いた。
お待ちかね、カマキリ嬢のご登場だ。
今度は、自分を断り他の者を選ぶようにと、逆アピールを口々に始める乗組員達。
訪問者は鷹揚に微笑んだ。
「いいのよ。私、博愛主義で有名なの。子どもの父親はどなたでも結構よ」
男どもが凍りつく。
「これだから男なんてものは」
いかにも見下げ果てたように、マダムが言った。
その通り。うっかり逆鱗に触れれば、皆殺しの未来が待っている。
さあ、ゴキブリポーカーの敗者は誰だ。
絶望の面持ちで、三人は顔を見合わせた。
文字数:2365
内容に関するアピール
「ゴキブリポーカー」は、ほぼ「嘘かホントか」で構成された、敗者決めのカードゲームです。物語をタイトルと呼応させ、乗組員たちが「素性の知れぬ通話相手の言葉をどう解釈するのが正解か」という勝ち負けと、「犠牲になる敗者が一名出る」というオチにしました。
実作では、三人と子機とのやり取りを増やし、カマキリ嬢に向かって彼らが口々に自分を売り込んだり逆アピールする場面などを、書き込んでいきたいと思います。
文字数:199