三枚の録音盤

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梗 概

三枚の録音盤

昭和二十年八月十五日になされた今上天皇の玉音放送に使用された録音盤だが、事前に三枚の別々の内容が吹き込まれた録音盤が用意されており、放送直前までこの内のどれを放送するか決定されなかったことは余り知られていない。しかもその内の一枚は今上天皇ではない別の者によって音声が吹き込まれた録音盤であったことを知っているものは、ごく一部に限られる。

阿南陸相が最初の一枚を聴かされたのは、八月十三日夜に、陸相官邸に押し掛けたポツダム宣言が受諾されるとの情報を聞きつけた陸軍の少壮将校からだった。その録音盤は少壮将校が現在の天皇の代わりに押し立てようとする秩父宮が吹き込んだものだった。内容は天皇を宮中に軟禁し、近日中に退位させ、次の天皇として秩父宮が即位する事。そして国体護持に関して確証を取り付けるまでは連合国と交渉を継続し、降伏はしない事であった。

この録音盤を持参してきた荒尾大佐らに対し、阿南は「明日早朝、梅津参謀総長と会談の上決定するので、それまで考えさせてほしい」と引き取らせた。帰りがけに荒尾は「軍内に既に裏切り者がいます。この件は是非ご内密にしていただきたい」と伝えたので、「君らの考えはよく分かっているつもりだよ。絶対に内密にする」と応えた。そのため荒尾らはほっとした表情で官邸から退出していった。しかし帰っていく将校たちを見送りながら、阿南は「俺に知らさずに反乱を起こすならならともかく、俺がこんな計画に同意すると思っているのか」と呟いた。

十四日朝、梅津と会見した阿南は荒尾らの計画について意見を求めた。当然のごとく梅津は全面的に不同意だった。

同日午前の御前会議で、天皇が降伏のご聖断を下した直後、宮内省内の政務室で阿南他、下村情報局総裁、大橋日本放送協会会長らの立会いの下で、聖断についての録音がなされた。阿南は「軍人たるものは聖断に従うほかありません」と下村や大橋らに伝えた。しかし官邸で阿南の帰りを待っていた、義弟である竹下中佐はこう忠告した。「義兄さんは、日本が降伏しても連合国が国体を護持するなんて、本気で信じているのか?陸相が辞職すれば閣議での満場一致がはかれず、内閣は倒れる。御前会議は憲法上の機関ではないのだから、従って倒閣すれば終戦は不可能になる。」

八月十五日朝、その日のラジオ放送が開始された。館野放送員の正午に迫った玉音放送の予告アナウンスだった。同日正午、玉音放送が流された。録音は八月十四日の深夜に再度行われたものであったため、十三日に阿南が聴いたものとは多少異なっていた。少なくない国民が、日本は降伏する旨の放送がなされると思っていたため、その内容に衝撃を受けた。阿南陸相が辞職したため、鈴木内閣は総辞職したこと。次の首相として陸相と兼任するかたちで阿南が就任したこと、天皇陛下は戦況悪化の責を取り退位し、秩父宮が天皇に即位したことが伝えられた。当然戦争は継続される。

文字数:1200

内容に関するアピール

一言でいえば、歴史改変モノです。

主人公は阿南惟幾陸相であり、始めは戦争の続行を主張していた阿南が、御前会議で昭和天皇や鈴木貫太郎首相の意見に動かされてポツダム宣言受諾を容認するようになり、それは陸軍の少壮将校らのクーデター計画を知らされても変わらなかったが、昭和天皇が玉音放送を吹き込んだ直後に少しずつ意見を変えていき、最終的には実際の歴史とは真逆の決断をするに至る過程を描いていきます。

短編ではありますが鈴木首相を始めとする重臣たち、クーデターを画策する陸軍の少壮将校たち、そして竹下のような阿南の近親といった十数人の人物を登場させ、阿南が彼らとの会話を通じて徐々に意見を変えていく流れを描くことが目標です。

心残りとしては、SFというにはあまりにサイエンスの要素が薄いため、実作を描く機会があれば歴史が改変される原因として何かSF的なギミックを投入したいと思います。

文字数:384

課題提出者一覧