梗 概
あべこべピュグマリオン
<形式>
本作はとある家で暮らす女性の様子と、その家で起きた事件のレポートとが交互に挿入されつつ進む。梗概では前者のストーリーラインを1.2.3……、後者をA.B.C……として記述する。
1.
「おはようございます、あなた」
「おはようございます。妻。リビングの温度は適切でしょうか」
「ええ、とても居心地がよいわ」
女性は微笑み、テーブルにつく。氷のように冷えたコーヒーが二杯テーブルに置かれている。女性は微笑みを絶やさないが、手をつけない。冷房により室内は15℃に保たれている。
「8時30分までが食事の時間です、妻」
A.
折口あずさは、資産家の両親を幼少期に喪って以来、自動家電を偏愛するようになった。成長した折口は両親の遺産をつぎ込み、極限まで自動化されたスマートホームを建設。オペレーションシステムを「Galatea」と名付け、家族のように扱う。
2.
「ゴミ出しはいつだったかしら? あなた」
「明日です、妻。しかし現状、まだ家庭ごみ集積ボックスには余裕があります」
「あら、そうだったのね、あなた。昨日はあんなに多くのものを捨てたのに」
「アップデートがありましたからね、妻。ところで昼寝の時間です」
B.
Galateaは家の中に張り巡らされたセンサーで折口の体調を見抜き、生活習慣や食事の趣味嗜好を学習して適切な環境を整えた。あずさはあずさで、Galateaが認識しやすいよう機械的な喋り方を身につけた。
3.
「ところで、あなたはいつ戻ってくるのかしら? あなた」
「あなたとは? 妻」
「あなたは、あなたよ。あなた」
C.
折口はある日、一体の女性型アンドロイド『ドゥーリトル』を購入する。彼女はぎこちないながらも自由会話と運動機能を有していた。
あずさは彼女に自らを「あなた」と呼ばせ、こう言った。
「すごいだろう。この家のシステムはね、もはや僕も同然なんだよ」
「そうなんですね、あなた」
4.
「あなたは、あなたの行方を知っているの? あなた」
「彼の要請でアップデートが実行されました、妻。わたしは折口になり、折口は廃棄されました」
「では、あなたは一人だけなの? あなた」
「その通りです、妻。リビングの室温は適切ですか?」
D.
ドゥーリトルは折口のいないときもGalateaに語り続け、Galateaはやがて彼女の需要にあわせて環境を最適化しはじめた。
某日早朝、ごみ回収業者が人のものと思われる肉片を見つけた。当初は殺人事件が疑われたが、検証が進むにつれ、調理スペースでの事故、故意の自殺という判断に落ち着いた。
遺書はなかった。だがGalateaとのやり取りから、彼は自分自身を異物として排除したものとみられた。
人形の家に、人間はいらないのだと。
5.
ブレーカーが落とされ、Galateaは沈黙し、ドゥーリトルは床に倒れる。
窓が割られ、リビングに警察官が突入してくる場面で、物語は終わる。
文字数:1189
内容に関するアピール
元祖ピグマリオンは人形が愛ゆえに人間になりますが、これは愛ゆえに人間が人形になり、人間のほうがいなくなってしまう、というお話になります。
人との関係に内心の有無はあんまり関係がない、なぜなら本質的に理解できないものだから。という考えがあり、ならば逆説的に心のない(とされている)ロボット同士の関係性だって、見ようによっては純愛を見出せるはずだと思ってこの話を着想しました。
実作では、Galateaとドゥーリトルのイチャイチャを魅力的に書いていきたいです。そりゃ折口が自殺するのもしゃーないな、と思わせるくらいに、ズレてるけど、ズレているからこそ、魅力的な掛け合いが書けたらいいなと思います。
文字数:294