梗 概
ヴィラコッポスの恋人
世の中のあらゆることがらは、たいてい起きてしまってから、どうしてあの時に限ってそうしたのだろう、と思い返すものだ。大切なものはいつだって、目の前に突然現れて、そうと気が付かないうちに消えてしまう。君が寄せる波のように現れて、俺と俺の影をつないでいた足裏の砂ごと影を沖に運んでいったあの夏からずっと、俺は自分自身の足場を正確に把握できない。
俺の住むエリアは「女」がいない特区であり、生まれた時から決められた人間と「バディ」を組み成長したら家族を形成することになっている。子どもは政府に管理されており、バディとして成熟したカップルに与えられることになっている。ある夏、俺はバディの晃司とのドライブ中に事故を起こす。確認したはずの「スペース」に同時にテレポートしたモビリティがあり、ぶつかってしまったのだ。
「後ろ確認しなかったの?」
「したよ!俺が見た時にはここには何も停まってなかったんだ!」
「モビいたよ。僕危ない!って叫んだじゃん」
「そんときには見えたよ!だから俺もエッ!?って思ってブレーキングしたんだ!」
「あのモビが急に現れたとかいうつもり?」
「そうとしか考えらんないだろ!?」
「いや」
「ん?」
「これ、君の兄さんのデータにマッピングされてるんだから、そんな自信満々でバックオーダーだす方がクレイジーだよね」
晃司は兄貴の愛機の後部アクセサリーがめりこんでいる白い117クーペ型の鼻面を指さして首をすくめた。こいつのこういうしぐさを可愛いと思うこともあるが、今は腹立たしいだけだった。
晃司はSSに行くとエナジースターを二本買ってきた。
「ストップポイントでの事故は、当事者同士の責任でお願いしますだってさ」
ふと、晃司が助手席から自分の荷物を取り出して帰り支度をしている。
「何してんの?」
「だって僕、8時から生検だもん。そこのアクセスポイントから別のモビに乗せてもらう」
「え、俺のこと置いてくわけ?」
「僕いたって役に立たないでしょ」
「それでもバディか?」
「だからこそだよ」
「あ?」
「僕、モビの操作が下手なバディと組むの、嫌なんだ。スワップの希望出すことにする」
「おい」
「だいたい、もう時代遅れなんだよ。親の決めたバディと一生添い遂げるなんてさ」
「どうして俺はモビをぶつけたくらいでそんなことになるんだ?」
「モビを急にバックさせて事故る男とは一緒になるな、もしそうするなら2人とも死ぬことになる」
「?」
「って占い師に言われたんだ、昨日」
「嘘付け!」
たいした事故じゃなかったはずなのに、なぜか晃司には最後通牒を突き付けられる。呆然としている俺の前に、初めて見る「女」が現れる。
女は振り向きもせず、背中で俺に話しかけた。
「君の影はまだある?」
「え」
「間に合ったのか、わたし今回は」
「君は…」
「そう、女。この117の持ち主。女にも影はある。君は、女を見るのは初めてなんだね」
ぽかんと口を開けてしまった。女という生き物はこころを読むらしい。
文字数:1229
内容に関するアピール
ダイアローグを書くのは好きです。
どんなに世の中が変わっても、恋人同士が話す会話の筋は変わらないと思うので、文法を変えるか、ボキャブラリーを変えるかでどの程度世界が進んでいるのかを示さなければいけない。今回は、自分がブラジルで体験した不思議な出来事をモチーフにして、近未来を舞台にすれ違う恋心を描くポップな短編を描こうと思って書き始めましたが、どうでしょう。
文字数:178