梗 概
月架の友
今から500年ほど未来のこと、月は人にとって、第二の故郷になっていた。
期間限定で地球から月までの間に設置されている海月質の半透明なチューブ(宇宙エレベータ)内では、ターミナルと近点月についてのインフォメーションが流れている。
月丘マモル(12歳)は、月専用の観光局に勤めている母と地球の都市部に住んでいる。
母には再婚相手がいて、月そのものにある観光局に単身赴任していた。
その休暇中、旅先の月のターミナルでマモルはひとりで行方不明になった。
正確には、母の再婚相手から保護者アラームを解除してもらったとたん、
目的のクレーター「神酒の海」へつながる輸送トンネルに直行したのだ。
目的のクレーター「神酒の海」へつながる輸送トンネルに直行したのだ。
マモルは、憧れの伝統演技サーカス集団「兎」の若き長、杯兎(はいと・月の現地人)に会いに行ったのだった。
杯兎とマモルとの関係は、「兎」についてのワークショップを受けながら育まれていた。
月基盤の共有ネットにて、地球演劇の衣装に詳しい友達のソーダやソーダのママとグループ会話をしていたうえ、
父のことで個人的な相談もしていた。
海月質のエレベータ内は螺旋状の管が二本、常に旋回していて、外から見るとDNA構造の様子をしている。
中でリフトの様な一人座席に座っているとまるで、高く登っていく回転木馬に座っているようにも感じられる。
そのチューブ内でマモルは、と友達のソーダに行く先を連絡する。
伝統演技サーカスの舞台や劇場は、「兎」が住む月の地下コロニー内にあった。
地下コロニーにいると個人チップの充電を意識的に行わなくてはならない場合がある。
月に来た時はいつでも遊びにおいで、と言っていた杯兎も、いきなりの訪問にはさすがに驚いた様子だった。
けれど、それどころではない事態も発生していた。
月の世界が闇から光へと切り替わる瞬間に「神酒の海」から地球に捧げる大事な演目で、子役が倒れて困っていた。
近点月の地球にも捧げる北欧神話を基にした、太陽を闇から光に導く、「兎」の役目の中でも司祭役を果たす演目だ。
舞台に太陽の光がさしかかるタイミングは2週間に一度と、限られる。
マモルがその役目を打診される。
幸いにもソーダが以前、北欧の民族衣装に興味をもったためにつきあい、その再現した衣装を身につけたことがあった。
ワークショップでも質問をして、演習再現も見せてもらっていた。
仮演をし、OKをもらった。
舞台でマモルが跳躍する。
地下の舞台と月上をつなぐ複雑に組み込まれたスリットから、いくつもの光の筋が入る。
闇であった劇場が光にあふれていく中で、観客のあいだに地球にいるはずの母が見えた。
その一瞬は、永遠の静けさに満ちていた。
幕のひきぎわに。幕間にいたはずの杯兎が劇場入り口近くにみえた。
そのとなりには、戸籍上の父もいた。
父にはチップの充電の件も含めて本気で叱られる。
月のターミナルでマモルは、美しくおおきな地球の出を見ながら、父と母を祝福した。
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内容に関するアピール
人間が地球を偲んで月で暮らして伝統芸能をつきでしかできない形で継承した場合、どのような世界ができ、どのような演目ができあがるか。また、地球の出がきれいな月に移住した人たちが長い年月をかけて発展させる地球由来の伝統や芸能、祭りなどは、故郷である地球とどのようにつながるのかの人類世界の拡張の幻想をたのしくえがいていきたいとおもいます。
<伝統芸能集団「兎」の説明>
今でいう歌舞伎のように発展した月発祥の伝統芸能、およびそれを演じる集団のことです。
月特有の重力を活かしたサーカス様の技を披露しながら地球に長く伝わってきた旧世界
各国(日本・インド・北米先住民・中国・アフリカ・オーストリアなど)の月に関する伝承を
雪月花・星日月を模した典雅な方法で演じています。古くから移民した集団で、月において現地人です。
その舞台は地下にあり、月が太陽の光を浴びる周期に合わせて2週間ごとに上演する演目は
光の演目、闇の演目とに分けられています。マモルが演じるのは、そのどちらをもつなぐ特別な演目です。
<月の交通機関の説明>
月が地球に一番近づく近点月には、雲の海や静かの海など重力が比較的大きくて平原が続く場所に
設置されたコロニーのターミナルまで比較的速やかに移動できます。
月内の表から裏の各コロニーまでは、気温の高低差による不具合をさけるため地下にはりめぐ
らされたトンネル内を乗り物ごと移動します。
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