梗 概
山に埋もれた神
その神はセドと呼ばれ、町はずれにある高い山に、首から上が出た状態で埋まっていた。山は、供物として捧げられる様々な道具が堆積してできており、暑い日には異臭が漂っていたが、セドの力によって有害物質が町の人々の生活を脅かすことはなかった。
ある日、一人の子どもが道具の山の中に埋もれていた。
「捨てられたのか」
「捧げられたのです。だから、神様のために死にます」
「死ななくていい」
「それなら、この周りのゴミを掃除します」
「これは捧げものだ。ゴミじゃない」
「ゴミです。だって、私はゴミだから捧げられたんだもの」
そう言うと、子どもは山を掘り始めた。
「名前は」
「ありません。ゴミに名前はありません」
「それなら、これからお前をエラムと呼ぶ。お前はゴミじゃないからだ」
エラムは困った顔をした。
エラムから三代下ると、セドの胸まで山は切り崩されていた。セドの力によって無害化された廃棄物は、この山に生まれた集落の産業を支えた。
エラム直系の子孫エレンは、暇さえあれば山を掘りながら、セドから祖先の話を聞くのが好きだった。
ある日、エレンのショベルが金属の層に突き当たった。出てきたのは動物の四肢や胴体、頭部のパーツで、それぞれにセドの額にあるのと同じ、稲妻のような刻印が記されている。パーツを持ち帰ったエレンは、それらが二足や四足の動物の形に組み立てられることを発見した。
エレンはセドに問いかける。
「これらは機械の生き物ですか。遠い昔、機械と人が争ったという話を聞いたことがあります」
「そうだとしたら、どうする」
「神様の山からの頂き物をやめなくてはならないと思います」
しかし、集落の人々は同じようには考えなかった。今こそ、放逐された始祖エラムの無念を晴らす時と、隣町への侵攻を決定し、セドの山からパーツを掘り出し、機械の生き物を組み立てていった。
エレンは隣町に走り、戦争を未然に防ぐべく、交渉を開始した。
歴史学者エリスは、腰の下まで露わになったセドに背をもたせかけながら、考えていた。
始神セドと祖神エラム、二つの神を頂く工学国家などと謳いながら、我々はこの機械生物のことを何も理解できていない。
「始神セド、これらの機械はなぜ動いているのですか」
「なぜそんなことを気にする。君たちだって、理由もわからずに動いているじゃないか」
そんな中、機械生物のテクノロジーは少しずつ周辺諸国に奪われ、戦争への緊張は年ごとに高まっていた。
エリスら歴史学者たちは、セドの山から新たなテクノロジーを掘り起こすことを命じられた。セドの膝が露わになると、夥しい数の動物の骨が現れた。
エリスは祖神エラムの聖典を思い出す。そこには、機械生物の地層の上にあった原始的な道具の層についての記述がある。エラムはその山の頂上でセドから祝福を受けたという。
「始神セド、これは、かつて祖先がテクノロジーを放棄したということなのでしょうか」
「エラムの聖典のことならエラムに聞けばいいじゃないか」
「祖神エラムは、あなたのように話してはくれません」
「そうか、そういえば、彼は人間だったな」
新しい地層は、いくら掘り進んでも骨しか出てこない。やがて、隣国の侵略は開始される。
侵略国の技術官僚ムールムは、セドの元にたどり着いた。
「異教の神よ。ここが、彼らのテクノロジーの中心地だというのは本当か」
「ある意味では、そうだ。『彼ら』というのが、人間ではなく彼らを意味しているなら、だが」
稲妻のような刻印を施された二つの国の機械生物――彼らはこの国と侵略国との別なく、人間に対する反乱を始めた。戸惑うムールムらは、それに対抗できるテクノロジーを求めて、セドの足元を掘り進めるが、やはり骨しか出てこない。その中には、動物だけでなく人骨も多数混じっていた。
「野蛮な。彼らの祖先は、同胞を生贄にして、お前に捧げていたということか」
「同胞? お前たち人間には、あれが同胞に見えるのか」
セドの言葉にムールムが振り返ると、銃を構えた機械生物の姿があった。国中に銃火器の音が響き渡る。
「神様。すぐに生体生物の血と肉体を捧げます。我らに祝福をお与えください」
「神様。異教の神の像はすぐに破壊します。今しばらくお待ちください」
言いながら、機械生物はエラムの像を示す。
「いや、彼の像は私の近くに運ぶがよい。もう一人の神を生み出そう」
機械生物の民が生体生物の支配からの解放を喜んでいる。セドは再び折り返した歴史を語り合うために、エラムに命を与えた。
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内容に関するアピール
安藤忠雄は真駒内滝野霊園の石像大仏を山で覆ってしまった。それでも、大仏は只管打坐している。頭だけを山の頂上から覗かせて。
神がそこにいたとして、同じように周囲を山で覆われても、やはり人の営みを見つめ続けるのだろう。神の見た風景がそのまま歴史になる。
一方で、山は地層という形でも歴史を残していく。神への捧げ物が山を生み出すなら、そして、その神がただ見つめるだけの存在ならば、形だけの捧げ物はそれぞれの時代の生活の陰画となる。
神の見る歴史と、地層に記憶された歴史。互いに逆行する歴史を描くことが、この作品のモチーフである。
人間は、神を自分の民族のものだと考える。だから、異教の神が自分の神と同じ存在だとは考えない。
人間は、神を人間のためのものだと考える。だから、神が「人間の神」でない可能性を考えない。
歴史もまた同じである。
であれば、神が人と出会うためには、人と人ならざるものの歴史を交錯させなくてはならないのではないか。この作品のもう一つのモチーフがここにある。
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