神は死んだ

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梗 概

神は死んだ

 「神は死んだ」という言葉が全国のトイレに溢れるようになったのは、環境保護団体が勝利を収めた頃からだった。

 森林伐採を阻止する団体の活動が実を結び、木材を輸入する国への厳罰化が承認された。日本で生産している紙の原料となる木材チップは、70%ほどを海外から安価に輸入していたので、製造方法を見直すしかなかった。かつてのソフトタッチなトイレットペーパーの価格は高騰し贅沢品となってしまった。市場に出回るトイレットペーパーの品質は急激に劣化し、さながらやすりのようだった。人々はトイレで血を流すようになった。また紙がトイレ詰まり、水が溢れだすという惨事も多発した。そのようなトイレ事情に絶望して「神は死んだ」と、トイレの壁に書く人々が、全国で散見されるようになったのである。

 厠の神「ウス」を祀る快雲寺の若い僧侶である雲斗は、そんな世間に対して心を痛めていた。こんな時こそ悩める方にウス様の恩恵を受けていただきたい、と願った。雲斗はウス様と会話ができ、日々真言を唱えることでその力を享受していたが、多くの人々はその力の恩恵にあずかる方法を知らなかった。

 そこで雲斗は信仰に厚い科学者の協力を得て、「USUSAMA Sanitation」AIロボット、略して「ウスサニー」を開発した。

 これは尿と便が出る瞬間に真言を唱えると、ウスサニーが発動し、超高速でバクテリアが分解して気化させるというものだった。よって、紙に頼らないどころか、トイレ、汚水処理の設備も不要となった。ただし、このウスサニーを発動させるには、長い真言を正確に唱えて、ウス様とシンクロする必要があり、それは日々参拝することによって獲得できるのだった。

 ウス様は憤怒相だったが、より多くの人々の救済を願う運斗は、愛着をもたれるよう、ウスサニーを猫型ロボットにし、希望者には無償で配っていた。

 ウスサニーを身につけ始めた少年と老人がいた。

 小学二年生の悟は、尿意と便意をコントロールすることができず、まだオムツをしていた。病院で診てもらったが悪いところはなく、精神的なものと診断された。知能の高い悟少年は、この状況が苦痛で仕方なかった。

 悟と同じ町に、店をたたんだばかりの寿司屋があった。その元店主は源太といった。源太も尿意と便意のコントロールが効かなくなり、オムツを勧められたがプライドが許さず、店に立てなくなったのだった。

 悟と源太じいさんの出会いはファミレスだった。ある日、悟は母と、源太じいさんは娘とファミレスで夕御飯を食べていた。食べ終わった頃、促されてトイレに向かう途中、尿意を感じた。そこでウス様の真言を唱えようとしたが、源太じいさんは真言を途中で忘れてしまい、悟は自前の吃りが出て唱えられず、下着を濡らしてしまった。二人はトイレでお互いの状況を察し、興味を持った。

 悟と源太じいさんは、ウス様とシンクロするため、朝と夕方に快雲寺へ参拝するようになった。猫型ロボットは愛らしく、悟と源太じいさんはお互いのウスサニーを見せ合ったりして、言葉を交わすようになった。聡明な悟と、頑固な源太じいさんは、よき理解者となった。しかし、相変わらず、真言とシンクロをマスターするのが難しく、恩恵を受けられなかった。

 ある日、悟はクラスの悪童に源太じいさんと仲良くしているのを発見され、「オムツ仲間」と揶揄される。恥ずかしくなった悟は、寺に行くのをやめ、源太じいさんを避けるようになった。

 半年後、源太じいさんの店の前を通りかかると、通夜の知らせが貼ってあった。一人で参拝を続けていた源太じいさんは、ウス様と一体化し、オムツが不要な身体となっていた。店を再開したものの、肺炎で亡くなってしまったのだった。羞恥と後悔の念で、悟は心が張り裂けそうだった。悟は源太じいさんに最後のお別れとして、ウス様の真言を唱えた。

 するといつもは吃りが出てしまうのだが、この時だけは、つかえず、真言が出てきたのだった。悟は初めて、ウス様と一体化し、尿と便が天に昇るのを体感した。

 それ以降、悟は吃りが出なくなり、ウスサニーも必要がなくなったのだった。しかし悟はいつでも、ウス様を通して源太じいさんを感じることができた。

文字数:1723

内容に関するアピール

 神が実在する世界で、悟少年と源太じいさんが自尊心を取り戻そうとする話です。人は苦悩を引き受けつつ、生を見つめなおした時に、成長するものだと思います。悟少年は信仰や源太じいさんとの心の交流を通じて、最後には自尊心を取り戻します。この話は悟の成長物語でもあります。

 学校でうんちをしない子どもは、5割以上もいるという調査結果があります。特に個室に入りにくい男の子は、排便がからかいの対象となり、自尊心に関わる問題となります。

 また、高齢者にとって、トイレでの排泄は自尊心を守つために大切な行為となります。自立心と自尊心が高い方ほどオムツを履くのを嫌がり、介護者も非常に苦労しています。

 私の亡くなった祖父も晩年、認知症になり、排泄と徘徊についてはその負担が家族に重くのしかかっていました。

 世界ではいまだ8億9200万人が屋外で排泄をしており、不衛生な環境から、免疫力の弱い子どもたちは下痢を発症し、1日に800人以上が命を落としています。

 もし、作中にある「USUSAMA Sanitation」AIロボットができれば、救える魂と命があるのに、という願いも込めた作品となっています。

 実作では、多感な少年と美学を貫く頑固なおじいさんとの交流を繊細に表現し、猫型AIロボットを魅力的に描きたいと思います。

文字数:550

課題提出者一覧