ドラコ・メトゥス

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梗 概

ドラコ・メトゥス

「神は本当にいるのかもしれない」
細く途切れがちな衛星回線を通して、エマは漏らした。ジェドは言葉を探した。ニューフォークランドで新興宗教が流行しているのは知っていたし、信仰にすがりたい人々の気持ちも理解できたが、友人にそうなって欲しくはなかった。
「とにかく、ニューフォークランドに行くよ」
「急いだ方がいいわ。もう長くはもたないから」
ニューフォークランドは1000年前のヴォルカリプスできた新しい火山列島だ。列島だった、という方が正しい。ヴォルカリプスは世界中の火山を爆発させ、世界中を噴煙で覆い、地軸を歪め、人口を最盛期の0.1%まで減少させた。ニューフォークランドは中でも最大のもので、南大西洋の真中から忽然と出現した超巨大火山スィラは成長を続けて列島を飲みこみ、いまやアトランティスめいた一塊の陸地になっていた。エマは火山監視員で、ジェドはイエローストーンで同じ仕事についていた。
ニューフォークランドに降りたつと、エマのいうとおり、スィラ山は再び噴火しようとしていた。〈ドラコ・メトゥス〉と称する教団が取り憑かれたように終末を予言し、ノアの箱舟を模した船を作っては信者を乗せていた。彼らの考えでは、マントルの中には地球誕生と同時に棲みついた龍〈デ・ドラコ・ユゴス〉がおり、氷河期も温暖期も、恐竜の絶滅も超大陸の分裂もその龍のせいだということだった。
エマは恐ろしさから、監視員としての職務を放棄してしまっていた。ジェドはエマを説得し、現状を確認するためスィラ山を登りはじめた。
エマはしきりに仮説を口にした。地球外生命体の可能性、ケイ素生物の可能性、嫌気性独立栄養生物のありえるかもしれない生活圏。実際、ヴォルカリプスがなぜ起こったかについて、プレートテクトニクスも他の新理論も説得的な説明を出せずにいた。なにか人類の想像のつかないものが存在する可能性は十分にあるとエマは主張した。
ジェドは頻繁な地震で精神をやられてるのだろうと考えた。ニューフォークランドから離れれば不安もなくなると元気づけた。エマは首を振った。
道のりは困難をきわめた。〈ドラコ・メトゥス〉の信者が龍神の怒りを買うとして妨害したため、途中でエマとはぐれてしまった。ジェドは一人で火口に辿り着いた。
ほとんど湖のように巨大な火口に、ジェドは存在してはならないものを見た。それは巨大な背びれであり、鱗に覆われた途方もない太さの胴体が溶岩の下から僅かに見えていた。背びれは信じられないほどの遅さで動いており、少しずつ沈んでいた。動きと同調して地響きが起こり、溶岩が流動した。ジェドは恐慌をきたし、逃げ出した。

文字数:1083

内容に関するアピール

神の存在が証明された世界では、誰もそれを信じない、というのが私の回答です。このお話において神の存在証明を信じる人々は宗教団体となってしまい、科学者を始めとする他の人はまったく信じていません。そして信じないまま破局を迎えるのです。
神というのも色々あり、私が採用したのは一神教ではなくラヴクラフトの旧支配者のような神です。〈デ・ドラコ・ユゴス〉は人類のことなど歯牙にもかけず、途方もないスケールで生きており、人類から見れば神としか見えません。
途方もない存在を認められない主人公の様相を描ければと思います。

文字数:250

課題提出者一覧