善行レバレッジ

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梗 概

善行レバレッジ

西暦2017年、第1488次人神交渉において、”善行レバレッジ神法”遂に成立。墨書した半紙を両手で誇らしげにかざし神殿から駆け出てくる日本人交渉官、竹宮ミレイの笑顔が世界のネットニュースを駆け巡った。

圧倒的な善悪バランスの不均衡に悩む先進国はかすかな希望を見出した。かつては各国死者の天国行きと地獄行きはほぼ同数であり、紛争時にはその割合によってどちらの紛争当事国に正当性があるかの指標にもできた。しかし近年、特に先進国では地獄に落ちる人々が著しく増えており深刻な社会不安を引き起こしていた。

その原因は明らかに、SNSの普及による人生ログの保存にあった。それまでに隠されてきた人々の本音や愚かな行動は、電子の海に残らず記録され、神の知るところとなった。神の発見から早くも五百数十年。古くは教会における告解が神の情報源であった時代に比べれば隔世の感がある。

人類社会におけるSNSの廃止をミレイは神と交渉してきたが、そのことごとくが不調に終わった。

「それは無理というものです。私がみなさんの日々の行いに目を光らせるためにどれだけ苦労をしてきたと思っているのです?いまさらSNSを手放すことなどできません。それに、ビッグデータ分析の仕事を取り上げたら天使たちが暴動を起こしますから。」

神はにべもなかった。

そこで提案されたのが”善行レバレッジ神法”であった。命がけで行う善行には、その犠牲に応じてレバレッジをかけるという画期的なアイデアは神のお気に召した。

「ハイデガーも死に臨む投企が重要と言っていますからね。まさにこれでしょう。」

神はご満悦であった。天国でハイデガーから哲学を学んでいるという神の思考パターンを読みきったミレイのお手柄である。

その後、善悪バランスが悪に振り切れた老人たちは必死に善行を行なった。あるものは財産を投げ打ち、あるものは老骨に鞭打って。世界は少しずつよくなってきたようだ。

ところが、壮年のころの悪行がたたり到底挽回できないと悟った人々が多額の保険金をかけて自殺するケースが目立ってきた。なかには、若くして死ぬ恋人が地獄行きであると知り、殺人を犯して自分も死ぬレバレッジ悪を敢行する思春期の若者まで現れ出した。

死を賭けた行いはほぼすべてのケースで、それまでの全人生の善悪バランスを上書きして地獄行き、天国行きを決めていた。新神法は確かに施行されていた。

日本でクーデターが起き、民主政権が倒されて軍部独裁となった。革命戦闘員の青年が幽霊となってさまよっている。青年の死後の行く末は世論の注目を集めた。それがクーデターの正当性の証となるからである。軍部は青年が天国に召されるように神を説得せよとミレイに命じた。

神殿の中で、神は地獄行き、天国行きの審判結果には神自身も関与できず、それを決めるのは”悠久の時”の回帰作用であるとミレイに告げる。

青年はミレイの恋人だった。結果を尋ねる将軍の心臓をミレイはひと突きにした。ミレイの体を銃弾が襲った。

青年とミレイは手を携えて天国に登っていった。

文字数:1249

内容に関するアピール

舞台は現代。神が発見され、各宗教施設で神との会話や交渉が可能となって以来500年が経つという設定です。人々の善行、悪行は神を祀る神殿と神官たちを通じて記録され、死後の地獄行き、天国行きが決まり、その予測についても人々は生前に知ることができます。

ネットサービスの普及によって人々の行いや思考が記録され、ネット接続された神殿から人々の真の姿が神から丸見えになってしまいます。神は天使を使ってビッグデータを処理し、審判を下すようになります。そうなると真の善人などはほとんどおらず、みな脛に傷があることがバレてしまい、特に先進国では地獄行きの人がほとんどとなります。

代々巫女の家系に育ったエリート交渉官の竹宮ミレイは、一発逆転を可能とする「善行レバレッジ神法」を成立させます。天国行きの人々が増え、世の中もよりよくなったかに見えましたが、副作用が激化し、ミレイも大きな決断を迫られます。

ミレイの恋人が関わった軍部クーデターによって日本は復活の可能性をつかむのですが、将来に禍根を残すのは将軍その人でした。ミレイは将軍を殺し、恋人と一緒に天国に行きます。

テーマにしたいのは”コレクトネスとジャスティス”です。何が真実で、何が正義なのかが分からなくなり、目先の”コレクトネス”にこだわって大きな正義を忘れている現代人を風刺した物語としたいです。

文字数:566

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