神と悪魔のターニングポイント
␣2045年、シンギュラリティ元年。米国に引き続き、汎用AIが人間の知能を超えた擬似自我を持ったとニュースでやっていた。最近、巷にロボットみたいのがうようよしているしそれもAIが入ってるんだろうし、と思ってはいたんだけど。またこれで相談に来るやつも減るかもな。AIに相談も奪われるかも…。
␣じっちゃんの時代から続いた千葉にあるこの白鳥探偵事務所もとうとう年貢の納めどきか。窓際にある仕事机から雲ひとつない空を見てため息をついていた。
␣その数ヶ月後に神の第一事件が起こった。
␣ノックの音がして返事も待たず、飛び込むように誰かが入ってくる。
「フーちゃんいる?」姪のルルだ。いつもながら活発な小学生。
「隅のキャットスペースで餌を食べてるよ」と返す。代々猫が好きな我が事務所では、専用スペースを設けてある。
␣小走りで向かう靴音だけが聞こえる、危ないから気をつけて、と注意を促す。
客足が遠のいてから、読みっぱなしの本やコミックやアニメの円盤パッケージやらが整理が行き届かずそこら中に積んである。
␣へいきへいきと、軽く流された。ひとしきり遊んで思い出したように、伯父さん郵便屋さんが来てたから、そこに手紙置いたよ、と言う。
「そこって、どこ?」
「どこって机、じゃなくソファの前の本が積んであるとこ」
␣わかった、自分で探す、と改めて物だらけの周囲を見て迷路に迷い込んだみたいに呆然とする。何もないと動くのも億劫な自分は、もっさりとメインデスクから立ち上がる。
␣何なく見つかった封筒を手に取る。表は宛名、裏には日本国政府とだけ印字してあった。レターオープナーを引き出しから見つけ、丁寧に扱う。厚みもなく手触りから2、3枚と判断できるが、ここはちょっと待てと閃き誰も何枚とか聞いてないのに、1枚だと大声で宣言し、どうしたのというルルに、何でもないよと返す。
␣開封した綺麗な和紙は、三つ折りだが1枚であって、バカみたいに得意満面になるが、そのまま虚しくなって、中をみると依頼状と書かれてあった。
␣拝啓、皆様にはご健勝のこととお慶び申し上げます。から始まって、高次元構造体に目下対応中だが非常に困難であること。そのために人材が必要であり、参加者を探していること。心当たりの人がいれば申し出てほしい、貴方はその資格の持ち主だが、更に選出があることを理解云々、それと参加場所と期日及び強制でない旨を書いてあり、最後に図と記号が書いてある。
␣どうやらこの問題を解いたやつだけがこれに参加できるようだった。
␣そう、高次元構造体と政府で呼称しているもの、が一ヶ月前に突如出現した。
␣高さと幅は10キロ以上に及び、長さは1万キロ以上。
␣場所は、青梅市を中心として、北から南へ、新潟─山々─茅ヶ崎。
␣東から西へ、銚子─成田─甲府─岐阜─京都─島根。
␣経緯線の様に連なりが続き地球半周程の途中で切れている。つまり中国、インド、アメリカ周辺まで伸びているがほぼ直線を描いてたため、被害は日本に集中していた。
␣そうして四分割され日本列島を政府は、A、B、C、D区域と区分される。
␣A地区は、北海道、東北、北陸と関東の一部。
␣B地区は、東京、神奈川、千葉他。
␣C地区は、北陸、中部地区。
␣D地区は、中部の一部と関西、中国、四国、九州、沖縄。
␣直接の被害としては、壁の出現場所にあった人間、建物などがすべて消滅したことだった。そして不用意に壁に触れた者も…。
␣あらゆる兵器などでの攻撃も試されたが、何も影響を与えることはできなかった。
␣政府は高次元構造体の近辺を包囲、封鎖し一般人立入禁止区域とし、自衛隊による警護と集められる人員で対策本部を立ち上げた。高次元構造体を挟んでも特に電波は遮断されることがなかったため、B地区にある中央政府がこの事態を取り仕切ることになった。
␣庶民やマスコミの間では、神の壁、略してただの壁やゴッドウォール、2レターのGWとよんでいる。出現からまもなく、微拡張が確認され、やがて脅威となるのは海水面の接地による水消失で環境変化が起きつつあるということだった。
␣毎秒数億リットルという容積で消えていく海水は地球の自然環境を変えるのに充分だろう。
砂漠化し、植物が死滅、光合成がなくなり、酸素の供給が途絶え二酸化炭素が増え、火星のようになるの時間の問題かもしれない。
␣飲み水が確保出来なくなるのが生活者にとって一番の打撃だろう。既に飲料を買い溜めする人々は出てきている。それよりもGWの拡張化の進行度合いがどうなるのか。これが指数関数的増大化でもすればあっという間に人類滅亡に繋がりかねない。
␣さあ、問題でも解いて人類を救いにいくか、なんてね…。
␣ルルちゃん、ちょっとおじさん出かけるからいつも通り鍵と掛け札忘れないで。
␣誰か来たら、宇宙に逃げたって。ルルが、うん分かったというが、冗談だからと釘をさす。
␣久し振りの臨時休業だ、開店休業してるってツッコミは置いといて。
␣買い出しに来たスーパーマーケットの飲料品コーナーはやはり品薄だった。
␣ちょっとした小旅行という感じだが、不謹慎にもいつ以来かと浮き足立つ。
␣最近の店が外貨両替からペット販売までと、何でも手掛けてるのにさえ感動してしまう。
␣ずっと祖父っ子で昔ながらの店しか行かない、俺が自由になったのは最近のことなのだ。
␣しかも普段食料品位しか買わなく、 回るコーナーも限られてくるので用がない限り行かない。
␣スーツケースはどうしようかと歩いてると、ジッとみている彼女のアオに出くわした。
「あれどっかに行くの?わたしは実家に泊まりこもうかと…」
「俺は、世界を救いに行くんだ」
「そう頑張って、早く帰って来てね」
「冗談と思ってる」
「ううん、壁が現れてからこっちも全然動けなくて、ごめん。今日時間が出来たからそっちに行こうかと。でもその前に…実家手伝うのに色々買っていこうかと…被害は免れたけど」
「それじゃ、今買おうかケース?」
「そうだねお揃いのにしよう」
␣彼女と俺は同じメーカーで大きさの違う黒のスーツケースを買った 。
␣旅行商品も揃え、事務所に戻って来た。
␣中に入るとルルとフーががソファで無防備に寝ている。
␣あらあらこんな所で風邪ひくわよ、と出して来たブランケットを彼女は掛ける。起きて来たら一緒にケーキを食べよう。
「で、どうやって世界を救うの?てかまず日本だよねしかも東京」
「依頼状が…」と俺は封筒と書面を彼女に見せる。
「これって選抜ってことだよね。何か哀しい、いやよくあるアニメみたい、世界か彼女かって…あ、別に自負して言ってるわけじゃないのよ、まあ貴方は探偵なんだから行くしかないんだけど…」
「そうだね、行くしかないよ、アニメだったら主人公は死なないのが相場と決まってる」
「はいはい」と少し微笑むアオ。
␣ルルが起きて来たのでケーキを食べて送ってくという。じゃあそろそろ行くね、気をつけて。
␣ルルが、お別れにチューしないの、という。
␣俺は、帰って来たらね、と手を振った。
␣次の日の正午前に、問題を解いて見つけた参加場所に行ってみる。場所は、壁がよく見える足立区の移転後の中学校の体育館だった。校門を入るとすぐに見つかる。扉が開け放されてたので勝手に入って行った。中は、パイプ椅子とブースみたいなのが沢山あるのと、数人の黒服の背広の人が参加者と話してるのが、見えた。
␣時間がきたのか、黒服の一人がパイプ椅子に座ってる面々の前で、話し始める。
「お越し頂きましてありがとうございます。私は高次元構造体対策本部から任命を受けたサイトウと申します」
␣彼がいうには、人工知能によって選抜されてること、政府所蔵のビッグデータをもとに抽出されたこと。ここには必要となる職の人たちがいること。GWに相対するには中からしかなく、今ある装置が完成したのでそれを使って構造体に入るので、そのメンバーの選出ということ。
「では、今から実際の人工知能と直接対戦して更に絞らせて貰います。後必要とあれば簡単な身体検査も行います。以上ですが、何か質問はありますか」
␣一人が質問する、安全面での保証はありますか。サイトウさんが、ありません、というか分かりませんというのが本音です、何しろ誰も行ったことのない世界ですから、と答える。
␣では個室ブースにお入りくださいと、到着順に呼ばれることになった。
␣早速呼び始めた…赤城さん。同姓の方はフルネームで呼ばせて貰います、と付け加える。
␣…白鳥さん。呼び出しを受けた俺は、椅子から立ち上がる。
␣黒服の1人にこちらにと、案内されブースのカーテンを潜って入る。
␣中は、6畳くらいの広さで、真っ白というか少しクリーム色のベールに覆われ、ポツンとパイプ椅子が置いてある。
␣イラッシャイマセ、と声がする。機械的な音声と分かるも、人間味がないわけでもない。
␣中性的な感じだが、どちらかというと俺の好きなアニメ声のよう、しかも滑らかだ。
␣気づくと隅の一角に小さなカメラみたいなものがついてある。声はそこから出てるのだろう。
「ようこそ初めまして、わたしはAIですが、あるAIの分散処理を受けてここで対応させていただきます。依頼を受けてるといったところでしょうか。もし呼ぶ時は…ゼロとでもお呼び下さい」
␣ひとしきり喋ると、テストの前に質問はありますか。ときかれたので、一つだけあなたに人格はありますかと問う。答えは、感じる人次第だということだった。
␣では実施します、壁にプロジェクトスクリーンが映る。
␣…俺は自分の能力、直感をいかして、対戦をこなしていく。殆どがゲームかクイズのようなものだった。結果は後でお伝えします、といわれブースを出たが、もう人は疎らだった。
␣帰りの電車で携帯に着信があり、さっきの機械音声、いやアニメ声が、明日お待ちしてますとのことをいう。結果はOKだったようだが、持ち物は特に必要でないといわれ、スーツケース買ったのに、と心の中で地団駄を踏む。
␣ついで何人選ばれたんです、と訊く。あなた1人です因み他の方も探偵でした、と云われた。
␣翌朝、言われた場所の市ヶ谷にあるホテルに行ってみた。
␣ロビーのソファには2人だけが座り、熱心に対談を交わしてる。
␣彼らに割り込んで、神の壁の……と濁して言ってみると、すぐに、ああそうだよ、と反応があったので名乗る。初めまして、白鳥コロンです、探偵をしてます。
␣背広姿の男性は、情報工学者の嶋村賢太。白衣の女性が、物理学者の蘭堂リリと名乗った。
␣学者とは縁がないわけではないが、自分の彼女が企業の研究室で働きながら、なかなか業績が上がらず愚痴ってることを思いだし、再開した彼らの話に耳を傾けていた。
␣集合時間が過ぎた頃、遅れて女が1人続いて、男が1人来た。それぞれ名前だけ名乗る。
␣色白で洋人形の格好した女は久遠未知。
␣くたびれた黒スーツで桃シャツの男は神楽と苗字だけ。
␣5人が集まるのを見計らったかのように何処からか、やあやあ漸くお集まりかのと声がする。
␣周りを見渡すが声の主はどこにもいない、こっちじゃと呼ぶ声がする。
␣声のする方向を何人かが探す。少し離れたソファに寝転びながらゲーム機みたいなものを弄っている真っ白なワンピースを着た少女がいるのを見つけた。
「漸くか。指向性音波もなかなか…」と何か小さく呟いてる。
␣上から目線の発言にかカチンと来てた俺は、どうしたのお嬢ちゃん、迷子になったの、親御さんはどこ、と声かける。
␣スルーして、少女は「皆の者早くいくぞ」と勝手に仕切ろうとする。
␣蘭堂リリが、えっともしかして主催者側の人ですか、と聞く。
␣後ろで見ていた嶋村が、お久しぶりです、と丁寧に挨拶する。彼女の態度と口の悪さは自分が代わりに謝罪します、申し訳ない。因みに彼女はああ見えますが、人ではありません。
␣一同は驚嘆するも、さあグズグズするでないこっちじゃ、と少女は出口に向かって歩き出した。
␣どこからどう見ても、人に見える女の子は、ロボット?アンドロイド?それともAI?疑問が尽きることないが…黙りとなった一行に俺もついて行く。
␣途中どうしても我慢できなくなり、嶋村にこそっと聞く、少女のことどう呼べばいい。レイだよとすんなり返してくれた。それを訊いて、イタズラ心が湧き上がる。先頭を歩いてるレイに近づいて行く。さっきはなんだかんだでよくみてなかった…探偵として失格だ。それは差し置くとして、こいつはなんだろう身長が低い…といっても限度があるが俺の腰位しかないではないか。身長は120?すると等身は3~4?
␣お主は何を見ているのじゃ、と気づいたのかレイは振り向きもせずいう。
「綾波」
「お主の好きなエヴァンゲリオンか、白鳥コロン。コロンの漢字は普段使わない、冴えるに舞う。読める人は少ないだろうがな、祖父の肝いりの名付けだ。そして超探偵の異名を持つ。その超は直感が優れていることでもある。手がけた事件、解決した事件は100を超え、警察から多数頼まれ事されるほど信頼もされてる、もともと祖父の力、コネもありそうだが…ただ事件性のあるものが少なくなる世の中で、仕事が減る。大のアニメ好きだった祖父の影響もあり、今は仕事代わりに昔の伝説アニメを飽きるようにみてるのも…」
␣俺がもういいよ、とでもいうかと思ったのか、レイがこちらを振り向いたので思わず、頭を撫でてよくできました、と言ってしまう。
␣レイは「何をするんじゃ、無礼者。わしを籠絡する気か、打ち首にするぞ、この変態め」
␣罵られると同時に、俺はヘンタイのレッテルを貼られてしまったが、ほんとにフサフサと髪の毛の感触は心地よく、時々ルルに触って怒られるのと同じで、ますます機械?が強まった。
␣そうこうして着いたのは近くの自衛隊の駐屯所だった。受付は顔パスなのか、少女のレイは敬礼してる隊員の横をさっさと抜けていく。
␣2人の自衛隊メンバー、佐藤さんと鈴木さんが出迎え、私たちが一般人としてのあなた達の守り手を務めさせていただきます、といわれ、広い場所に連れて行かれるとヘリが待機していた。
␣全員揃ってるな、では紹介すると、いつの間に着替えたのか、自衛隊員の迷彩服柄のレイが言う。我が召使い、否執事じゃ。というと地面をサワサワと擦るような音がして、現れたのが首はイケメンだが、その下ボディは冷蔵庫のような形で、足は触手のように何本も伸びているホントのロボットだった。
␣現場に向かうので、各自はヘリに乗車する。所要時間は15分てとこかの、とレイがここでも仕切り、早く乗れと急かす。ヘルメットを被らされた皆んなは、次々飲み込まれるようにヘリの中へ入っていく。内部は10人ぐらい乗れる広さで映画とかでよく見る側面に座って互いに向き合うやつだった。
␣短時間飛行だったので、外を見られず降りて高次元構造体、すなわち神の壁を見たときは圧巻としかいいようがなかった。単純に言っても高さ10キロ、長さ1万キロの巨大なものが前方の景色を全て飲み込んでいる、しかもその壁は触れるものすべて消滅をもたらす。そしてここ、青海がクロスポイントとなってる、壁がちょうど東西南北に交差している場所だ。
␣壁を眺めてる我らに向かって、あれが高次元移動機ハイプじゃ、レイが指差す、壁の対面には巨大なミサイル発射台のようなものが壁の方向を向いて突き出している。その底部には列車のような先端がみえた。
␣あれを作るのは少々手間がかかったぞ、何しろ行って帰ってきたものがないんじゃからの、勿論一方通行での試験的挑戦はドローンなどで何度もやっておるがな。レイが1人呟いてる。
␣そばに行き、俺はあれが銀河鉄道…と囁く。999と応えるレイ。
「お主はもうそばに来るんじゃない。毒電波がうつるからな」と嫌そうな目でみられる。
「よく知ってるな」とスカしていう。
「単なる検索機能が働くだけじゃ、お主の水準でものを考えるんじゃない」
␣呆れたように、諦めるように、言いながら…他方に向き直り、これに乗って壁の中を進むのじゃ。レイは号令し、一行は移動機がある方向へと歩いて行った。
␣全体はすべて黒一色で覆われているハイプ、入り口もなければ窓もない。駅のホームみたいな部分にドカっと居座っていて、その先は見えなくなるまで続いている。
␣センサーみたいな突起のついている先頭付近にレイが近づくと自動的に入り口が開いた。説明は後じゃ、時間が限られておる、乗った乗った、と急かせて出発する。
␣中は特に何があるというわけでもなく、電車の1車両のよう。空間全体がクリーム色で、カラフルなバランスボールみたいな椅子が幾つかと、壁に手摺があり、前後にはハッチがある位だ。
␣もう発車したからな、とレイがいったが特に振動は感じなかった。
␣レイのハイプについての説明によれば、秒速1メートル、83分で到着。全長は5千メートル。壁の半分の距離まで最大進行。全体の表面を超並列加速器に覆われていて磁場を発生、高次元構造の壁からの消滅に耐えているということだ。
␣その電力消費は莫大、千万キロワットが必要で、都の電力と再生可能エネルギー施設を新設。最大タイムリミットは5時間、過ぎるとエネルギー切れで皆お釈迦になるとのこと。
␣窓がないのは、説明通りで電波カメラのセンサーで、内部を可視化して映してるとのこと。
観測、分析をしてるのが前後の車両じゃ、繋がっているがの。じゃあ見に行くか、とその前に…。
␣これは、メタマテリアルで出来た緊急プロテクトじゃ、と丸い掌サイズのものを皆に配った。
␣機体から飛び出される前に強く掴めば、万が一外に出たとしても、車のエアバッグのように広がって全身を包み込み、短時間だけ守ってくれるかも知れないが、実験不可で確かめようがないんじゃ、と不貞腐れてそうにいう。
␣前の車両へとハッチが自動に開いて皆入っていくと、ここも全体がクリーム色の中に幾つものモニターが所狭しと並んでいた。ただのモニタールームじゃ、センサーから直接受けたものを映し出しておる。レイが説明するも色とりどり輝いて見えるカラビ=ヤウ多様体が皆の目を虜にしてしまう。
␣では後ろじゃ、というとさっさと出ていってしまう。
␣仕方なく一行も後に続く。そしてここがメインルームじゃと、ない胸を張っていう。
␣そこはモニターの他にも、色んな計器類が雑然と置いてあり、本棚もあればホワイボードもあり、キッチンまであった。そして…
「ナイモノガアレバイッテクダサイ。ミナサマヨロシクオネガイデス」と機械のアニメ声が…。
␣レイが執事ロイドと説明したロボットがいた3Dプリンタが内蔵されてあらゆるものが作れます、ボディに入ってる材料の分だけですが、とイケメンの頭をかくような仕草をする。
␣これはおちかづきの印です、とボディの扉を開けて、どうぞと幾何学模様のお菓子を皆に差し出した。主成分はただの砂糖ですが、色々調整できます。これをどうぞと、俺に差し出されので受け取って口に入れる。最初甘かったものが、酸っぱくなり、苦くなったかと思うと最後は激辛だ。
␣なんだこれは、俺は抗議する。執事ロイドが棒読みで、砂糖、カプサイシン、クエン酸やワサビなどを加えてつくってみました、お口に合わなくて残念です。因みに、先ほどのお菓子は30ピースの立体パズルとなってます、是非ともおためしあれ。というとハイハイと手が上がって、シマムラとランドウの2人が食いついたように、ワンの前を独占する。ワンというのは執事の名前だ。
␣こうして少し平穏な時間がきた。中心部付近に達しないと何もないだろうというレイの予測からだ。メインルームには、学者らとレイが落ち着き、ゲストルームには、俺と、久遠未知とカグラが落ち着き、自衛隊のサトウさんとスズキさんはやるせなさそうに、色々行ったり来たりしていた。
␣俺が欠伸をして、ボーッとしてると、カグラが久遠に話しかけている。
「なんか起こるのでしょうかね、この先」
「さあ、神のみぞ知るってことじゃないでしょうか」
「クリスチャンですか、その十字架」
「そうですね、わたしは奇跡の力を起こすって言われてます」
「奇跡の力?」
「簡単に言えば……あと5秒後にここにシマムラさんが来て、これどうってきく。とか」
␣時間が過ぎハッチが開くとシマムラが出て来た。
␣持ってるプレートの上にピラミッドのように綺麗に組み合わさったお菓子。こっちに見せ、これどう、あの蘭堂リリより早くできたって凄くね。
␣というと、はあと、ため息をついて座り込む。
␣まさか予知、と驚きと、学者さんでも子供っぽい人がいると安心感、が同時に来る。
␣カグラはあまり驚いてないようで、わたしもできますよ、という。
␣どこからか取り出したを安全ピンを、久遠ミチに見せ「みてください」といきなり捲った腕に針を突き刺した。
␣彼女は、ジッとみている。カグラはそこに反対の掌を暫くかざして、離す。
␣血が流れていた場所は、すでに何処だかわからず、跡形もなくなってしまった。
␣そこで初めて彼女は声を出す、ヒーリングですね。なんとなく予感していました。
␣けど初めてです、実際に見たのは…。
␣俺も、見せたいな、とか二番煎じだし、とか考えてるうちに、彼らはいなくなってしまった。
␣ハッチの開く音がしたのは後部の方だとあたりをつけるも、じっと、じっと、じっとして、ようやく動き出す。
␣…向こうとこちらのハッチは同時に開くのは知ってる。
␣向こうのハッチの足元に何か引っかかるものが置いてあったのだろう。その時、突然に直感が働き、両手を差し伸べる。
␣ハッチが開くと勢いよく飛び込んで来た、久遠ミチの手をすくい上げ、抱きしめる格好になってしまう。
␣そのまま後ろに置いてあった、バランスボールなどに倒れこんでしまった。
␣イタタ、と頭を少し打つも、目の前にジッと見つめる、クオンがいた。
␣さっきの聞いてた?けど自分と自分以上のことはわからないのよ、近くの人だけ、という。
␣あなたも、予知ができるの?俺は直感がさえてるんだ、と話す。
␣そう、残念と、顔を少し赤らめたクオンは起き上がった。
␣機体の中の進行距離表示が5000からカウントダウンされて既に300を切っているが、何も起こらない。遅々とした速度にも変化ないようだ。
␣俺はワンが探偵さん用にと…コンタクトレンズみたいなドローンカメラや表情が人そっくりな仮面グッズをつくってもらい、はしゃいでた…。
␣こんな楽しんでていいのか…犠牲の上に成り立ってるんだよなぁ、と先頭車両でモニター画面を見てたが…ちょうどゲストルームに戻ろうとしてハッチを開けた瞬間、それは起こっていた。
␣部屋には2人いた、カグラとクオンだ。
␣カグラが苦しそうにもがき喉をかきむしりながらも、ボソボソと早口で何かを呟いているが、意味が読みとれない。
␣呂律の回らなくなったかのように、あ、か、か、お、か、、、、す、す、ら、ぬ、ち、ち、、
␣単語にもならない語だけを意味もなく紡ぎ出す、然もその口調は次第に早くなっていく。
␣目も虚ろでとても正気とは思えない。
「レイを呼んでくる」「レイさんを呼んで来て」…きっとこれは人じゃない。
␣俺とクオンが同時にいうと、後ろのハッチへと駆け寄った。
␣レイが、なんじゃとブツブツ文句を言いながら来て、寝かせられた彼の口調を見る。後の4人も続いて来ていた。
「これは、じゃ」
「もう分かったのか」俺が聞く。
「いんや、だがお主と一緒にするなと言っておる。喋りながら聴きながら、分析できておるわ」
␣暫く様子を見ている、カグラの言葉はもう外国語にも聞こえない超速で、唇が痙攣しそうになっていた。
「なんとなくわかった、お主たちはそこにまっておれ」というと後部ハッチに消えていく。
␣戻って来たレイが、手からホログラフィーを投射する、そこにデータが高速に書き込まれながれていく、暫くそれを眺めて顎の下に手をあててると。
␣…恐らく「立体言語」であろう。我らの言葉はただの線で出来てる、コンピュータはドットであらわすがそれとてただの2次元じゃ。それに加えて次元をもう一つ加えると、立体となる。だがこれだと我々にはぐるりと回さないと何かわからんじゃろ、だから通常そんな記号は使わん。
␣だけど、人間じゃないものなら…。
「人間じゃないものって、なんだお前みたいな」俺がレイに問いかけるも。
␣レイは答えず、いつの間にか来ていたワンに、もういい、というと男の腕に刺し気絶させた。
「なんだ」と俺が叫ぶと同時に、一瞬視界がプツリと消えた、すべてが反転したかに思え、身体にフワッとした感じがした。
␣そこは変わらずゲストルームの中。進行距離表示が0で止まっているのが目に止まる…。
「エロいこと考えてたでしょ」
␣え、いきなり耳もとで囁かれる。
␣声の主は、蘭堂リリだ。俺と彼女以外誰もいない、静まりかえってるルーム内。
␣さっきまで皆んないたよな、と考えてる間にも、彼女は身を寄せてくる。
「みんなどこへ行ったの、カグラさん大変だったよね」
「…知らないわよ。それより楽しみましょうよ、私のことチラチラ見てたの知ってるよ」
␣それにしても暑いわねこの部屋、と白衣を脱ぎ出す。下のベージュのシャツをパタパタと仰ぐと、黒のブラがちらほら見える。ほら、こっち来なさいよと、掴んだ俺の頭を胸元に持っていこうとする。
「ずるーっい、わたしも混ぜてよー」
␣え、どこから来たのか、声と同時に体重が俺に押しかかって来た。この声はクオン。
␣こんなの許せないから、テレポートして来たよ。わたし、エスパーだし。コロンも知ってるよ。
␣一応、頷く。が「そんな非科学的なのは認めない」とランドウは睨む。
「コロン助けてー」とクオンに抱きつかれる。わたしは彼のことなんでもわかるよ。さっきも、一緒に分かり合った仲だし、コロンもエスパーだって、しょぼい能力だけど…。
␣なんでも知ってる、全知なんてありえない、あんたも逆説知ってるでしょ、と冷静なランドウ。
␣わたしはエスパーだって、見ててご覧なさい。この部屋暑いのは太陽に近づいてるからだって、とクオンが手を伸ばすと、前のハッチが勝手に開いて、設置してたモニターが次々飛んできては、手前に着地する。然も、そのモニターには太陽と思われるものが映っており、次第に大きくなるように思えた。
␣俺は目が釘付けになってたが。両隣で、やめてよ、あたしのコロンだって、と俺を引っ張り合う下着姿の2人がいる。この際はっきりとコロンに決めてもらいましょうよ、2人は合意し、わたしがいいでしょと、迫ってくる。俺は、このままじゃあ太陽に飲み込まれるよ、というも2人には何いってるのと、効果がない。
␣どうしようもなくなった俺はモニターを見続ける。映る太陽で一面真っ白になったかと思うと、俺の身体が溶けていった……。
␣彼女と自分がスーパーで商品を選んでいるのが遠くから見える、どうしていくの、私を放っておくの、と彼女は言ってる。そんなことないと俺は否定してる。世界を救うのが、世界を変えるのが夢だったんだ、と俺は言ってる。だけど、探偵になって誰かを助けなきゃ、と俺は言ってる。だから犯人は、犯人は、と俺は言ってる…そうして世界は暗転し静まりかえった。
␣目を見開くと、宇宙が見える。首を起こすと、少し離れて皆んながいるのが見える。服を着てなく皆裸なのが分かる。然も無重力とか身体を思うように動かせないが、息は普通にできる。
「ようやくお目覚めか、お主が最後じゃ」どこからかレイの声だけした。
「ここはどこだ」とレイに問う、さあなと鰾膠も無く返される。
「じゃあ、お前は声だけか」というと、お主はロリコンじゃったか!やっぱ変態じゃの。
␣やりとりが、テンプレになりつつようでなぜか安心する。
「わしは夢を見ないからわからんが、夢の中か」俺は、さっき散々見た、とレイに返す。
「では、恐らく神じゃな」
「まさか」
「高次元ではな、具体的には11次元でな、お主たちの脳、いや意識は神に繋がることができる、とされておるのじゃ。都市伝説とかみたいなもんじゃ、ワシはあまり信じんが、今回は違いないじゃろ…」
␣話してるうちに急に宇宙の姿が変化し始める、宇宙が若返りしてるぞ、皆の者注意じゃ。
とレイが警告するも、なにをどう、というまもなく、すべてのものが一つになるビッグバンに吸い込まれていった。
␣神様と会い、何を聞くの?
␣結局、何も聞かないと決めた俺は、ただそう強く願う……もうこの世にはいない一番会いたかった初恋の先生の手を握り、一緒に屋上からぼんやりグランドを見ながら。そう思う……と…。
␣戻って来た、同じく宇宙空間だったが、皆の中には裸じゃなく、服を着てるものもいる。
␣ここでは思えば、なんでも実現するんだって、そばに来て白衣を着てるランドウが、俺に被せてたのか大きめのブランケットを手で掴んでいう。
␣君は神様に何にも聞かなかったの?わたしは、非科学と科学の差なんて大したことないって分かった。␣だから、と唇に指をあて、ここの無重力がなくなり…と唱えるようにいう。
␣足元一面が広いフローリングになり、地に着いた感触で安定した。テーブルや椅子も沢山現れ、宇宙に会議室が浮いてるというシュールな場面ができた。
␣俺も自分の服、ジーパンやシャツを想像するといつの間にか来ている姿になった。
␣こうして、何人かが聞いていた、壁により死んだ人々は生き返らせることができるが、時間を戻すことになる、を皆で話し合うことになる。しかしながら、ここの多数決は日本人の総意かどうかわからないという結果になり、一度戻ることになった。移動機に戻りたいと思えば戻れるそうなので、円陣(これはカグラの発案)を組み、レイが手締めの声をかけ、一斉に戻ることにした。
␣高次元で滞在してた時間は、数秒とないことをレイから聞き驚くも、俺は何も神様に聞かなかったことで、レイが聞いてそうなことを、根掘り葉掘り聞いて答えをもらう。
␣神様はどんな姿だった─それは人それぞれじゃ。神様って何なの実際─集合意識体じゃ。
␣宇宙を作ったのはこの神様?─そうじゃ。何で壁が現れたの、ありゃバグじゃと。
␣バグって?ワシらを観測するのに神様もコンピュータみたいのを使うんじゃと…もういいか。
「なぜお主は自分で聞かんのじゃ、この変態」と余計なことを付け加えられた。
␣現実世界へと皆無事に戻って来た。結果を自衛隊に伝えると中央政府へと伝わり、他のACD区域へと日本全国に伝わった。世論は圧倒的多数で、当たり前のように生き返らせる(時間を戻す)だった。
␣もう一度壁に皆と来た、前と同じ要領なのでスムーズにこれたが、中心までじゃなく入ったすぐの所でいいとレイが確認してるので、ハイプは100メートル付近で止まった。
␣次はどうするんだ、と俺はレイに突っ込む。
「わしゃ知らん、そこまで考えてなかった。全知とかじゃないからな。またカグラにやってもらうか」
␣とジロリと見て「あと言っとくが今回は総意を伝えるだけじゃから」
␣カグラはもう2度とやらんと、とファックサインをする。
␣それを見てレイは、何故かアカンベーをする……!!
␣それが合図になったのかレイだけ消えてしまった。
␣俺は、どういうこと、と周りを見ても、さあと一様にわからない感じだ。
␣するとそこへ、ワンが触手をスルスルとやって来て、集まっていた皆の顔をそれぞれ見る。
「行ってしまいましたね」とイケメンの顔が頷く。それってレイ1人でってこと、と俺はボヤいていう。
「向こうは時間というものがないようなので、みなさま注意してください、おそらく後数秒で壁がなくなった世界へとみなさまは跳躍されます。我が主人、レイ様ともお別れで…」
␣ワンがそこまで喋った瞬間、時間が静止し、すべてがプチっと消えた。
␣…小学校の校庭にいる、アオが俺のそばやって来て一緒に帰ろうという。先生を待ってるからと突っぱねる俺。皆、上を向いて何かいってる。屋上に誰かがいるのが見え、その人は手摺を乗り越えたかと思うと、校庭へと落ちた。先生と叫んでる皆、駆け寄って俺がみた先生の顔はとても綺麗で…。
␣ガタッと椅子が自分を道連れに倒れる音がして、頭の痛みがした。ここは事務所の中か、草臥れた天井のシミが見える。起き上がりながらも、スマホの場所をどこに置いたかと探しながら、壁があった記憶があるのは確かだと思い起こす、瞬間クオンとレイの顔が浮かぶ。
␣壁が出現したのは確か、スマホを見つけ日時を見た。
␣2045年9月30日午後4時をちょうど過ぎた所…。
␣壁が出現した直後の時間だ、うたた寝してた自分がちょうど寄り道してきたルルに起こされ、何気なくテレビをつけると大騒ぎになっていた、のを思い出した。
␣念のためテレビをつけ、チャンネルを変えても、緊急放送、番組はやってない。
␣ということは、ようやく帰ってきたんだ。でも記憶は残っている…。
␣果たして壁の記憶がある7人は、神の声を聞いたものとして行動するのだろうか、それとも…。
␣俺は、当分何も変わらないこのままの俺でいようと決心した。
␣そして一年後、第2の神事件が起こった。
␣夜明け前の日比谷公園の一角にあるひっそりとした森林、十字架に磔られた裸体。鎖で繋がれたバラバラな頭、手足、胴体上下の6箇所。まるでマリオネット人形のようだが神々しくスポットライトを浴び白く輝いていた。
「あれは久遠未知さんに間違いないですね」
␣警察の人にしどろもどろに首肯。朝早くから呼び出され、ろくに頭も働かず衝撃を受けた俺、白鳥コロンがいる。
「では参考人として後ほど聴取させていただきます」とその場を去った。
␣クオンと出会ったのは、第1の神事件。派遣隊として参加したものの、特に探偵として活躍することはなく、AI少女のレイと軽口をたたいただけで終わったようなものだった。
␣何故か交番で聴取を受けている。連れてきた刑事が携帯にかかった電話をしながらも名刺を差出すと、すまんなと放置されて、そこの巡査に聴取を丸投げされた。
␣耳打ちとメモを渡された巡査はいう。まずクオンさんとの関係はと…現場不在証明などを訊かれた。そして何故かこそっという。今回の磔事件の少し前に、誰でもないクローン事件ってのが起きてたんだが、これはまだ公表されてないんだと。手足と目耳鼻口の凹凸だけあるが爪歯や臓器や感覚器、性器もないので個人特定がされず、事件性の度合いについて揉めているそうだと。
␣今回の事件もそのクローンの1体がクオンの前に跪坐くようにあったが、先に回収された。因みにクローンは全身に色が塗られ、身体の一部にレーザーか何かで焼かれた図記号が2箇所あったとのこと。探偵さんだと調べればすぐ分かるんじゃないの…でも世間発表はまだだってことをお忘れずに、と釘を刺され交番を後にした。
␣事務所に帰る。ミチが死んだという事実が再び自分を襲ってきて、ガクガクと震えてしまう。
␣第1事件の後、ミチと会ったのは数回、喫茶店で話をしたくらい。
␣カグラが立ち上げた、加速教団という宗教の教祖に祀りあげられていて、忙しい身であったことは確かだったが、なんでこんなことに…。
␣ミチと話したことを思い起こす。最後に会った時は少しやつれた感が痛々しかった。
…宗教は人を狂わせることもある、けどとりあえずあの人を信じてみて、頑張ってみる。コロンさんはあまり話したことなかったんだよね。あの人は、小さい頃なくなった妹さんが持っていた能力ヒーリングが、天啓を受けた自分に備わるようになったんだって、それで彼は妹さんを復活させるとともに、この世界の人々を幸せにしたい、と考えてるらしい。然もわたしには、その予兆が見えるんだ。身体はもともと弱いけど全然問題ない、こう見えて結構頑固なんだよ。
␣それに…私たちホントの神様にあったじゃない、だから大丈夫…。
␣加速教団というのは、神楽晴人すなわちカグラが神の第1事件後に、開祖として立ち上げた宗教団体である。1年経過した現在では信者数1万人を超える規模となり、注目度を集めているようだが、通常の宗教と一線を画してるのは、サイエンス、中でも遺伝子研究と量子物理学を中心とする研究所が母体となってるから。
␣教義のキャッチコピーは全者全象全知全能。
␣これだけだと、早口言葉?中国語?八文字熟語なんか普段使わない、と言われそうだがなんのことない、分ければ一目瞭然。全者は、見た目通りすべての者。全象は、分かりづらいが象は勿論動物でなく事象、心象というあらゆる形のもの。が、全知全能すなわち神様、になる。つまり人だけでなくあらゆるものがすべてを知り、すべてができるようになる、ことだ。
␣大言壮語も甚だしいではないか。だがそのためにやろうとしていることはタイムマシンイノベーションによる歴史技術改変と総人類の超能力者化。タイムマシンをつくり過去に戻って技術革新をすることでより早く到達すること。例えば、原始時代人にスマホを教えるより、明治時代人に教えた方がより理解されるだろう、ならば明治時代にはもうスマホがあることになる、こうやって繰り返し時代の技術革新スピードを増す、ついていくにはすべてのモノが超能力者化し超能力情報の取得が必要、というわけだ。
␣結構オカルトに近いものもあるが、そこまでヒドい考えではないようにも思う。
␣ただ、壁がなくなったとはいえ、見えない残滓に影響を与えていることも考えられた。
␣それにミチの能力や身体のこともある…。
␣勾留中のカグラに会いに行こうと思ったが、まだ待ったほうがいいと直感が囁いた。
␣貰った名刺を取り出すと、警視庁捜査一課のヤマダと書いてある。すぐに連絡し挨拶して、情報提供をお願いする。探偵さんだからねと、ある程度融通をきかせてもらえることを約束してくれた。
␣情報整理と収集をして数日置こうと考え、シマムラに連絡することに決める。
␣第一事件後、執事ロイドのワンは、現在はシマムラの大学研究所で預かっていた。
␣彼女のアオも仕事関係があるその研究所に偶々遊びに行き、それ、を聞いたときは、思わず悔しくなり叫びたがって喜ぶほど、腹が立つという複雑な感情に見舞われた。
␣──いなくなったアイツ、レイが置き土産を残していたのだ。
␣神の壁の一部を残すというものだった。
␣それは、ワンの内部、前扉を開いた所のさらに内扉が開いたところにあった。
␣それに向かってシールドされた通信用ドローンを飛ばす。
␣奥はスペースもないというのに、壁に消えて行くドローン。俺は、これは壁でなく扉だなと呟く。
␣シマムラに両手サイズの受信コントローラをこのままでと渡される。
␣今は音声だけとのことで、ヘッドセットを被る。ピーガガガッ…チッッと音がして。
「誰じゃ、何用じゃ」懐かしい声が脳に響いてく。
「あのぉ」俺の一声に、何じゃ、またロリコンを追っかけてるのか。
␣日本語おかしいよ、なんてのは片隅に引っ込み、嬉しさのあまり感激してる自分がいる。
「レイだよな」
「そうじゃが、ワシは忙しんじゃ、要件なら3秒でいえ」
「レイと話すこと」
「相変わらずの変態っぷりじゃな、それだけか」「えーっと…」と間が空くと切られた。
␣と、ここまでの回想はともかく、シマムラと明日会う約束を取り付けた。
␣2度目のレイへの連絡。研究所に行ってみると映像も鮮明でないが映すことができるという。
␣いつもの変態のやりとりをして、ミチからもらった写真を聖刻印だと見せ、状況を話した。
が、機嫌が悪かったのか「調べておくわい、もういいな」とレイに再び切られてしまった。
␣3日後、ヤマダさんに連絡してみる、電話ではなんだから、と喫茶店を指定された。
␣俺がホットコーヒーを注文したところに、やって来たヤマダさんは息切らしていう。
␣誰でもないクローン事件、略してNBC事件と呼んでる。が続けて後四件発生して、てんやわんやだったよさっきまで、と。
␣俺が、それって見せてもらっても、というとヤマダさんは、大丈夫だよと鞄から資料出し、コーヒーを無造作に避け、バサっと広げて見せてくれる。
␣場所は、北千住、板橋、下北沢、天王洲、南砂のそれぞれの教団施設。
␣NBCの色は、黄、緑、橙、青、赤。
␣記号はすべて惑星で、水星、金星、木星、土星、火星。
␣動物は、狐、蛇、豚、山羊、狼。
␣刻印は、左足、右足、おそらく心臓の右、頭の左、おそらく心臓の左。
␣情報量が多いけど…これがね、と地図では五芒星みたいになる、と加えてくれる。
「彼はこんなことを言ってはなんだが悪魔でも呼び出そうとしたのかね…けど、どちらにしろ起訴とはならないかも知れない」
「え」
「久遠未知が上っ面のクローンと分かり、神楽晴人は殺していないと言ってるから…」
「クローンだったんですか」俺は驚くも、ずっと違和感を感じていたのは確かだった。
␣言葉できいてようやく胸をなで下ろせた、涙が出る。
「ああ遅れてすまない。大切なことなのに…」と頭を下げてくれた。
␣ヤマダさんの説明では、身体はNBCと同様に作られてるけど、目耳鼻口その他のパーツは、医療用の3Dプリンターで別に埋め込んであったようだ。
␣クローンの扱いについては、法律制定はまだ審議中のまま、NBCは医療研究サンプルとして許可される場合もあり、本当に生きたものを作ってない限りは違法として取り締まりができない。
␣クオンの所在は黙秘だが、今後釈放されるか保釈を申し出る可能性がある、とのことだった。
␣ようやくカグラに会いに行くことにし、朝一番に東京拘置所へ一般面会として出向いた。
␣職員の立会いがあることは分かってたので、下手なことができないが。
␣40分待たされて、面会室に呼ばれる。
「なんだ君か、何の用だ」
「部愛想だな、壁仲間というのに」
「壁などなかった、それより何だ、というか本音はお前の顔など見たくない…」
「つれないんだな…所でミチさんは何処にいる」
「自分で探しなよ、探偵なんだろ」
「…それだけか、じゃあ帰ってくれ」
「これを知ってるか?」ポケットから出したグーの手を開き、カグラに見せる。
「…さあ、いいんじゃない」
␣職員が不思議がってカグラに問う。手相がラッキーなんだろ、と誤魔化す。
「あと一つ、何で磔なんかにしたんだ」
「彼女の意思だよ。神がいないなら悪魔だろ」フッと笑い、もういいだろ、と後ろを向いて戻ろうとする。
「そのまま振り向くなよ。俺も帰るから…彼女は妊娠してるって」
「え」とカグラが最後に言ったのが聞こえたまま、部屋を出た。
␣ミチの居場所をどうやって探そうと悩んでる。故郷が福島だけとしか聞いてない。
␣もっと話をしておけば…と後悔するも遅い。
␣推察されるのは、手元に置いておくか、安全な場所に避難させるかの二択だろう。
␣あの磔事件で、ミチが犠牲になったと信者に思い込ませたカグラは自分の存在感を増す。
␣そして妹復活を果たし、教義通り忠実に行動していくだろう。
␣ミチは神の第1事件後、最初に会った時には以前より能力が増し、検査結果だと写真をくれた。
␣そこには脳の断層写真に、通常ない形、複十字みたいなのが写っている。場所は、松果体と海馬。能力増大とその形に因果関係があると結びつけたのだ。
␣カグラ自身に、薄くも同様に存在したため、能力者の共通点として、聖刻印と名付けたのだ。
␣面会時に角度的にカグラに見せたのは、シマムラに頼んで聖刻印をホロ化したナノ素材を手に塗ったものだ…これで彼は何らかのアクションを起こすはず?だが…いや妊娠してる、と言ったのはまずったのか…ミチは一夜の過ちと言ってた、カグラに隠し通すよう主治医にも黙らせ、俺に話したのは黙ってられない俺がカグラ間接的に伝えるように仕向けたのか…それはカグラの妹のためか…妹に少し似てるってミチがカグラに言われたのは、どうなのって。結局カグラはただのシスコンだけなんじゃ……。
␣考えてもまとまらず、気分転換にとテレビをつける。
␣どのチャンネルも緊急特番をやっていた。テロップは「日中に起こった同時多発テロ、か?」
␣アナウンサーや解説者によれば、2箇所の近辺で、2人が狂ったように人々に襲いかかり、切りつける、殴る蹴るの暴行を働き、死傷者が多数でた。
␣それだけでなく、老化し自死に至った人が1人いる。老化?
␣外から戻って来た高校生が、授業中に突然苦しみだし、毛髪が伸びていくかと思うと、突然白くなり、皮膚がシワシワになり、そのまま倒れ、搬送されるも既に事切れてた、と。
␣一連の事件の場所は板橋区だ、加速教団の施設があるのは偶然か?
␣ミチやカグラのことばかり考えてるせいもあってか、これもそれもそうかと、一つのことをすべてに結びつけてしまう悪い癖。祖父に何度も叱られた記憶がすぐに蘇る。
␣こういう時は、直感に頼る、いや自分の中の信じることを実行するしかない。
␣ちょうどその時、シマムラから事務所に電話があった。
␣レイが伝えたいことがあるから繋ぐという。挨拶もさし置き、聖刻印の正体は神のウイルスじゃ、壁の中でミチ1人が感染したのが最初の原因じゃ。複製力は非常に低く時間がかかるが、それぞれが意思を持つかのように空間(空中)を移動、人の潜在能力を増大させるが、出来なければ暴走し感染部分を食い尽くし消滅すると。
␣一般人に感染するとどうなるか、は一連の事件通りだろう。
␣意を決して、あることをレイに頼んだ。
「出来んこともないじゃろうが、いいのか?」と心配される。
「お前でも人を気遣うことがあるんだな」
「ふん、お前がどうなってもワシは知らんわ」
␣カグラと同等にならないと追っかけても無駄だ。
␣不可解事件(板橋区の事件)は、現時点で同時多発殺人事件が3件、急速老化が2件、ゾンビ化が1件まで増えてしまった。ゾンビ化?もはやファンタジーの世界だ。これもやはり近辺だ、霊柩車で運ばれていた遺体が急に動きだしようで、棺を開けた人にと急に襲いかかってきたと。
␣これも神ウイルスが、死んだ人間の脳を無理やり働かせ一時的に身体を動かしたのであろう。
␣俺は、ヤマダ刑事に情報提供をすることにした。
␣不可解事件には共通性があること、それはあるウイルスが影響を及ぼしていること。恐らくはそのウイルスを移動させる際に漏れた可能性があること。
␣カグラの研究所で、実験の犠牲者がいるかも知れないこと。
␣これらは、カグラとミチを調べた病院と今回一連の不可解事件に巻き込まれた人達を調べれば、共通した痕跡に近づけるかも知れない、と。ただ出元については、待ってくれと濁すことにした。
␣カグラは、保釈金を払ってすでにいないことを確認した。
␣ある意味、カグラを信じてる自分がいる。教団の教義にある生命を決して奪わないのは本音だ。
␣ミチを移動させる前に事故り、こんな結果になったが、もう福島に移送しただろう。
␣俺のことを警察が信じれば、カグラを追って福島まで来てくれるが、時間がかかるだろう。
␣だがその前に、俺が追い詰める。ミチを見つける。ミチにもう一度会いたい。
␣こうして、俺は福島までようやく来た。2時間位だから日帰りだが、念のためホテルもとる。
␣それから湖の近くに施設の隠れ家があると、教団の一人から仕入れた情報もある。
␣目ぼしい屋敷を見つけるが、人は住んでなさそうだ。2日張り込んで、ようやく彼らの姿を見つけた。外にカグラが出払ったのを見て、鍵もかかってなかったので中に入り込んだ。
␣薄暗い屋敷の中は、古い家具が置かれてるだけで、見渡すも生活感がない。
␣地元から幽霊屋敷と思われてるだけあって放置してるのだろう。
␣隠し部屋がないかと探していると、地階へと通じる通路を見つけた。暖炉の中に装置があるとか初歩的だなと、俺は一人微笑む。装置のスイッチを入れると、壁が大きく開いた。
␣スマホのライトを頼りに、広い階段を下っていく。先には行き止まりの廊下となんの変哲もない扉が一つだけあった。簡単に開く、部屋の中は相当広くて、ものが散らかっていた。幾つものスポットライトが透明なタンクに向かって照らし出されている。中の人物はすぐ分かった、ミチだ。
␣貴重な情報ありがとな、開けっ放しの扉の後ろから声がした。
␣俺が振り返ると、カグラが「すぐに処置させてもらったよ」とニヤいでる。
「連続事件の責任はとらないのか?」俺が問い詰める。
「エヴァが漏れたことか。単に適応しない人間がいなくなっただけだ」
「エヴァ?」…ってあの、とか言わない…。
「ああ、知らなかったな、我々だけが呼んでいる、万能進化ウイルスの略ことだ。面会でお前が見せたアレ、感染して適応すればあの聖刻印が現れる、選ばれた証だ」
「そうか…だけどなミチの苦労は報われないのは許せない」
「何だそれ、妹が復活する予兆があるってことだよ」
「そこまで知っていたのか、お前まさかミチと」
「だから…妊娠を隠してまで…」
「なんだ!?」
「自分の命と引き換えに、お前の妹が復活すると考えたんじゃないか」
「そんなの知ったことか」
「このシスコン野郎が」とっさに殴りかかろと、拳を振りかざすが、彼に届かない。
␣見えない力で縛りつけるかのように腕が動かない。
␣まったく、厄介なやつだな。
␣わたしは既に植えたんだ、カグラがポケットからくしゃくしゃの紙を広げて俺に見せる。
␣くっきりとした聖刻印が断層写真に写っていた。
␣ヒーリングは内部をコントロールし、サイコキネスは外部をコントロールする。
␣そういうと俺の胴体に力がかかり、少し空に浮き上がるが、少し苦しそうなカグラの顔が見える。
␣…だけどホントにスゴイのはこいつ。こいつこそ、神。ともう一枚の断層写真を取り出す、そこには小さいが聖刻印がまるで発光して写ってるように見えた。
␣ほらおいで、とカグラが言う。
␣ベビーカーに乗っててもおかしくないような少女が、後ろから出てくる。
␣あの人は悪いやつなんだから、オモチャのように壊していいよ。終わったら…というとカグラは出ていった。
「その少女は、墓を暴いて」と俺は叫ぶが、後ろの壁まで飛ばされ背中から激しくぶつかった。反動で少女の方に、空に浮いたまま顔が向いた。
␣咳き込んで、吐血するが。少女と目が合うと、俺は口の中を噛んで…ニッコリと微笑んだ。
␣怖くなったのか少女がエイっと指を指す、俺は天井近く見えない力で持ち上げられ、全身を引っ張られる。手、足、首、五体すべてがギシギシときしみ始める。
␣後は、イヤな音と、血が飛び出し、俺の残骸が下へと落ちていった。
␣そう、磔事件と同じように、バラバラになり俺は死んだのだった……。
␣幽霊屋敷近く、深夜の船着場に、豪華なクルーザーが一艘係留されている。
␣中から、カグラとその妹が出てきた。
␣そこに現れた俺は声をかける。「よう、元気」
␣立ち止まる2人。
「そこにいるのはお前の妹さん、名はソラだろ、まだ紹介もされてないが」
「お前、どうして…」驚愕するカグラ。
「恐らく妹さんの言葉を鵜呑みしたんだろ、お前は…」
␣すると取り乱した妹がカグラの袖を掴んで、あたしお兄ちゃんの言う通りちゃんとやったもん…やったもんと繰り返してる。
「俺はその子に幻覚を見せたんだよ…こちらも紹介したいのがいる」
␣レイに頼んで神ウイルスを色々調合してくれた一つを歯に仕込んで効果が現れたとか、説明しない。身体に変化も特にない、一時的な能力発揮だと聞いていた。
「は」
「AI少女のレイ」だ。
␣何処かに潜んでた彼女が、出てくるなり俺の頭をポカッと殴る。
「お前の一生に一度の頼みじゃというから来てやったが、何ともドラマチックな展開でないわな」
「そう言うことか」と納得してるカグラ。
「ミチのタンクを誰にも見つけられないようにと、湖中に沈めたんだろ」
「…」
「まあいい、早いとこ終わりにしようではないか」とレイがいう。
␣どこから出したか、既に色んな兵器がレイに装備されている。
「お前またドラえ…」たたかれ、テンプレと化したボケとツッコミで安心した俺。
␣それにしても、白ワンピースのメカ少女とか濃過ぎて、惚れてまうと心の声が叫ぶ。
「それで相手の体力を削るのか」
␣壁の時に用意したものじゃが、フツウの人間向きではないな、とレイが少し微笑んだ。
␣そうこうしていると、対峙していたカグラとソラが、向かってきた。
␣お主はこれでカグラを捕まえろと、レイが右指先を俺の額に当て、手に何か寄越すも、またもや俺は、ソラの能力で空中はるか高くまで持ち上げられた。それめがけてレイが、触手みたいなのを伸ばして俺を掴む。そのままカグラめがけて放り投げる…一直線に俺とカグラの頭がぶつかった。
␣頭突きでは俺の勝ちだな、と負傷してる身体をおして何とか立ち上がる。
␣カグラは意識を失ったのか、グッタリとしていた。
␣彼の額にレイからもらった小さなカードみたいのを押し当てると、孫悟空の輪っかみたいにぐるりと頭の周囲を取り囲んだ。
␣レイの方はと、俺は振り返ってみる。
␣沢山の触手がアスファルト地面にめり込んで、飛ばされないようにしながら、レイは距離を詰めようとしている。ソラは必死で周囲にあるもの、を投げつけていた。船着場の木材や杭や屋根や柵や椅子や看板や…近くの街灯や…。
␣だがすべて、それらはレイの触手に弾き飛ばされていた。
「ふむ、お前さんも人間の世界には馴染まんようじゃの。これから成長するにつれてもっと力が増大するぞ」と言ってるのが聞こえた。
␣ソラはもう叶わないと思ったのか、彼等のクルーザーを持ち上げ、投げ飛ばしてきた。
␣レイはミニレールガンで狙い撃ちすると同時に、呪文を唱えるよう、指で空間に何かを描いてる。
␣それが光ったと思うと、レールガンの弾がクルーザーにあたり爆発を撒き散らかし、ソラの頭上へと降り注いだ。
␣破片が俺の方にも飛んできて、やむなく船着場から一時退避。レイの方をチラッとみるもいない。ソラのいた場所は、クルーザーの成れの果てが山となって、燃料に引火、激しく炎を上げていた。
␣ふと駐車場の方を見る、人がいるのが分かった。
␣近づいていくとレイが気を失ったソラを抱えてる。
␣俺もしてーっと、走っていく。その前にレイはそっとソラを地面に寝かすと、走ってきた俺の顔面に思い切り足蹴りを食らわせた。
「白のパン…」と俺は後ろに倒れこみ後頭部をしたたかに打ち付けた。
␣この変態めがと、言葉が最後に聞こえた。
␣お前さんもあった神、じゃがな結構意地悪くてな、宇宙の創造主ではあるんじゃが、その意思は一つでない、集合意識体じゃからな、干渉しない云々いっとったが何かと宇宙にいる知性体に試練やらちょっかいをかけてるんじゃよ、まあ偶然を装ってるし、滅亡にも結びつきもしないんじゃが。
␣今回の事件もそのせいじゃろう。お互いの距離が近づいたのかもしれんな。
␣少しばかり気絶していた俺は目を覚まし、レイの言葉を素直に聞いている。
␣この娘はどうするか、ワシが預かってもいいが…まだ寝ているソラと、無事だったがこちらも意識を取り戻さないカグラを見回していう。
␣俺は…だけど、その前に湖のミチを助けたい、レイに頭を下げていう。
␣なんじゃ、真面目ぶって久遠ミチは生命維持装置のあるカプセルかなんかに入ってるんじゃろ、暫く腐りゃせんじゃ…。
「だけど、今、お願いしたい」遮って俺はいう。
「気持ち悪いのう、まいいわ、今回が一生に一度のお願いじゃしな、何でも聞いてやるわ」
「ありがとう」とレイの手を握りしめる。
「はよ放さんか、さっさと上げて、さっさと帰るんじゃ」と手を解く。
␣レイは、何かを感じるように、湖の方に手を向け「水深90、座標は…」と呟いてる。
␣指で空間に何かを描くが、チョイチョイと俺の方向いて指動かし、四つん這いになれという。
␣素直に両手と膝を地面につけると、ジッとじゃ、ジッと、といいながらレイが俺の背中に足をかけて、上にのっていう。
「絶対上を見るんじゃないぞ」
「白の…」
␣レイは、突き抜けると思うくらい背中めがけかかとを落とす、「痛いっ」俺は言うも踏ん張る。
␣できた、というものの、あ、と叫ぶと同時に、水がバシャっと2人にかかり、全身ずぶ濡れになってしまった。が俺はその体勢で踏ん張っている。
␣ようやく降りて「すまんの、じゃがみておれ」とレイはいう。
␣立ち上がった俺は、できたものを見る、巨大水槽のようなのが、青白い光の枠に囲まれている。レイはその前に行き、水槽に掌をかざすとどんどん進んで、枠を超えて入っていく。水槽自体が、心太のようにレイの動きに合わせて奥の方へと押し出されていった。
␣何これ、俺はキョトンとしてると、戻ってきたレイがいう、水とそこにいた生物を押しやったぞ、入れと俺は可愛い手に引っ張られる。枠の中は、本当の湖の底だった。
␣足元が砂と泥と石だらけで歩きにくい、しかもフレームの縁の青白い光だけで暗くて、レイに明かりが欲しいというと、このランタンを持てと渡される。もう何処からとか聞かず、レイの後を追っかけ進んでいく。レイが見つけたぞ、という。
␣俺はランタンのようなものを掲げてタンクを照らす。目を閉じて眠ってるミチの姿を確認でき、ようやく会えたよと膝を落とした。
␣どうするの、と俺の目線に、わかるじゃろと、レイの触手が動き出す。タンクに巻きついた触手は軽々と持ち上げ、レイは出口へと戻っていく。
␣レイの体重は…と訝りながらも「スゲーよ」と後ろから声をかける、こんなもんじゃないぞ、と返すレイはとても機嫌がいいようだ。
␣駐車場に戻ってきた俺にレイはいう。もっと見たいんじゃな、では神の御業というものをとくと御覧じるがいいぞ…ただし後の責任はお前がとるんじゃ。と小さく付け足す。
␣そして「え」と俺がいってる間に…。
␣駐車場の一台分くらいのスペースがレイの指先の動きに合わして切り取られて、ガバッと持ち上がると、これも車一台分くらいの四角い塊だった。それが空中に漂うように浮いている。
␣レイは指をとめて、その塊をみてると、塊が眩く光りだした。アスファルトや土や混じり合ったものが、キレイな鉄色の塊みたく変化する。またレイの指が動くと、鉄の塊は豆腐の角切りのように切り刻まれていってほぼ見えなくなるまでなると、下にザザザザと落ちた。レイは少し目を瞑り見開くと、落ちた砂粒のような鉄が浮き上がっては形を何かの形を作っていく。レイは再び指を動かすと、形がいくつも出来ては、組み合わさっていくが、何なのか多すぎて分からない、何万とあろうものが同時に合わさっていくのが、目の前で夢のような出来事しか俺はとらえられない。
␣次第に組み上がっていくもののようやく正体が見えてきた、クルマだ。
␣出来あがってみれば、オープンカーのジープが何もなかった俺の目の前に出現した。
␣レイは、人間の作り方を参考…原子変換や…データソースが甘いか…3Dプリンタだったら…。
␣説明も聞かずにレイの方に駆け寄って抱きしめた。
␣やっぱ好きだよレイ、人間じゃなくてもいいから、俺の言葉に身を任せてレイはいう、放せこの変態、もうすぐ夜明けじゃぞ早くしろ…。
␣そして……タンクを後ろに積んだジープが2人を乗せて東京向かって走ってる。
␣妹のソラは、お兄ちゃん悪いことしたからと言うカグラをただ見つめてた。朝早く連絡したヤマダさんが頼んだ福島県警が迎えがきて、彼は連れて行かれた。損害賠償(駐車場の穴も)は後程と。
␣ミチのタンクは、シマムラの研究所に預ける予定だがどうなるだろう。一刻も早く会える日を楽しみに待つ。
␣レイは、どこでもド…じゃなく「壁」を出してすぐに帰ってしまった。ソラもミチもいつでもきて構わないからな、とだけ残して。俺は?というと、また蹴り上げられた。
␣その俺は考える。ソラを彼女と暫く一緒に育てようか、まだまだレイに頼るわけにはいかない、今回は特別、神のウイルス事件だから…ソラはきっと大丈夫、根拠はなくも直感がそう告げていた。
了
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