とかっぷち

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とかっぷち

まあ、昔から変わってたよね、あいつ。
家が近所だったんで、幼稚園から高校までずっと同じでさ、腐れ縁ってぇの?
性格も特技も趣味も全く違ってて、だから飽きなかったんだろうね、お互い。
小学校に入ってすぐの時、大きくなったら何になりたいですかって聞かれて、あいつ何て言ったと思う?
巨大ロボットになります、なんて真面目に言うから、そりゃみんなに馬鹿にされるよな。
先生まで苦笑をこらえきれずにいて、でもまあ、変な奴だなとは思ったけど、それはそれでいいんじゃないって、俺は思ったの。
スポーツ選手とかパイロットとかより、なんか面白そうじゃん。
俺はね、吟遊詩人になるって言ったの、でも周りのガキんちょどもには通じなくってね、で、ロックミュージシャンになるって宣言したの。ま、俺も笑われたけどね。

 

〇ライブハウス、ステージ(夜)
モニタースピーカーに足をかけ、ギターソロをとっている土屋明(17)、80年代ヘアメタルといっ       た衣装で、いかにもパーティーな感じで盛り上がっている。
スタンドマイクへ戻り、
土屋「ガーリック・レイジだ。ガンガン行くぜ」
スピーディーなリフを刻み始める。

〇須田の自宅、玄関(早朝)
学生服に大きな登山用ザックという格好、手にしたタブレット端末から片時も目を離さず、スニーカーに足を押し込んでいる須田秀泰(17)。
母親の声「今日は入学式よね?」
須田「うん、歓迎会とか始業式とかもあるんだ」
ぐりぐりしたり、とんとんしたりしながら、上の空で靴を履いている。
母親(45)、玄関ホールまで来て、古風にも上がり框付近で正座をする。
母親「しっかりね」
と場違いなほどの真面目な表情をしている。

〇同、玄関前(早朝)
ドアが開いて、須田が出てくる。
須田「行ってきます」
タブレット端末から片時も目をそらさず、ドアを閉める。

〇同、玄関内(早朝)
ドアが閉じると、正座をした母親の姿勢、まるでスイッチを切ったかのようにがくっと力が抜ける。
静かに照明も消え、かすかに聞こえていたモーター音も止み、静寂。
眼窩、口腔などぼんやりと光っているがそれもやがて消え、溶暗。

〇住宅街の道(早朝)
青く澄んだ小さな丸い月が照っている。
まだ薄暗い住宅街。動く姿は他にはない。
敷地から出て歩き始める須田。
ふと足を止め、こめかみをもむ仕草。
土屋のN「もし神様がいるとして、それが本当に善良なものだとしたら、今の世界などリセットして、最初からやり直すに違いない。あるべき正しい世界をもう一度。」
歩いてくる須田の背後、遠くに人影が現れる。意思の感じられない、夢遊病者の様な歩み。なんとなく須田を見つけゆっくりと歩き始める。
土屋のN「でも、そいつがもうちょっと出来の悪い無責任なやつだとしたら、こんな世界なんて放り投げて、どこかに消え去ってしまうだろう。とかっぷち、水は枯れろ、魚は腐れ」
わらわらと増えてくる人影たち。パジャマ姿だったり、スーツ姿だったり、さまざまな格好だが、みんなゾンビのように生気がない。
タブレットを操作していて、背後のことに気づかない須田。

〇ラブホテル一室(早朝)
いかにもという感じの室内。脱ぎ散らかした衣服とギターのハードケース。『ガーリック・レイジ』の文字がスプレーされている。
けばけばしいムード照明の中、回転ベッドの上、トランクスだけの姿の土屋、テレビのリモコンを操作する。
土屋のN「どぶ臭い空気のような不安がこんなにも充満しているのに、僕らは気づかずにいる。」
テレビの画面には『超高齢化社会』、『失業者の激増』というテロップとキャスターの落ち着いた表情。
土屋のN「大人達は子供達を虐待し続け、」
つまらなさそうにチャンネルを変える土屋。画面には逮捕される若い男女と、痛々しいあざや傷だらけの身体にぼかしの入った顔の子供の写真。
チャンネルを変える、土屋。
土屋のN「子供達は大人達を狩るように殺戮し、」
画面内、公園のベンチに手向けられた花々。突然それを荒々しく踏みしだく十代のグループ、カメラに近づいてきて、中指を突きたて、舌を出す。
チャンネルを変える、土屋。
土屋のN「友達は友達の背後から、」
画面内、影絵のような稚拙なアニメで、加害者が被害者の背後からそーっと近づく様子が示される。
土屋のN「ナイフを使い、」
画面内、倒れ伏す被害者の影絵。それをじっと見下ろしている加害者の影絵。目鼻立ちもはっきりとしていないその姿が、ゆらゆらと揺れている。
土屋のN「見知らぬ同士はお互いの素性も知らぬまま、」

〇住宅街の道(早朝)
右手でメロイック・サインを作り、タブレットの画面と見比べている須田。
その背後、20メートルばかり向こうに五、六十体ほどの人影が見える。
土屋のN「命を奪い合う」
着信音がして、タブレットに画面が立ち上がる。上半身裸のままの土屋である。
画面の土屋「お、やっぱ起きてた。わりぃーな、めんどーな事頼んで」
須田「いいよ、別に」
と、戸惑った風にいい、画面から少し目を伏せる。

〇ラブホテル一室(早朝)
ベッドの上、スマホを使っている土屋のそばに、バスタオルを巻いただけの若い女、リナ(22)が擦り寄っていく。
リナ「あーきらー、何やってんのよ。また他所の女くどいてんの?」
土屋「ちげぇーよ。ダチだよ、ガキん頃からの」
リナ「あーっ、初めましてぇ、リナでーす。きみ、何か、面白いねぇー」
と、二人でカメラに向かって笑顔を作る。

〇住宅街の道(早朝)
タブレットの画面内、笑っている二人。リナの胸元の谷間に目が行く須田。
画面の土屋「ま、そーゆーわけで、よろしくな」
唐突に画面が消え、その上に一滴の血。
須田「こちらこそ、どうもどうも」
と、鼻血を垂らしている。
それをぬぐいながら、立ち止まり、空を見上げる須田。
小さな丸い月がまばゆい。
須田の背後の複数の人影、ひしひしと迫っている。

〇ビルの屋上(早朝)
道を見下ろしている富樫丈一(50)、黒縁丸眼鏡に小太りの体形、赤いサスペンダーの目立つ格好。
立ち止まった須田に近づいていく人影たちが見える。
富樫、無表情なまま、唇をぶるぶると振るわせ始める。
ぶるぶると、ぶるぶると憑かれたように。

〇住宅街の道(早朝)
ひとしきり鼻をすすって、歩き始めようとする須田、何気なく後ろを振り返る。
誰もいない、静かな住宅街。
ちょっと首をかしげ、やがて何事もなかったようにタブレットに目を落とし、歩き始める須田。

〇ビルの屋上(早朝)
須田を見送り、富樫、不意に姿をかき消す。

〇園火野学園、門(早朝)
電子制御された近代的な造りの門扉、タブレットで一通りの操作をしながら、
須田「警報クリア、門扉オープン」
と、つぶやく。
するすると開く門扉。
特に達成感もなく、当たり前の風に通り過ぎる須田。

〇同、校内、サイバー部部室前(早朝)
室名札には、マイコン部の文字が雑にマジックで訂正され、サイバー部の文字がある。
廊下を来る須田、タブレットに目を落としたまま、ドアノブに手をかけ、
須田「指紋認証、ドア、オープン」
ドアを開けると、自動的に照明がともる。
あらゆる種類のジャンクパーツで満載の室内。その中央に、これだけは立派な造りの両袖デスク。
机上のキーボードを操作しつつ、タブレットのデータを送信する須田。
唐突にそばにあるインクジェット方式の3Dプリンターが動き始める。
数箇所のモニター類を生かしながら(これらには、各々分割画面で防犯カメラの映像が流れたり、株価のチャートが流れたり、物騒なニュース映像が流れたりする)、あちこちのスイッチ(まるでエフェクターのフットスイッチのような形状をしている)を踏む。すると、まるでてんでな方から(例えばデスクトップPC本体光学ドライブベイから)トーストが飛び出てきたり、(天井、煙感知器から)コーヒーが飛び出したりするが、意識することなくそれを皿にのせ、カップに受ける須田。
パンをかじりながら3Dプリンターに目をやると、白いサポート材に覆われた赤いパーツが完成しつつある。
部屋奥の書棚を押すと、くるりと回転し、半円形の机が現れ、その上には、1/100マスターグレードガンプラに代表されるロボットの模型がぴっちりと並べられている。その中央手前に、何故かエレキギターを肩から下げている真っ赤なオリジナルデザイン(ゲッタードラゴンに似ている)のロボット。左手はネックを押さえているが、右手の先はまだ、ない。
その前に顔を寄せ、じんわりと幸せそうな表情を浮かべる須田。

〇我孫子邸、前
重厚で歴史的だが、陰鬱な感じのする洋館。

〇同、ホール
天井の高い空間、ぴかぴかに磨き上げられた廊下を颯爽と行く執事(60)、ダンディな執事服姿である。

〇同、比斗志(15)の部屋、前
高い天井のすぐそばまでそびえる分厚い木製のドア、をノックする執事。
執事「比斗志坊ちゃま、朝食の用意が整いました」
ジャケットのポケットから時計を出し、確認すると、
執事「いかがされますか?」

〇同、比斗志の部屋
壁には天井までの作り付けの書棚、中に並ぶ本は本革の装丁だったり古い時代のものだったりと、色合い的に暗い感じである。ベストセラーな感じの華やかな色合いはない。
その一角、特に目立つところに早川・創元・サンリオの各SF文庫、がずらりと並んでいる。
部屋の中央に天蓋つきの寝台、その上部には大きな天窓がある。
本棚の隙間に明り取りの窓が小さく散在しているが、居室というよりは書庫といった趣。
古くから使われていると思しき、書き物机と椅子、ヴァンパイア、レスタトの部屋といった風情。
奥のほうの扉が開き、仕立てのよいシャツ姿の比斗志、肩ほどの長さのグレーの髪をひとつにまとめながら出てくる。小柄で色白、美少年タイプ。
比斗志「紅茶だけでいい。」
穏やかな声だが、瞳には狂騒的な光がある。
執事の声「鹿の肉のシチューがございますが、坊ちゃま」
比斗志、ドアノブに手をかける。

〇同、比斗志の部屋、前
比斗志出てきて、
比斗志「いただこう。だがもう、坊ちゃんは止めておくれ。そんな歳ではない」
自分よりも体格のよい執事を見上げるようにして言う。
執事「かしこまりました。ところで本日は高校入学の日でございますね。すっかり立派になられた」
と、ハンカチを目に当てるが、
比斗志「それは嫌味か、じい」
とにべもなく言い捨て、歩き去る。
執事「めっそうもない」
笑いをかみ殺しながらついていく。

〇同、広間
二十人ほども座れる楕円形のテーブルで、一人食事をしている比斗志、その周辺には多量の手付かずの皿や、高く盛られたパンや果物の籠がある。
そばで紅茶をいれている執事。
ナプキンで上品に口をぬぐう比斗志。
執事「もうよろしいのですか?」
比斗志「もっと食べないと大きくなれません、か?」
と、笑いかける。
ティーカップを静かに置き、
執事「滅相もない」
と、微笑む。
執事「しかし、せっかくの晴れの日だというのに旦那様も奥様も、お仕事だというのは、如何なものでしょうか。大旦那様がいらしたら、何をおいても列席されたでしょうに」
比斗志「構わん。もともと大した学校でもないし、入学式の後はすぐに、何かと行事があるらしい。保護者の列席の方が少ないと聞く。」
執事「そこでございますよ、あの天才科学者我孫子豊麻呂様の血をこれほど濃く受け継いでおられるというのに、どうして比斗志坊ちゃまは、あんな無名の、あ、申し訳ございません。口が過ぎました」
比斗志「会いたい人物があるのだよ。親しくなるのなら同じ学校に通う方がいい」
執事「それは一体どういう方で?」
比斗志「それを楽しみにしているのだよ。それより、お祖父様は、本当に優れた科学者だったと思っているのか?」
執事「もちろんですとも」
比斗志「科学史の中にその名前は見当たらないというのにか?」
執事「豊麻呂様はありとあらゆる科学の分野で人知を超えた発見を繰り返されました。私はずっとお側に居りま したから、この目でそれを見ております」
激することなく静かに話し続ける執事。
執事「ただ、それを自分の名前で世に出すことを良しとされなかったのです。」

〇比斗志の部屋(2年前)
書棚に並ぶ本の量が少し少なく、特に、SF関係のものはない。
寝台では、豊麻呂(70)が、床についている。その枕元、心配げな表情の比斗志(13)が、水差しを使っている。
水を飲み下し、枕に頭を置く豊麻呂、灰色の長髪が寝乱れていて、芸術は爆発だと言っている岡本太郎に悪魔が乗り移っているかのような風貌に見える。
凝然と天窓を見上げたまま、
豊麻呂「この半世紀、人類が手にした発見や発明は、すべて私のここ(ロボットの様にぎくしゃくとこめかみを指差し)から生まれたものだ。信じられるか、比斗志。たった一人の人間にそんな事ができる思うか」
比斗志「はい、お祖父様」
天窓を見上げたまま、表情は変えずに、
豊麻呂「お前は考える子供だ。わしとよく似ている。それに比べて、お前の両親は俗物過ぎる。真実になど興味 を持たん。まあ、金儲けだけは上手い様だから、お前にとっては悪い話ではない。それよりただ、わしはお前の精神が心配なのだ。なあ、比斗志」
比斗志「はい、お祖父様」
豊麻呂「お前の精神は何のために存在していると思う?」
しばらく考えて、
比斗志「理由など、あるのでしょうか?」
豊麻呂「運動準備電位という言葉は分かるか?」
比斗志「リベット博士の実験のことでしょうか?」
凄い形相で天窓を見上げたまま、少し嬉しそうな声で、
豊麻呂「そうだ。たとえば、指を動かそうと意図する。それが精神のやっている事だ。」
比斗志「はい、そしてその約0・2秒後に指が動く」
豊麻呂「そう。しかし、実験ではその意図した時間のおよそ0・35秒前に脳内信号指令が出ている。つまり、指を動かしているのは実際は精神ではなく、もっと体のハードに近い部分なのだ。自分が為していない事をさも為しているように考えるこの精神というもの、それは一体何のために必要なのか?」
比斗志「分かりません」
豊麻呂「考えてはいかん。感じるのだ。その言葉は必ずお前に届くだろう。わしに世界の知識が舞い降りた時の様に。だがしかし、決して怯えてはいかんぞ。それがどんなに奇妙で、有得ない風な姿をしていても。真実の世界は、ちっぽけな精神が捉えているものより、ずっと巨大なのだ」
間。
天窓を見上げている豊麻呂。
天窓には、黒縁丸眼鏡に丸顔で表情のない富樫(48)の顔が張り付いている。
ひときわ激しく引き攣った様な顔をして、
豊麻呂「カルペ・ディエム・・・」
間。
比斗志「お祖父様、お祖父様っ!」
声をかけながら、豊麻呂の肩を揺する比斗志、当然天窓のことなど気づいていない。もう、とうに息絶えているらしい豊麻呂。
天窓に張り付いている富樫の顔。
比斗志の声「お祖父様、お祖父様っ!」
と続いて、

〇安孫子家、玄関
すっかり身支度を整えた比斗志、だぶだぶの学生服に小さな銀髪のポニーテール姿。
心配そうに見送る執事。
執事「よろしかったらその方のことをお調べいたしましょうか、あまりにその・・・」
そちらを向き、
比斗志「大丈夫、僕はおかしくなっている訳ではない。それよりむしろ、リミッターが外れた様な、そんな感じだよ。」
と笑いかけ、
比斗志「では、行って来る」
と、扉の向こうへ消える。
それを見送って、
執事「比斗志坊ちゃん・・・」
と、心配そうな表情を浮かべる執事の顔に、一瞬だけ富樫の顔が、まるでスクランブルスーツの様に重なり、そしてすぐに消える。

〇園火野学園サイバー部部室
小さなノズルから勢いよく水流がほとばしる。
手にした砂糖菓子のようなパーツにそれを吹き付け、サポート材を落としていく須田、ネックバンド型のごついヘッドホンを装着している。
須田「マッハバロン、眠れ、眠れ(と、鼻歌)」
徐々にロボットの手の部分が見えてくる。人差し指と小指を突き出したメロイック・サインである。
須田「お前の使命を終わらせてあげたい、闘うマシンでなくしてあげたーい」
と、感情をこめて歌い上げ、
須田「できた」
と、その手のパーツをロボット本体に取り付け、メタル系ギタリストのとる様なポージング。

〇青い空
中年の女の声「いいお天気で、良かったわね、まりあ」

〇まりあのアパート、室内
腰高の窓に体を預け、空を見上げていたセーラー服姿の結城まりあ(17)、その声に我に返り、
まりあ「そうね、ママ」
1Kの間取りの真新しい室内、そのキッチン側から母親(46)がホットサンドにスープとジュースなどを載せたトレイを手に来る。
母「さあ、食べて」
と小さな調度に支度する。
まりあ「うん・・・。手、洗ってくる」
と言い、洗面所に駆け込む。
その後姿を心配そうに見送る母親。

〇同、洗面所
勢いよく顔を洗い、鏡を見つめるまりあ。やせぎすで、血色は悪いが整った顔立ちをしている。
まりあ「何で、私を呼ぶのよ」
と、化粧台からかみそりを取り出すと、左手首に当て、勢いよく引く。
鏡の中のまりあの表情、何も変わらず、見下ろすと、手首はきれいなままで、傷ひとつない。
まりあ「こんなんじゃ、生きてるって言えない」
とかみそりの刃を握り締める。
母の声「まりあ、大丈夫?」
まりあ「こんなの化け物の身体じゃない、信じらんない」
手のひらの上、ぱらぱらと折れたかみそりの刃。
広げた手のひら、やはり、傷ひとつない。
まりあ「うん、ちょっと眩暈がしただけ」
と、ゴミ箱にその残骸を捨てる。

〇ラブホテル一室(一年前)
回転ベッドの上の鏡、投げ飛ばされて映り込んで来るまりあ(16)。
取り立てて特徴もなく、ごく普通のスーツ姿の男(36)、親切そうに思える位に物静かな物言いで、
男「ここまで来てそりゃねーだろ、お嬢ちゃん」
いかにもという感じの室内。
けばけばしいムード照明の中、ベッドの上では、身を起こしたまりあが怯えながらも、強い眼差しで見つめ返している。
慣れてない濃い化粧が逆に幼さを強調している。
まりあ「約束が違う」
男「そうか?」
と、まりあの頬を張る。
男「ガキの自傷ごっこなんて止めて、気持ちいい事しようぜ。ただでって言ってる訳じゃないんだしよ」
上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩める男。
まりあ「誰があんたなんかと」
後ずさりしながら、ポシェットからかみそりを取り出すまりあ。
男「いい加減にしとけよ、このガキ」
抜いたベルトをムチの様にしならせ、余裕たっぷりに笑って見せる男。
まりあ、立ち上がり左の袖をまくるとその上腕、痛々しい傷跡が落書きのようにある。
刃を押し当て、一気に引くまりあ。
まるで瞳のない眼の様に赤い傷口が開き、ゆっくりと、しかし止む事無く血が滴る。
男「何やってんだ、こら」
と、近づこうとするが、
まりあ「来るな。あたしを汚させは、しない」
と、首を切る。
噴出す鮮血を浴びて、悲鳴を上げる男。
慌てて脱ぎ捨てた物など拾い、ドアを開け放ったまま、逃げ出していく男。
点々と血痕を残している。

〇同、廊下(一年前)
薄暗い廊下を男が叫びながら、走り去っていく。
何事かと、ドア越しに顔を覗かせる男女。そのずっと向こう、廊下の突き当たりに黒縁丸眼鏡に丸顔の富樫めいた人物が清掃作業員の格好で立っている。
幾人かが恐る恐るまりあの部屋をのぞき込み、それに紛れて富樫らしき人物は見えなくなる。
人々の声1「大変だ、救急車を」
人々の声2「大丈夫か、君」

〇ラブホテル一室(一年前)
壁にもたれて気を失っているまりあ。
首筋からは多量の血が流れ出ている。
救急車のサイレンの音が次第に聞こえてくる。

〇病室(一年前)
中央奥にベッド、まりあが横になっている。枕元では、看護師がなにやら作業し終え、足元にいるまりあの母に一礼して、去る。
首元と左手に包帯を巻いたまりあ、大きく目を見開いたまま横たわっている。ピクリともせず、何にも反応しない。
その体にすがり、嗚咽を漏らす母。
無反応に宙を見上げているまりあ、その瞳。

○まりあのアパート
食事をしているまりあ。
見つめている母親。
母親「(堪え切れずに目じりを押さえながら)良かった、元気になってくれて・・・」
ちらりとを目をやるまりあ。
母親「もう、本当に大丈夫なのね」
まりあ「ママ、頭の中で誰かがこう言うの。家族からは離れて、新しい生活をしろ。何をしようと構わん、野垂れ死んでもいい。留学でも入院でもいい、問題を起こさせるな。」
母親「それは」
まりあ「そう、パパの台詞だね。あたしがどうなろうと、ほんとは気にもかけない。ただ、世間体とか、会社での自分の評価とか、そういうことには気を使うのにね」
母親「パパはあなたのことを」
まりあ「ママもお姉ちゃんも、パパのトロフィーなのにね。家族というトロフィー。あたしはなれなかった」
母親「まりあ・・・」
まりあ「いいの。あ、そうだ」
不自然に明るく言い、収納家具からバッグを取り出し、その中身をテーブルの上にひっくり返す。さまざまなカプセルや錠剤。
その量の多さに驚く母親。
まりあ「これ全部いらないお薬」
と、プチプチと取り出し始める。
まりあ「あたしは、家族と離れて、よく知らない町で一人暮らしを始める。今日から行く新しい、良く知らない学校を卒業して、何処かに就職して、誰かと結婚するのかもしれない。」
母親「でもそれは、あなたが言い出したことじゃない」
まりあ「そう。だから、大丈夫。あたしのことはほっといて」
薬を一掴み、二掴み、口に入れ嚥下するまりあ。
母親「止めなさい、もうこれ以上、私を困らせないで」
半狂乱の様に耳を覆い、一切を遮断するかの様にふるまう母親。
それを見つめるまりあ。

〇回想
ベビーベッドで泣きじゃくる赤ん坊、そばのダイニングテーブルに、耳をふさいで歯を食いしばって泣いている若い母親(30)。
閉めきったユニットバス内、閉じ込められて泣いている幼児。
カーテンを開くと、バルコニーが見える。夕焼けが禍々しく赤い。
その赤い光の中、膝を抱えた格好で眠ってしまっている児童。
それを乱暴に抱え起こす母親(37)、子供はそれにすがりつくが、母親の表情には、嫌悪感がある。

〇まりあのアパート
冷たく見ているまりあ。
まりあ「いつも被害者なのは、ママ」
とやさしく微笑み、さらに飲み込む。
それを見て気を失う母親。
まりあ「こんな現実から逃げ出したいのはこっちの方よ」
と、残りの薬をゴミ箱に捨てる。

〇園火野学園、門
開け放たれた門扉。そのそばに入学式の文字がある。
人気のない校庭が見える。
その奥、講堂。

〇同、講堂
壇上では来賓の誰かがスピーチしている。
生徒席、全体にざわついていて、時折野次など飛ぶ。
教師達も並んではいるが、皆苛々とした感じを隠せない。その中、富樫だけが無表情に微動だにせず立っている。
その見ている方向に、小柄な比斗志の姿がある。後ろの生徒にポニーテールを引っ張られたり、周りの生徒にガンを飛ばされたり、しつこくちょっかいを受けている。
いい加減頭にきて後ろを振り向く比斗志。鼻に頭にしわを寄せ、まるで犬のように、
比斗志「うーっ」
と、威嚇する。
生徒A「お、何だこいつ、犬か?」
生徒B「おすわりだ、おすわり」
と、詰め寄る。
女生徒の声「あー、可愛い。」
その声に振り返り、凄む二人。
一向に動じないで、
女生徒A「ちょっと、邪魔よ」
と、二人を押しのけるようにして、比斗志のそばに来る。
女生徒A「写メっていい?」
と、答えも聞かずツーショットで撮り始めると、
女生徒B「ちょっと、ずるくない?」
女生徒C「次、私」
と、人だかりができる。
押し出される様に列の外に放り出される男達、怒りをかみ殺している。

〇イメージ
シャッター音、真っ赤に照れてレンズなど見てない比斗志と肩を寄せる女生徒A。
シャッター音、両ほほに女生徒達の顔がくっついていて、目をつぶってしまっている比斗志。

〇講堂
男達顔を見合わせながら、
生徒A「気にいらねぇな」
生徒B「殺処分だな」
と、薄く笑う。

〇同、壇上
周りの騒々しさなどにお構いなく、校長が喋っている。
校長「えー、強い心と優しい気持ちとを何よりも大切にして、この3年間を過ごしてもらえれば・・・」
と、唐突にすべての照明が消え、
土屋の声「ナイススピーチ、サンキュー校長。入学式はこれでおしまい。」
暗い画面のまま、教師達の怒号(『早く照明を』『スイッチが利きません』『校長、あれ、校長はどこ    だ?』『また、サイバー部か』)や、面白がる生徒達の声(『暗いのこわーい(男の声で)』『どこ触ってんだよ、このタコ』『いてっ』『何かやれーっ』)が沸きあがる中、
土屋の声「ハッピー・バースデイ、ボーイズ・エンド・ガールズ」
ハウリング気味の激しいギターの音とともに、壇上にホログラムが浮かび上がる。等身大の大きさに見える、須田の真っ赤なオリジナルロボットである。
土屋の声「今日はお前達の誕生日だぜ、イェー」
と激しいロックの音が流れ始め、それときれいにシンクロした動きでギターをかき鳴らすロボットのホログラム。
その映像を邪魔しないように、絶妙に制御された舞台照明。
生徒達、ステージ直下に群がる。
後方、一人取り残される形で現れる比斗志。
比斗志「3Dホログラム?」
教師達、脇の方に固まり、面白がって見てる者、憤慨して声を荒げる者など対応はさまざま。直立不動の富樫の姿も見える。
教師A「サイバー部、やりますね」
と、隣を向いて声をかけるが、富樫の姿はもうない。

〇サイバー部部室
まるでシルバー仮面のような見た目のヘルメットとゴーグルを付け、4台ほどのキーボードを捌きながら、何やら操作している須田。あちこちのモニターで、講堂の様子が映し出されていて、その明暗・色彩の変化と須田の動きとがぴったりとシンクロしている。

〇まりあのアパート
ベッドで眠っている母親。
玄関で靴を履いているまりあ。奥の方に声をかける。
まりあ「ママ、元気でね。今まで、ありがと」
と、出て行く。
眠っている母親、閉じた目から、涙がこぼれる。

 

まったくアクの強い奴らで、それに比べりゃ、俺って平凡だなって思ったね。
高校もあと1年で終わっちまうし、どうせ大した大学に行けるわけでもないし、そりゃバンドやってる時ゃ、それなりに盛り上がっちゃいたけど、このままでいーのかなって、そういうこと考える年頃なわけで。
そんな時に出会ったんだもん、強烈な印象だよね。

 

〇講堂、壇上
曲がエンディングを迎える。
まるで人間のような動きで、大きく右手を振り回しながらギターをかき鳴らすロボット。
飛び上がって、決めのポーズ、メロイック・サイン。
照明が元に戻り、ロボットが消えると、ステージには、ギターを持った土屋と、ベース・ドラムのメン    バーが、たった今演奏が終わったという風情で出現している。
比斗志「偏光シートと、スクランブル・エフェクト。とすれば、スピーチの方がダミーだったのか」
ひとり得心した風にうなずく比斗志。
生徒達のどよめき、つかみはオッケーである。
土屋「サンキュー。もう1曲やりたいところだが、これから文化部紹介の時間だ。みんな、健全なんてくそくら えだぜ」
と、生徒達にマイクを向ける。
生徒達の声「イェーイ」
と、盛り上がる。
土屋「俺は、文芸部部長の土屋明。生まれて来ちゃって、ごめんね、ベイビーっ!」
と、生徒達にマイクを向ける。
生徒達の声「イェーイ」
と、盛り上がる。
土屋「で、このバンドは、ガーリック・レイジ」
女生徒の声「知ってるー」
女生徒の声「アキラー」
声のほうに軽く手を振り、
土屋「やっぱ、もう1曲やっちゃう?」

〇サイバー部部室
データグローブを着用している須田。
空中に指を踊らせ、まるで指揮者の様な動き。

〇園火野学園各所
防犯カメラが動く。

〇サイバー部部室
モニターに防犯カメラの映像。
体育会系の部活の生徒達、それぞれ分かりやすくユニフォーム姿で、そこここの画面に現れる。
怒りの形相である。
口元に伸びたマイクに向かって、
須田「来るよ。」
と言って、こめかみをもむ。

〇講堂、壇上
土屋、小さくうなずき、
土屋「みんなわりぃ、もう時間だ」
講堂のあちこちの入り口が手荒く開けられ、ユニフォーム姿の集団が乱入してくる。
土屋「これからは勧誘タイム。変な部活に掴まんなよ。縁があったら、また会おう、解散」
と、格好良く敬礼する。
柔道部の者らしいのが壇上に上がり、
柔道「文化部の独断横行、許さんっ」
と、掴みかかる.
土屋「やっべ」
と逃げ出しながら、タイミングを見計らい、ぽいっとギターを放り投げる。とっさに受け止めた先頭の柔道に、後から来た野球だのラグビーだのがぶつかり、壇上はめちゃくちゃ。
その隙に講堂から逃げ去る土屋。
それらを遠くから見つめながら、
比斗志「須田秀泰と土屋明・・・面白い」
と、微笑むが、その肩に置かれる手。見上げると、
生徒A「これからもっと、面白くなるよ」
生徒B「笑うのは、俺らだけどな」
二人に連れ去られる比斗志。

〇園火野学園、門
開け放たれた門扉。そのそばに始業式の文字がある。
校庭では文化部、体育部、新入生やら教師やらまで入り乱れての追いかけっこであふれている。
その奥、講堂。
まりあ、道を来て校内を覗き込む。ちょっと肩をすくめ、中に進む。
門の前、一台の白い自転車が通り過ぎる。のんびりと警邏中の警官である。しばらく進むが、やがて急ブレーキをかけて止まる。慌てた様に自転車を投げ捨て、
警官「何だ、」

〇道の向こう
わらわらと来るゾンビの様な集団。

〇道
一瞬、拳銃に手をかけ、
警官「一体」
と、立ち尽くす。
その向こうどんどん数が増えていく人影達。

〇サイバー部部室
モニターに学園内のどたばた騒ぎが映っている。連れ去られる比斗志の姿、通りすがりにカメラに目をやるまりあの映像もある。
部屋奥の半円形の机に向かい、1/12のフィギュアに色を付けている須田、今回は対ガス用マスクも着用しているので、できの悪いロボットの様な格好である。
富樫の声「サイバー部は、勧誘はしないのですか?」
びくっとした動き、振り返る須田。
富樫が立っている。
須田「先生、どこから入ってきたんですか?」
富樫「秘密の花園です」
間。
富樫「(何事もなかったように)秘密の抜け穴です」
須田「なるほど」
間。
富樫「サイバー部は、勧誘しないのですか?」
須田「必要ない気がします」
富樫「なるほど。では」
と、両手のひらをの胸の前で向け合い、ぶるぶると唇を振るわせ始める。
手と手、指と指の間に細かいスパーク綾取りの糸のように飛び交い、見る見るそこに、光でできた繭の様な物が形作られていく。3Dプリンターとよく似たイメージ。

〇講堂のそば、裏庭
投げ出される比斗志。
指をぽきぽき鳴らしながら、それを見下ろし、
生徒A「気にいらねぇんだよ」
生徒B「調子に乗りやがって」
比斗志、また歯をむき出すようにして威嚇する。
生徒B「また、それか」
生徒A「今度は誰もこねぇよ」
ぎりぎりと歯を食いしばり、口から血の泡を吹く比斗志。激しく苦しみながら、その眼差しが激しい殺意をあらわし始める。
生徒達、のまれて、後ずさる。

〇道
散歩をしている女(25)、リードの先にはミニチュア・シュナウザー。
女「あ、ダンテ、駄目」
リードを取り落としてしまい、逃げていくダンテ。

〇園火野学園、門
逃げ込んでいくダンテ。
女「待って」
と、追いかけていく。

〇講堂のそば、裏庭
生徒A「何だ、こいつ」
生徒B「化け物だ」
と、驚愕の表情。
女の声「ダンテ、待ちなさい」
リードを付けたまま走ってくるダンテ。
立ち止まり、首などかしげる。
女走ってきて、ダンテのリードをしっかりと掴み、
女「あら、お友達? こんにちは」
と、見やる。
抜け殻のような学生服の中に、もう一匹のシュナウザーがきょとんとして立っている。
生徒達、悲鳴を上げながら逃げていく。
見送って、
女「きみ、迷子なの?」
二匹のシュナウザーが、お互い決まり悪そうに並んでいる。

〇サイバー部部室
富樫の両手の間、落花生くらいの大きさの繭が、マジックのようにゆらゆらと浮いている。
富樫「手を」
ごついデータグローブのまま、両手でそれを受ける須田。
須田の手の上でゆらゆらと浮かんでいる繭。
須田「先生、これは?」
富樫「そうですね、私達のイメージで近いのは『神』の概念でしょうか」
繭、白い光の明滅が少しずつ激しくなっていく。
須田「神様?」
富樫「君の思う神のイメージが現実化するのです」
繭が割れて、スモークが焚かれたかの様に急に見通しが悪くなるが、その向こうで何かが蠢いている。
ジーっと見つめている須田。
須田「あ」
富樫「これはマシュマロマン以来の最悪な選択だと思います。」
神の声「確かに」
煙の向こう、1/12サイズのバスタオルの女が、忌々しげな表情。
バスタオルの女「久々の実体化だというのに、他に思い浮かばなかったのかね」
と、両手を振り上げて怒るしぐさ。
バスタオルがはらりと落ちて、
須田「あー」
マスクの下の方から血が滴る。
富樫「鼻血だね」
須田、うなずく。

〇園火野学園、屋上
青い空、大の字に寝そべってそれを見上げている土屋。眩しそうに目を細めている。
土屋「つまんねーな、こんなんじゃ」
と、つぶやく。
土屋「こんなんじきに終わりだもんな」
と、目を閉じる。
しばらくしてその顔に影が落ちる。気配を感じて、眩しげに目を開く土屋。
土屋「?」
太陽を背に見下ろしているまりあ。
まりあ「須田秀泰はどこ?」
土屋「渋い趣味だね。あいつの追っかけ?」
まりあ「聞きたいことがある、それだけ」
土屋「ま、どうでもいいけどさ、パンツ見えてるよ」
間。
土屋「ホタテとラッコのストライプ」
まりあ「頭つぶすよ」
と、片足を持ち上げる。
土屋「ちょっと待った。分かった、教えるよ。でもさ、君どうやってここに来れたの? ドアには鍵が、」
と、昇降口を見ると、錆びた鉄の扉がもぎ取られて、崩れたコンクリートからは鉄筋がのぞいている。
土屋「心の底から会いたいんだね。うん、教えるよ、サイバー部の部室だよ。1階の」
と、適当な方を指差し、
土屋「あっち」
まりあ「ありがと」
と、そちらの方、手すりを乗り越え、飛び降りる。
それを覗き込み、
土屋「マジかー、ここ4階だろ。どんだけやべぇのに好かれちゃってんだ、あいつ」
と、スマホを取り出すがつながらない。
土屋「ったく、もう」
と、まりあに教えたのと反対の方の手すりを乗り越え、飛び降りる。そこは下の階のひさしになっていて、実はサイバー部のバルコニーの真上である。
山のようなジャンクパーツを掻き分け、中に入る土屋。

〇講堂のそば、裏庭
二匹の子犬と楽しく遊んでいる女のそば、まりあがものすごい勢いで降り立つ。
女「キャッ、何?」
もうもうと立ち昇る土煙の向こう、何事もなかったようにまりあが立っている。
まりあ「敷地内は、学校関係者以外立ち入りはご遠慮頂いております」
女「でも、ここに迷子のワンちゃんが」
土煙晴れると、パンツとシャツをかろうじて身にまとった比斗志があたふたと服を着ているのが見える。
女「あら、どこ行っちゃったんだろ? 変ねぇ?」
と犬を引いて、去る。それを見送り、
比斗志「ありがとうございました。」
まりあ「あなた、面倒くさい力がついたのね」
と、走り去る。
比斗志「犬、嫌いなのに」
と、泣き出しそうな表情で靴下を履く。

〇道
わらわらと迫ってくる集団に向けて
警官「皆さん、止まってください。交通の往来の妨げとなります。解散してください」
と、説得するが誰も止まらない。
警官「これ以上近づくと、公務執行妨害として・・・」
やがて、警官も人並みにのまれ、人並みの中ほど、ゾンビのように歩き始める。

〇サイバー部部室
バスタオルの女、フィギュアやロボット達を尻目に、
バスタオルの女「で、君はまだ、覚醒しないのかね?」
まるでロボットのような姿の須田、大きく首をかしげる。
富樫「この格好は、彼の趣味です」
バスタオルの女「趣味? はた迷惑な。一体、何体の人間が共鳴し始めていると思う。見ろ」
カメラの映像、学校内でもゾンビのように無意識に歩き始める人々の群れ。
バスタオルの女「君の力に反応してるんだぞ」
富樫「では」
と、かき消すようにいなくなる。
ガラスの割れる音がして、その後方々で何かが崩れ落ちる音、
土屋の声「いてっ」
とか、
土屋の声「あつっ」
とか続いて、ぼろぼろの姿で現れる土屋。
土屋「須田、お前なんかすんげぇーのに追っかけられてんぞ、ん?」
バスタオルの女に気づき、
土屋「フィギュアなんか作っちゃって、」
と、持ち上げようとするが、動いているのに気付き、
土屋「えーっ、ミニマイザー? お前、リナなの?」
バスタオルの女「お前、うるさい」
と、須田の方に向かい、
バスタオルの女「ほら、見ろ。君のせいでどんどん話が面倒になる。」
須田、ぺこりと頭を下げる。

〇園火野学園、門の前
ダンテを連れて出てくる女。
ふと、ダンテ低くうなり始める。
女「えっ、何これ」
女の視線の方、警官を先頭に集団が迫っている。
警官、何の感情も見せず、ただ女に銃を向けている。
女、腰が抜けて座り込む。

〇園火野学園、屋上
昇降口のある塔屋の上に立ち、ぶるぶると唇を震わせている富樫。丸めがねの奥の眼、黒目がぐるぐるぐるぐる動き回っている。表情はないが、何処か命がけな風情。

〇園火野学園、門の前
引き金が引き絞られる。
飛び出してくる弾丸、が、くるくる回りながら近づいてくる。
女の前に走りこむまりあ、弾の方に向け開いた片手を突き出す。
一瞬、その手のひらがパラボラアンテナのように広がり、弾を回収する。
普通に戻った手を開くと、中に潰れた弾丸、まりあそれを群集へめがけて投擲する。
炎の軌跡を帯びながら飛ぶそれが、警官の眉間に当たるかという、その一瞬前、集団は跡形もなく消える。それを怪訝な顔で見るまりあ。

〇サイバー部部室
モニターに映るまりあの顔、一瞬カメラを見つめると、画面から消える。
バスタオルの女「彼女もまた、覚醒した人間だ。身体の組成を変えることができる。もちろん富樫もそうだ。彼は、君に共鳴した人間達を再共鳴させる事で、それらを無に帰してしまうことができる。」
土屋「すげえ。なぁ、リナ、俺も変身できんのか?」
バスタオルの女「リナじゃない。お前には無理だ。どうしてもというなら強制的に覚醒させてもいいが、その場 合お前という精神はなくなる。ただのロボットだ」
土屋「えー、何でだよー、ずりーじゃんかよー」
バスタオルの女「一度でも性行為を行った者は自律精神を保ったまま覚醒することはない。」
土屋「えー、今朝の事、怒ってんのー? 一度しかしなかったから、怒ってんの?」
ずどんと重たい音がして、入り口のドアが破壊されている。
そこから、まりあと比斗志とが入ってくる。
土屋「あ、やべえのが来たぞ、須田。」
それに構わずまりあと比斗志、バスタオルの女に一礼する。
まりあ「この子に聞いた。すべて理解出来たとは言わないけど」
比斗志「僕の力は、圧倒的な洞察力だ。祖父の得た力も同じようなものだったのだと思う。須田さん、彼らにとって僕らは乗り物、ロボットのようなものなんです。その中にあるデータ保全用のAI、あるいはユーザーインターフェースのようなものが、人類の精神の正体なんだ。」
土屋「あ、お前さっき、子犬になってただろ、ばっちし映ってたぞ。何だ、その力?」
比斗志「ゾアントロピー。僕だって、本当はもっとかっこいい奴に変身したかった」
まりあ「可愛かったよ」
比斗志「(顔を真っ赤にさせて)ともかく、あらゆるデータがあなたの覚醒を裏付けてるんです。それも最強の人類として。あなたは、リミッターをはずしてしまわないんですか? このままでは、意図せず、多くの人々の精神を虚無化してしまう。いったい、どうしたいんですか?」
須田「僕はただ、巨大ロボットを作りたいだけなんだ。それが夢だから」
あまりにとんちきな答に全員が顔を見合わせている。
その中で、ただ一人満足げにうなずきながら、
バスタオルの女「可能だ」

○園火野学園、全景
カメラ、屋上辺りに寄っていくと、そこから巨大なこぶしが突き出てきて、校舎をかなり破壊しながら、巨大なロボットが飛び出してくる。
土屋の声「須田は自分自身を巨大ロボットとして作り上げた」
音楽『スーパーロボット・マッハバロン』が流れる、ローリー寺西バージョンで。
土屋の声「何かがとてつもなく間違ってる気がするけれど、ま、あいつの夢もかなったってわけ」
溶暗。
エンドロール。
曲が終わるころ、真っ青な空をバックに土屋が立っている。
土屋「こうして俺達は、この世界の別の星や、別の世界のこの星とか別の世界の別の星とかで、戦ったりからかったり、それはもう自由気ままにやっている。俺は普通の人間で、出来ることはそうないけれど、こいつらの活躍が知りたいんなら、俺に言ってくれ。俺は吟遊詩人。面白おかしく話してやるぜ」
画面引くと、土屋は巨大ロボの手のひらに立っている。
ロボット、あごに相当する部分を大きく開けると、その中に土屋を入れる。
そして、爆音を残して飛び去る。

 

 

文字数:16432

内容に関するアピール

やっぱり気になるのは、人間とは何か、意識とは何かなので、それについて今感じていることを書くとこうなる。

シナリオの形式にしたかったのだけれど、3マス落としとかできなくて非常に読みづらくなったのが残念ではある。

文字数:103

課題提出者一覧