梗 概
イグ・エアル
手のひらにかざすと、煌々と輝く、強大なエネルギーの奔流、その神性に人類は魅入られていた。
――マキナは地下深くの真っ暗な鉱脈の中を掘り進める。
かつての金の鉱脈があった地底の遥か奥深く、文明進化に伴う地球環境の激変により、強力なエネルギーを生む新物質”イグ・エアル”が発生した。イグ・エアルが発見されて以降、そのあまりに強力なエネルギー供給により、人類にも劇的な変化が生じてしまった。イグ・エアルが地底深くで採れるおかげで今や人類の大半は地下の穴倉暮らしである。地上暮らしは多量のイグ・エアル保有者の特権と言われている。多くの者はエネルギーの恩恵を享受できるものの、陽の光を見ることは許されなかった。
マキナは地上に憧れつつも、親子三代に渡るイグ・エアルの採掘技術を極めんとしていた。
幼なじみのエクスは、いつも今の社会やマキナの生き方に不満を言っていた。こんなの俺たちの未来を奪うクズだ!と。エクスが思うように多くの若者たちは思っていた。
かつての人類は穴倉を掘る社会ではなかった。もっと広々とした世界を見渡せたのだと!
マキナもまた社会に従属しつつも、地上の世界に興味がないわけではなかった。しかし、地上など遥か彼方の幻想だと思っていた。
しかし平穏の終わりは突然に訪れる。細々とした長く深い鉱脈の採掘を進める中、見渡す限りの巨大なイグ・エアルの塊が現れたのである。
――これを持ち帰れば、もしかしたら地上で暮らせるかもしれない。
なんとしても他のコミュニティが辿り着く前に何とかして持ち帰らなければならない。マキナはエクスら友人たちに相談し、少量ずつ持ち帰ってきたイグ・エアルをかき集め、日夜、イグ・エアル自体を圧縮する方法を模索する。イグ・エアルは可塑性に富んでいたものの、形状の大きさまでは変えることはできていなかった。研究の末、連続的なある規則的な釘打ちパターンにより物質の性状が変化することを発見した。イグ・エアルは渦を巻き、物質自体から生じるエネルギーの指向性が変化し、ゴリラほどの大きさだったものが手のひらほどのサイズに収まる程度にまで圧縮されるのである。まん丸に凝縮されたイグ・エアルのカタマリ――マキナは、手のひらに収まるにも関わらず、まるで遥か彼方から人間を見守る煌々とした存在のようだと感じた。
マキナたちはイグ・エアルの塊を凝縮し、かき集められるだけかき集め、持ち出そうとした。しかし、持ち運ぶ最中、詰め込んだカタマリ同士が衝突しあい、膨張し、暴発を起こしたのだ。圧縮された多量のイグ・エアルの再膨張は、まるで時空の超新星爆発のような状態を生じさせた。わずか手のひらサイズのイグ・エアルの中では物理法則の線形性の法則と非線形性の法則が連続的に入れ替わり、劇的な指向性の加速と時空の歪を生む。マキナたちは周囲は時空の加速を起こし、あっという間に地上を超えて近くの小惑星の裏側まですっ飛んでいく――。
――遥か眼下、見下ろす地上には、見たこともない幾何学的な機能を有した文明があった――これが富める人間たちが環境汚染によりした地球を捨て、イグ・エアルのエネルギーを最大限活用して築いた文明であった。
マキナたちが夢描く世界は地上の、その遥か彼方にあったのだ――。ふわふわと地上に着地し、マキナは尋ねた。
「ここはどこ?」
「ここは月だよ」
文字数:1367
内容に関するアピール
月は人類の夢が詰まった未知のあこがれ、という印象があると思います。
月が未知となるような対置ものから地下の超物質の採掘のモチーフを思い付きました。主人公たちは、太陽や月を見たことがなく、知識として知っているだけです。そんな主人公たちが地下の奥深くから宇宙まですっ飛んでいくと、月面にまったく知らない文明があることを月の未知のイメージとして書きました。あと、梗概にあまり書けていませんが、最近は仮想通貨でmoonするとか言われているようなので、月を富の象徴としてドバイちっくな超高度な文明があるものとしました。
イグ・エアルという物質名はフィーリングで考えたフレーズでしたが、調べてみるとイグ:神性、エアル:春という意味があったので、神の力でこの世の春を謳歌するという地下を皮肉るイメージのものになるなと考え、採用しました。
文字数:359