梗 概
月に吠える Crying for the moon!
宇宙エレベーターが開通しはや20年が経とうとしている。星間の物流ルートが確保され、ロケットに比べると安価にもののやり取りができるようになると、一通り探査の終わった月は更なる宇宙探査のための巨大な資材倉庫となった。それに伴い月面に腰を据える人々が徐々に増え、日に数回の便がのんびりと行き来していたエレベーターは2時間に1本走るようになり、少し奮発すれば誰でも月に行けるようになった。
宇宙港の駅で降りると、墓下孝仁はエレベーターの搭乗ゲートをくぐった。孝仁は墓下葬儀社の跡取り息子だった。墓下葬儀社は同業の中ではかなり大きな会社だ。個人葬や社葬はもちろん、各宗教の葬儀、偲ぶ会、生前葬、樹木葬、海洋散骨、遺骨を宝石に加工する宝石葬までありとあらゆるプランを取り扱い、手広い人気を博している。最近は宇宙エレベーターを利用した安価な宇宙葬を売り出していた。最近はダイヤモンドに加工した遺骨を月面のとある区画に散骨する、「月面宝石葬」なるプランで多いに儲けていた。そんな親の通帳からちょろまかした金で買った、1枚18万の格安チケットである。往復で36万円、だがそんなもん知ったことじゃない。月の女神様のためだ、ちっとも惜しくない。
大学の友人に誘われた合コンで、彼は月の女神を自称する女と出会った。緩くうねるベージュの長髪と、白く透き通るような肌。朝露に濡れた百合の花のような女だった。彼は彼女に夢中になって、言われるがままにダイヤモンド(彼女は月の石と呼んでいた)を献上した。高校の頃からせっせとバイトをして貯めた金はあっという間に底を尽き、今や何社から借り入れているかわからない。とうとう首が回らなくなって、彼は月に採掘に向かうことにした。彼の目当ては月面宝石葬で月に撒かれたダイヤモンドだ。親の会社の他に、同業他社もやっていると聞いたことがあった。
月面に到着し、彼は一人区画に向かった。最初は順調に石を集めていたが、一番当てにしていた墓下葬儀社の墓地はすっからかんだった。それどころか、どこをさがしても墓下葬儀社名義の区画がない。意気消沈のまま、彼は掘り当てた月の石を胃の中へ詰め込むと地球に帰ってきた。地球の港で待っていたのは、女神の抱擁でなく警察官の冷たい手錠だった。
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内容に関するアピール
月の話、ということで、実作で狂気っぽいミステリのような感じに書ければと思っています。
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